防寒対策とオレ
隠れてついてこられるとつい茶目っ気を発揮して撒いちゃうデュランの逃亡防止の為に、開き直って堂々と付いて来ることにしたらしいアドルフを加えて三人で店を出る。
あれ、何か大分暗くなってる。
「もう夕方だからな」
「え? 嘘?」
「嘘では無い。時計を見ろ」
「あ、ホントだ」
ダイバーウォッチを確認してオレは頷く。
ついでにちゃんと動いてるか確認する為に耳にくっつけてみたらアドルフに変な顔をされた。
何だよ。
「ああ……それ、アンティークなのか」
「え? うん」
じいちゃんの生まれた朝より前からチクタクやってる時計ですよ。
今じゃ手入れできる人が殆ど居ないというシロモンですが、まだまだ現役でオレの為に時間を教えてくれてる良い子です。
簡単な手入れならオレでも出来るって辺りも好感度アップです。
「そんな高価な物持ち歩いてたら盗まれるぞ」
「しょうがないじゃん。他に時計持ってないし」
「百均でも売ってるだろう」
「あれはダメなんですー」
「ナカバ、爪が刺さっているのだが」
「あ、ごめ」
力いっぱい主張するつもりが、力いっぱい爪を立ててたらしい。
「まるでネコだな」とかぼやいてるデュランの足を横からげしげし蹴りつつ、オレはだんだん夕暮れの色になってきている空を見上げる。
今は五月の初めだから、昼間はあったかくても夕方はまだちょっと寒い。
オレ冷えやすいしなー、しょうがないんだけど。
さむさむ、とか思いつつ掴まってたら、デュランがオレを見下ろしてちょっと苦笑した。
「ナカバ」
「何さ」
顔を上げた瞬間、バサッと顔に何か落された。わっぷ!
「なんじゃこりゃー!」
「そこは腹を抑えるべきだろう」
「あ、そっか。なんじゃこ……って違うわー!」
「良いボケ突っ込みだ」
ピシ、ガシ、グッ、グッ。
以心伝心でやったオレとデュランにアドルフが退いていた。楽しいのに。
ついでにデュランが黙って人差し指を出していたので、ご期待に応えて同じように先っちょをチョンと合わせておいた。
デュランってある意味エイリアンだから、これはこれで正解だよね。
てか、
「マフラー?」
「さっき買った」
幅広のマフラーは明らかに季節が間違ってると思うんですけど、良く売ってたなぁ。
デュランサイズに合わせたマフラーはオレがつけるとストールっぽい感じで、冷えた二の腕までふっかり暖かで丁度良かった。
「サンクス」
お礼を言ったらちょいちょいとずれてたところを修正された。
あ、うん、こっちの方が暖かいや。いい匂い。
「帰るまで借りてて良い?」
「別段お前にやっても良いが?」
「このブルジョワめ……良いよ、借りが増えるから」
「何だ、返す気で居たのか?」
ニヤリと笑う顔が憎たらしいですね、はい。
「今に見てろ……」
「見ていると伸びるのか? どれ」
「くそー! むしろお前が縮め! 禿げろ! ふーとーれー! そして身長よこせー!」
「無茶苦茶だな……」
デュランを挟んで反対側でアドルフが何か呆れてるけど、貴様らに分かって堪るか!
この百八十越えーズめ!
良いですか? オレの今の身長が百さ……百四十……っぽい、ですから。約四十差ですが何か文句あるかゴルァッ!
縮めば良いと呪いを込めながら掴まってるデュランの腕をギリギリしてたら、何故か頭を撫でられた。
やめい、縮むと振り払うか、腕ひしぎ続行か迷って、とりあえず続行を選んで渾身の力を振り絞ってギリギリしてみたけど、デュランは可笑しそうに笑っただけだった。
オレの力じゃここが限界か……皆、後は頼んだぞ。メガ○テ! こうですね、しないけど。
大体MP無いオレが唱えても発動しないですよ。……しないよね?
「って、あれ? 今どこに向かって歩いてんの?」
「待ち合わせ場所だ」
「誰の?」
「お前と、お前の友人達の」
「え? そんな約束したっけ?」
「俺がした」
お前かよっ! とわき腹に肘鉄で突っ込み入れておいた。
流石に腕ガッチリホールドの状態では避けられなかったのか、デュランが喰らって「うっ」とか呻く。ふふん。
「まぁ、一応釘を五百程刺されていてな」
「こわっ?!」
「喩えだ……余程お前と俺を二人きりにしておくのが心配らしい。まぁ、正解だが」
「……」
正解、ってのはオレが消えかけた話だろう。
気にするなと言いかけて、オレはちょっと考える。
気になってるものを気にするなとか、気に病むなとか、それは無理だろう。
結局オレの頭に入ってる薄っぺらい辞書じゃ大した言葉は見つからなくて「終わりよければすべてよしですよ」とか訳の分からん言葉しか出てこなかった。
当然のようにデュランはきょとーんでした。
ああ、視線が痛い。
「だからさー、途中経過で色々あったけど、楽しいこと多かったし」
時計塔の中を探検ごっこした時はわくわくした。
モービルの部屋も、あれはあれで楽しかった。隠しウッサー満載で、あれ探すだけで時間潰せたし。
移動中に、デュランから色々な場所や物の歴史とか由来、理由を聞きながら移動するのも楽しかった。
一緒に食べた遅めのお昼ごはんはほっぺた落っこちるかと思った。
それに、
「デュラン」
「何だ」
設計者のメモを見て思ったんだ。
やっぱり諦められない。期待して、望みを持って、それが自分の力じゃどうしようもないものに押しつぶされる時のあの気持ちはもう二度と味わいたくないと思ってたけど。
デュランに見せて貰ったあれを見て、もう一度だけ、悪足掻きしようと思えたんだよ。
「あのさ」
そう言おうかと思って。ありがとうって言おうと思って、見上げて。
そしたらデュランはオレを見下ろして笑っていた。
だから。
「やっぱいいや」
「そうか」
何かここでぐちゃぐちゃ言ってもデュランはしらばっくれそうだったし、上手く言えない気がしたし。
「デュラン」
「ん?」
「楽しかったね」
「……そうだな」
そう言って笑ったデュランの顔はやっぱり美形以外の何物でもなかったけど、今だけはちょっと好きになれる気がした。
【作者後記】
前作『ひま潰し』から続いてきたナカバとデュランの関係ですが、ある意味ここでようやく「和睦」しました。
彼女たちの関係において、この話が一つの節目になります。
さて、皆様今晩は、尋でございます。
初めての方も、ご再訪の方もようこそいらっしゃいました。
当方は貴方を心から歓迎いたします。




