存在意義とオレ
頑張った! 俺頑張ったよ!
オレは「オレの」目を開けた。
瞬間目の前にきらきらした顔があったんで、とりあえずとっさに手でそのほっぺたをむにーっとひっぱっておいた。
ふぅ、これで良し。
「……御挨拶だな、ナカバ」
むにーっと横にひっぱられた形でデュランがちょっと眉を寄せた。
うん、久しぶりにその顔見たらつい。
特に気の利いた返しセリフとか思い浮かばなかったんで、代わりにうにーうにーと繰り返し引っ張ってみたけど、やっぱり魔王様は例によって無抵抗だった。
その無駄にお綺麗な無駄美貌をぐにぐにとしばらく弄って、オレはようやくちょっとずつ現状を理解する。
魔王様にだっこされてる。
「ちぇりゃー!」
「危ないな、落したらどうする」
「落せー!」
「分かった」
ぺいっ。ぐしゃ。
「落すんじゃねー!!」
「今落とせと言ったのではなかったのか」
床の上にべしゃとなった姿勢のまま叫んだら、至極もっともな切り返しをされてしまった。
うん、まぁそうなんだけどそこは乗りツッコミとかしようよ。
とりあえずオレはちょっと腰をさすってから起きあがって辺りを見回す。
ああ、さっき昇って来た巻貝だ。
ぐりっと首をまわして(ついでにぐきっと鳴ったけど気にしない)扉を確認する。
閉まってる。
さっきまで中に居たはずなんだけど……オレは腕時計で時間を確認する。
「って三時ぃっ?!」
「三時だな」
「三時?!」
「三時だな」
「三時だ!」
「三時だな」
「大惨事だ!」
「三時だな」
何故にこげな時間に?!
あ……ありのまま、今、起こった事を話すぜ!
「さっきまで午前の時間だと思ったら、いつのまにか三時を過ぎていた」
な……何を言っているのかわからねーと思うが、オレも何をされたのか分からなかった……。
頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
「てか何で三時!」
「お前がいつまでも戻ってこないからだ」
時間もったいねーと叫ぶオレの向こう側で、デュランが疲れた様子で床に座り込んでけだるい調子でぼやいた。
ん?
何かデュラン、疲れてる?
オレがずりずりと膝で這って近づくと、デュランはちょっと苦笑して、ぽんとオレの頭に手を置いた。
「大丈夫か?」
「何が?」
「その返事なら問題ないな」
だから何が?
「まぁ、端的に言えば」
「言えば?」
「昨夜より本格的な存在の危機に陥っていたということだ。器が原型を留めていなかったしな」
「はぁっ?」
オレは慌てて自分の体をぺたぺたと触ってみる。
うむ、この貧弱っぷりは間違いなくオレの体だ。
「あるじゃねぇか」
「今はな」
何だよ驚かせやがって、と打ちこんだパンチを甘んじて受けながらデュランがだるそうな口調で言う。
「昨夜、スキャンしたお前の器のデータをもとに再構築したからな」
「……えーと」
「記憶に齟齬があるのはそのせいだ……魂と器の記憶が一致しないから混乱しているのだろう」
ぼんやりと遠くを見ながら呟いてるデュランにオレは状況を飲み込もうとする。
えっと? つまり?
「オレどうなっちゃってたの?」
「……あまり気分の良い話ではないぞ」
「え? グロホラー真っ青なスプラッター状態とか?」
「いいや」
首を振るデュラン。
「情報レベルで四散していた。お前ではまずそこに何かあるのかすら感知出来ないだろうな」
「なんでそんなことになったのさ?」
「あの部屋に入っただろう」
視線で指された部屋に顔を向けて、オレは「うん」と頷く。
「あそこは情報の備蓄庫も兼ねているからな……侵入したことで大量の情報と接触し、許容量を超えるそれを流し込まれたせいで器が耐えきれずにほぼ消滅してコンタミネーションを起こしていた」
「コンタ……何だって?」
「Contamination……科学実験の場における汚染、或いは意図外の情報の混入。お前自身を構成する情報があそこに蓄えられている情報の中に散乱し、混入していた」
「……」
「まぁ、昨夜ベッドの上でお前の体を確かめたからな……何とかそれを元に、と何故そこで構える」
「いや、何か今不穏なこと言われた気がして」
何が引っかかったんだろう。
「それで時間かかったんだ」
「いいや」
じゃあ何だよ。
「器は戻せても魂までは手を出さないからな……お前自身が戻って来るのを待っていた」
一瞬、何かを懸命に呼び続けるデュランの声が頭をよぎった。
……いや、イメージにしたってさすがにこれは無いか。
デュランだし。
でも余裕綽々がデフォのデュランがこんなにへばってるのは珍しい。
「大丈夫?」
とりあえず手を伸ばして、今度はほっぺを引っ張るんじゃなくてぺたっとデコに触ってみる。
うわ、つめて。
とか思ってたら手首を取られて、オレの体が前に傾ぐ。
へ?
「良かった」
またデュランの膝の上に逆戻りしていた。
何してくれんじゃー! ……と、まぁ普段のオレなら十発ほどどついて噛みついてたんだろうけど。
オレを恐る恐るって感じで抱き込んだデュランの手が僅かに震えてたから、何か怒れなかった。
抱かれてるって言うよりも、しがみつかれてるみたいで。
振りほどけなかった。
「何だよ」
「お前が失われなくて良かった」
オレに配慮してなのか、ちゃんと顔とかが見えないようにすっぽりと胸のところに埋まる姿勢でホールドされてるせいで、デュランの声は頭の上の方から聞こえる。
「戻ってきてくれて良かった」
「……」
「お前が存在していて良かった」
「……何で?」
呟いてから、オレは「あ、えーと今の無し」とペシペシとデュランの胸を叩く。
「ナカバ?」
「いや、無し……ちょっと待って。何言ってんだろオレ。ホント、まじで、ゴメン、本当に無かったことに」
「俺はお前が気に入っている」
ポンとオレの頭にデュランの手が乗っかった。
わしゃと髪を掻きまわした感じにどこかで覚えがある。
「お前のようなものと会えたのだから、飽きる程に長く続くこの時にも多少の価値があるというものだ」
「……でもさ」
「ん?」
「オレ、すっげぇ迷惑じゃん」
こんなことまで言う気は無かったのに、なんだか口が勝手にそんなことを言ったのは、後で考えるとトチ狂ったとしか考えられない失敗だった。
こんなこと、口にしちゃいけなかったのに。
「だってそうだろ。オレ、働けもしなくて……食ってばっかりで、すぐにケガするし、病気にもなるし」
ちょっとの風邪でもオレは寝込む。
魔法で熱は下がらないし、回復だってしないから馬鹿高い金払って、保険対象外の薬を買う。
その薬だって今の区画じゃ売ってないからうちの親が車を走らせて四つ先まで買いに行っている。
病院だって向こうに拒否られるから、その間の世話は親にみさせている。
あの人たちだって仕事あるのに。
仕事の話だってそうだ。
マナレスが家族に居るってだけで、あの人たちだって何かしら絶対言われてる。
あの人達のせいじゃないのに。
職場でも、御近所でも、肩身の狭い思いをさせてる。
親戚にだって、何かしら言ってる人がいるのをオレは知っている。
何でオレがじいちゃん家に行くことはあっても、もう片っぽのじいちゃんのことは知らないのか。
……そう言うことだ。
今の住居に転居する時も相当揉めていた。
受け入れ先がなかなか見つからなかったんだろう。夜遅くまであの人達が話合って、仕事の合間を縫って受け入れ先と交渉してたことを、オレは知ってる。
オレを受け入れてくれる学校を探すだけでも相当苦労したはずだ。
今の学校の学費はけっして安くないけど、ここ以外は入学試験の許可すらおりなかったし、何とか受かったし。
でも、その分うちの決して多くない金は減った。
オレの養育費に、治療費に、学費に。
親。
その金工面するのだってきついだろ。オレが使うし、オレのせいで稼げないし。直ぐに倒れて仕事の邪魔してるし。
弟。
オレの弟だからって学校でハブられてたの知ってる。オレが金使ってるせいでしたいことだって出来ないで、旅行だって行けなくて、遊びにも行けなくて、学校だって、学科だって本当はやりたいことあるのに我慢させて。
じいちゃん、ばあちゃん、リムりん、ヴィーたん。
身内に、友人にマナレスが居るってだけで酷いこと言われて、じいちゃん達は悪くないのに。リムりんもヴィーたんも本当は凄いのに。オレと関わりがあるってだけでそんなことまで否定されて。
遊びに行くんだって相当気を使って、あそこは駄目だ、こっちは危ないって、本当は行きたかった場所行けなくさせて。気ぃ使わせて。守られてばっかで。
「周囲の負担になっている、と?」
「うん……」
どうしようもなく。
邪魔だ。
受け取ってばっかり。与えられてばっかり。貰ってばっかり。助けられてばっかり。
受けて貰って、消費して、浪費するばっか。
何一つ、返せないし、返せる当ても、無い。
「……」
オレの言葉に、デュランがオレの頭を撫でる。
「オレが子供だからそうだってんならさ、早く大人になろうってすれば良い」
「あぁ」
「でも……でもさ、オレ、このまま年重ねて、それでどうなるんだろ」
今は義務教育の間だから良い。
世間から、子供だからしょうがないで済ませて貰ってる部分がある。
でも、この先は?
マナレスを雇ってくれるような会社なんてあるのか? バイトですらお断りされまくってるのに。
マナレスを引き受けてくれるような学校なんてあるのか? 義務教育の時だって苦労してるのに。
オレが消費しまくってる金は親が出してるけど、その親だっていつまで働けるか分からない。
後何年? 何カ月? 何日?
そこから先は、オレはどうしたらいい?
他人の選択肢を潰して、生き続けるのか?
誰かの脛を食い散らかして生き続けるのか?
いつまでこんなこと、続ける気なんだ? いつまでこんなことが出来ると思ってるんだ?
それに。
健康で生きてける保証なんて何処にも無い。
むしろオレはマナレスだから、体を悪くする確率の方がずっと高い。
それで、寝たきりにでもなったら?
薬品の臭い。
切れ切れの電子音。
白いシーツと、うねるコード。ごろごろと濁る呼吸の音。
肉の落ちた体。
あんな風に、なって。
それでもきっとオレを見捨てないと分かっているから。そんな風になってまで。
邪魔にしかならないなら。
「オレ、さ。オレさ」
こんなこと考えちゃいけないって分かってるんだ。
分かってる。
こんな失礼なことはないって分かってる。分かってるけど、でも、生きてても誰かの負担にしかならないなら。生きてても大事な人達の邪魔しかできないなら。
そんなことなら。
「死んだ方が、良いんじゃないか?」
オレが居ない方が、皆の為になるんじゃないのか?
ぐっと歯を食いしばった拍子に、目の端っこから何か落っこちる。
「オレ、生きてて良いのかな?」
親しい人から搾取して。し続けて。それしかしなくて。そんなんばっかりで。
「何でオレこんななんだろ……」
悔しい。
情けない。
しゃくりあげたら止まらなくて、ぎゅっとデュランの襟を掴んだら大きな、指の長い手がオレのこめかみに触れてきた。
「オレ」
「あぁ」
「オレ、皆の負担にしかならないとか……もう、嫌だ……」
どうして。
大事な人にばっかり、オレのことを大切にしてくれる人にばっかり、迷惑かけちゃうんだろう。
「オレなんか、居ない方が……」
「半、また歯を食いしばり過ぎだ」
「うる、さいなぁ……」
顔を見られたく無くて顔をさらに埋める。
デュランの手が背中を撫でる。
「私は」
デュランの体温はオレより低い。いつだってひんやりしている。
声はあったかいのに。
「お前がそれを悔いているとしても、お前が生きていることに感謝する」
「……何で?」
「言っただろう」
ぐしぐしとデュランのシャツで顔を拭って見上げたオレにデュランは何処かで見たような安心させるような笑顔を浮かべて、指先でオレの前髪を掬いあげた。
「お前のことを気に入っている」
「……そんだけ?」
「あぁ。それだけで充分な理由にはならないか?」
「でも、さ……迷惑じゃね?」
「まぁ、多少はな」
「そこは平気って言えよ」
「事実は事実だ。だが……それ以上のものを得ているからな」
「……オレ、なんもしてねぇよ?」
「ここに在るだろう」
お前がここにあれば、それ以上に充分すぎる程報われる。
一歩間違えたら口説き文句にも聞こえる台詞。
柔らかいアルトの声で言われて、オレは、みっともないぐらい安心して、なんだか妙に許されたみたいな気分になって、それから色々と頭も冷えて、
「……デュラン」
「ん?」
「腹減った」
とりあえず昼飯を食い損ねてたことを思い出した腹がキューっと鳴った。
【作者後記】
俺、頑張ったよ母さん!(誰)
当方としては珍しく甘味料入りになるように頑張ったよ!
……頑張ったのにこの程度なのか、と言う辺りには目をつむって下さいorz
そんなグダグダを言いつつ今晩は、尋でございます。
初めての方。デフォが糖分ゼロ、雑味あり、朝の目覚めにぴったりじゃないブラックな世界へようこそ。
初めてでもないと思う方。頑張りました(くどい)、結果は察して下さい。
ナカバが空腹だと仰ってるので、この後はのんびり食事と遊びになります。
では、またお会いできることを願って。
作者拝