転生監査官、勇者の『転生特典チート』を合法的に没収する
異世界転生が制度化された世界。
転生者の管理を担う「異界転生監査局」――通称「テンカン局」。
その第四監査課に、一人の女がいた。
名はイリス・ヴァルター。
髪をぴっちりと結い、眼鏡を光らせ、杓子定規な性格で知られている。
あだ名は「歩く条例集」。
彼女が通った後には、一部行き過ぎたチート──『転生特典チート』が一人残らず“没収”されるという。
今日も彼女の机には、分厚い書類の山がそびえ立っていた。
◆
俺の名はハルト=トオヤ。
神に選ばれし勇者――いや、正確には「世界を救った男」である。
この王国の英雄、それだけじゃない。経済も政治も運命すらも――すべて俺の手の中だ。
なぜなら、俺のスキル《ゴッドファイナンス》があるからだ。
金貨? 無限に生み出せる。
税金? 払わない。
法律? 知らん。
経済? 俺だ。
屋敷の玉座に座り、手にした金貨の山を軽く握って遊ぶ。
光が反射して、ダイヤのシャンデリアがまるで自分の勝利を祝っているかのように輝いた。
この力、この富、すべてが俺のものだ――完璧すぎて、少し笑みがこぼれる。
今日も神託イベントがある。
鏡の前で軽くポーズを決め、胸を張る。
「神よ、今日も俺にさらなる資産を!」
――その瞬間。
控えめに、しかし確実なノックの音がドア越しに響いた。
「勇者ハルト様でお間違いないですね。異界転生監査局第四課、イリス・ヴァルターと申します」
扉の向こうに立つのは、黒髪をきっちりまとめた女性。
手には分厚い書類束。背後には、金属のバッジが輝き、そこには『法』の文字が刻まれていた。
まるで、この世の秩序そのものが歩いてきたかのようだ。
「え? えっと……君、ファン? 握手なら――」
「違います。監査です」
その一言で、俺の胸の高鳴りは一気に冷めた。
ファンじゃない? 監査? この俺に?
「か、かんさ?」
「転生スキルの使用状況について、確認に参りました」
イリスの視線は一点。
笑わない、揺れない、呼吸すら規則正しい。
……なんだ、この存在感。目が書類でできてるのか?
「このスキル、《ゴッドファイナンス》――無限に通貨を生成できると」
「ああ、神から授かった最高の祝福だな!」
「はい、違法です」
空気が一瞬凍った。
俺は手に持った金貨を握りしめ、目を見開く。
「は?」
「転生法第四十八条、『通貨・資源の無限生成を禁ず』。はい、完全アウトです」
耳が熱くなる。いや、心が焼けるようだ。
俺は神に選ばれた勇者だ。世界の英雄だぞ?
無限の富を生み出すチートを持って、英雄として国民を導いてきたのだ。
それを、書類一枚で違法扱いか?
「いやいや、俺、勇者だぞ? 神に選ばれた存在だぞ!?」
「その神、免許持ってません」
背筋が凍る。
無免許神……? そんな概念あるのか?
しかし彼女は一切迷いなく、書類を差し出す。
「スキル使用停止申請書、発動します」
――ピッ。
世界が、静まり返った。
瞬間、屋敷の壁の輝きが消え、金貨の山が空気中に蒸発する。
ダイヤのシャンデリアは、ただのガラス玉に変わった。
「な……なにこれぇぇぇぇぇ!?」
俺は声にならない声をあげ、崩れ落ちるように床に膝をついた。
「チート機能の停止です。法的に」
「法的に!? そんな理不尽な魔法があるか!? 俺の人生を返せ!!」
「理不尽ではありません。法です」
冷たい声。冷徹な法。
俺は無力だった。全能だったはずの勇者が、書類と法の前で崩れる。
目の前の女性は微動だにせず、まるで世界そのものが手中にあるかのように立っていた。
そして俺の意識は、徐々に薄れていった……。
◆
気づけば俺は、藁が敷き詰められた部屋の上に座っていた。
木の床に比べて意外と柔らかい……いや、それ以前に、この空間の異様さにまず目を奪われる。
壁は無地の石レンガ。窓は高く、光は控えめに差し込み、室内にはほのかに魔法薬品の匂いが漂っている。
俺の後頭部に冷たい視線を感じ、ふと振り返ると――黒板に大きく『転生者マナー講座』と書かれていた。
「ここどこ……?」
かすれた声で呟く俺に、聞き慣れた冷静な声が返る。
「再教育プログラムの教室です」
ふと視線を下げると、藁の上に敷かれた粗末なマット。
背もたれもなく、まるで修行僧用の椅子のようだ。
俺はそのまま腰を下ろし、藁の感触を確かめた。
「俺、勇者なんだけど?」
「元・勇者です」
「“元”って言うな!」
俺の声は思わず震えた。
この世界では、勇者でもスキル停止者になると単なる番号扱いになるらしい。
その証拠に、イリスは淡々とした口調で言う。
「本日付で“スキル使用停止者第1023号”になられました」
「番号で呼ぶなぁ!」
目の前には黒板と講師イリス。
整った黒髪を後ろでぴっちりまとめ、手には魔導ペンと分厚い書類。
瞳の奥に冷たい光が宿り、微動だにせず俺を見据えている。
……なんて冷徹な眼差しなんだ。
「ではまず、他世界における“納税義務”について学びましょう」
俺は思わず眉をひそめた。
納税? 俺は無限金貨を生み出す神の勇者だぞ? そんな面倒くさいこと、チートで解決して当然だろう?
「納税って……チートで解決しちゃダメなのか?」
「チートで解決した結果、世界が三回滅びかけています」
「三回も!?」
俺は腰を抜かすかと思った。
いや、金貨の山はどうなったんだ? 家は? 王国の経済は!?
「ええ。あなたみたいな人が原因です」
顔を上げると、イリスは一切表情を崩さない。
その目は、世界の秩序を守る鉄壁の壁のように冷たく光っていた。
「俺だけじゃねぇよな!?」
「全員です」
「全員かよォ!」
俺の叫びが、静かな教室に虚しく響いた。
藁の感触も、室内の匂いも、すべてが俺の敗北を強調するようだ。
しかし授業に慣れてくると、俺にも少し余裕が生まれた。
机の上には、整然と並んだ魔導書とペン。
黒板には細かい文字で条文や規則がびっしり。
日本の法律に相当するような秩序を、一字一句逃さず教えてくれる。
だが、さすがに飽きてきた俺は、思い切って尋ねてみた。
「……なあ、イリスさん。なんでそこまで行き過ぎたチートを嫌うんだ?」
「嫌ってはいません。ただ、“秩序を守るため”です」
その答えを聞き、俺はふと天井を見上げた。
光の差す窓枠の向こうに、まるで神々が見ているかのような空が広がる。
秩序……か。なるほど、俺の金貨噴水やチート戦争は、この世界の秩序をぶち壊す代物だったのだ。
「あなた方は、神の力で世界を壊す。それを止めるのが、私たちの役目です」
なるほど。理屈は理解できる。
だが……その冷静さ、格好良すぎるだろう。
「……まるで、ヒーローみたいだな」
「いえ、ただの公務員です」
立ち上がって拍手したくなる俺に、イリスは冷静に一言。
「それに、授業中の私語は減点対象ですよ」
「ヒーロー冷たいぃぃ!」
藁の感触を再び感じながら、俺は深く息をつく。
しかし、この再教育プログラム――恐ろしくも、なんだかんだ面白いものだった。
◆
数日後――いや、正確には数週間後かもしれない。
俺は、再教育プログラムをようやく修了した。
胸を張れるのは事実だが、かつてのような金もスキルも、もちろん神のご加護もない。
手元に残ったのは、畑と鍬、そして汗で濡れた作業着だけだ。
けれど、代わりに手に入れたものがある。
――労働の尊さ。
目の前の土を掘り返し、トマトの苗を丁寧に植え、根元に水をたっぷりやる。
金貨では決して得られない充実感が、胸にじんわりと広がる。
太陽は高く、風はそよぎ、土の香りと水の匂いが混ざる。
自然の営みの中で、俺はようやく自分の手で世界を動かす感覚を味わった。
「ふっ……これが本当の、努力の味ってやつだな……」
思わず独り言が漏れる。
言葉に出すことで、俺自身がようやくこの現実を受け入れた気がした。
すると――背後から軽やかな足音。
振り返ると、黒髪を後ろできっちりまとめたイリスが、いつもの書類を手に立っていた。
視察……いや、監視か。
「どうですか、真面目に働く気分は」
畑の匂いと土の感触を手に感じながら、俺は笑った。
「悪くねえ。てか……ちょっと楽しいかもな」
イリスはわずかに頷き、顔には表情はほとんどないが、その目は確かに俺を観察している。
「それは良かったです」
俺は勢い余って、軽い冗談のつもりで口を開く。
「ところで、監査官さん……今度、飯でも――」
――即座に、冷静な声が俺を切り裂く。
「減点です」
土の上に座り込んでいた体が、一瞬でぴんと伸びた。
「まだ!? もうチート使ってないし、プログラム修了したよね俺!」
イリスは手を腰にあて、少しだけ視線を下げる。
その静かな佇まいは、教室や書類の時と同じく、圧倒的な威圧感を放つ。
だが――その存在感に、どこか心地よさすら覚える自分がいた。
土に触れる感触、苗の緑、風と太陽。
そして――冷徹な監査官の視線。
奇妙な組み合わせが、俺の中に、新しい風を送り込んでいた。
――金もスキルも失った勇者。
しかし、俺はこの世界で、初めて本当に“自分の力で生きる”ことを学びつつある。
おまけ
イリス:「無免許転生は罰金100万エーテルです」
ハルト:「俺、もう畑でトマトしか育ててないのにぃ!」
村人:「トマト勇者様、出荷お願いします!」
ハルト:「それはそれで恥ずかしい名前なんだよな……!」
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