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胡蝶之夢とオレ(3)

周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。



                             『荘子』

 真っ暗だ。

 真っ暗な中に、誰か立ってる。

 デュランの目で見た世界みたいに、その輪郭が光る。

 他のものよりずっと不安定で、弱い光だけど。

 時々パチっと音がして、線香花火みたいに明るいオレンジ色の光が浮かぶ。その光でそれが子供の後ろ姿だってことが分かる。

 痩せてて、貧弱で、捻り潰せそうにちっぽけで。それでも、負けるかってな感じで偶に火花を散らす。

 パチンと暗闇の中でオレンジ色がはじける。


『―――』


 デュランがそいつの名前を呼んだ。


『―――、戻ってこい』


 えーと?


『―――』


 うん、何か聞いたことのあるような気がするんだけど。


『―――』


 デュランが何か切羽詰まった感じで名前を呼ぶ。

 子供の方は何処かを見てきょろきょろしてるだけで、全然気付いてない。おーい、もしもーし?


『―――、戻ってこい』


 迷子? 誰が?

 てか、さっきまでとまた場所が違う。

 何か、今更だけど何かおかしくないか?

 何でオレがデュランに乗り移ってたんだろう。何で大昔の出来事をリアルタイムみたいに見てたんだろう。


『―――』  


 こんな真っ暗な場所に覚えは無い。

 ここどこだろう。

 とにかく戻らないと。

 でもどこに?

 そう言えば、オレはデュランじゃないけど、じゃあオレは誰だ?

 さっきからここで見ているオレは誰?


 あれ。

 えーっと。

 頑張れオレの脳みそ。思い出せ。


『―――』


 ああもうデュラン煩いな。少し黙ってろよ。こっちは考え事してるんだから。

 しっかし、相手もさっさと気付いてやればいいのに。

 相変わらずパチパチとオレンジ色の火花を散らして、きょろきょろしてるだけで一向に気付いてない。


『―――』


 相変わらずデュランは諦めずにあっちの人の名前を呼んでるらしい。

 らしいっていうのは、オレにはさっぱり聞き取れないからなんだけどさ。

 ……そう言えば、デュランって、えーと……。うん、そうそう、知り合いだ、知り合い。

 それより何でデュランの名前は分かっても自分の名前が出てこないのかってことですよ。

 大問題だ。

 えーと、確か、とりあえず美味しそうな名前じゃなかったのは確かだ。

 何だっけなぁ。

 ……。

 ……。

 ……ヒント下さい。


『ナ――』


 おお、最初の文字は「ナ」ですか。

 えーと……よし、分かった。とりあえず「ナスビ」じゃ無い。


『ナ――、戻ってこい』


 てかヒントが少なすぎるんですよ。

 いや、自分の名前にヒントって何だよとか思うけどさ。


『――えないでくれ』


 だからうっさいんだってば。さっきから。

 何をそんなに必死になっているのやら。お前魔王何だからもうちょっと落ち着いて構えてろよ。


 ……魔王?


 誰が?


『―――』


 そう言えば、何であの子はデュランに気付かないんだろう。

 傍で聞いてるオレだって、ちょっと心が動いちゃいそうなぐらい一生懸命呼ばれてるのに。

 何でこんなに必死なのかな。

 オレはちょっと自分のことを脇に置いといて、デュランのことを見直す。

 つってもオレの位置からデュランのことは見えませんけどね。


『ナ――』


 デュランの声には後悔が滲みでていた。


 後悔なんて意味がない。

 もっとあの時ああしておけば、とか。

 もっと早く気付いていれば、とか。

 どうしてこんなことに、とか。

 そんなこと考えてみたってしょうがない。嘆いたって仕方無い。

 起こったことは、起こらなかったことにはならない。

 デュランだってそれは分かっているはずだ。


 でも感情が理屈を超える時だってある。

 それにデュランが今感じている深くて重くて、とても悲しい気持ちは何か一つのことで偶々引き起こされたようなものじゃないっぽかった。

 オレは知ってる。

 重なって、重なって、沈殿した古い傷がふとした拍子に呼び起された時のあの息苦しさを。

 起こったことは、起こらなかったことにはならない。

 傷が一度ついたら、それはなかったことにはもう出来ない。

 傷がいつか治っても、傷ついた事実はもう取り消せない。


『連れて来るのではなかった……』


『こんな風に壊してしまうなど』


『理解していたはずだった』


『どれほどこれら(・・・)が脆く、儚く、失われ易いかぐらいは』


『それなのに』


『―――』


 デュランの気持ちが伝わりすぎて、重い。

 押しつぶされる。


『―――』


 何か繰り返したデュランの声はひどく、弱々しかった。

 そしてまた聞き取れない。

 何でだろう?

 てか、あれだろ? お前がさっきから呼んでるのってあっちのオレンジの線香花火だろ? ほら、居るじゃん。気付けよ。

 そっちのオレンジもさっさと分かれ。

 何でこんなにも繰り返して、こんな声で呼ばれてるのに気付かないのやら。

 相当鈍いんだな、きっと。

 もしくは言葉が通じてない?

 いや、でも聞こえて居たら多分他人事でも振り返るぐらいのリアクションはしてるはずだ。

 じゃあ聞こえてない?

 しかし何故この距離で聞こえないんだろう。

 デュランだって呼ぶだけじゃなくて、歩いてって捕まえれば良いのに。


『―――』


 いや、出来るならやっているよな。

 デュランはアホの子だけど、馬鹿じゃない。やれることならやってるはずだ。相手に気付かれたいならなおさらだ。

 じゃあ何でやらないんだろう。

 近づけない?

 それとも、触れない?

 前に魔力が馬鹿に強すぎて駄々もれしてるから、うっかり他に触るとパーン! ってなるって言ってたけど。

 ……あれ、今何かひっかかったような。


『―――』


 デュランがまた誰かを呼ぶ。

 呼びかける。

 多分これからも呼び続ける。声が嗄れても、喉を痛めても。呼べる限り呼び続ける。

 そう言う意志が今のオレには分かる。

 オレはまだ向こうでぼけーっとしてるオレンジ火花に目を向ける。

 相変わらずさっぱり気付く気配ゼロだ。

 ……いや、やっぱりおかしい。


 まず、第一にオレは誰だ?

 デュランの中に居るオレ。

 てことは、オレはデュランじゃないって自分で自分を認識してるってことだ。

 そしてデュランのことも知っている。


 それから、もう一つ。

 オレはさっきからデュランが呼んでるのがあっちのオレンジ火花だって分かってる。

 デュランのそこの単語はさっぱり聞き取れないのに、絶対そうだって何故か知っている。


 オレは、デュランの他にあのオレンジ火花のことも知ってるってことか?



『―――』



 妙に心に残る三つの音。

 誰かの名前。


   ここでは誰にも教えるな。名を握られると困るからな……。

        名前を握るって何さ。

   存在の決定権を掌握される、と言えば良いのか。

        んんー?

   名前は存在を確定する重要な要素の一つだ……まぁ、つまり、お前の名前をお前のものにしておけということだ。分かったな『―――』。


 名前。

 オレの名前。

 じいちゃんから貰った大事な名前。

 オレをオレにする。オレの形を定める大事な名前。


 何事も過ぎたらいかん。

 少なすぎても多すぎてもいけない。

 少なすぎれば誰かをねたむ。多すぎれば誰かから恨まれる。

 手に余ったもんははみ出して余所様に迷惑をかける。

 だからお前は真ん中ぐらいでちょうどいい。

 少ないもんにはちっと分けてやれるぐらいの余裕はあるが、余りすぎず。

 多いもんからはちっとぐらい引き受けてやれるぐらいの余裕はあるが、少なさすぎない。

 そんな子になれ。



ナカバ



 オレの名前。




 オレンジ火花が振り返って、オレの顔でデュランを見上げてそれはそれは嬉しそうに、にっこりと、笑った。



 

【作者後記】

ナカバの名前を決めた時に考えていたことは三つ。

一つはぱっと聞いて名前ファーストネームに聞こえないこと。

左右対称の一文字であること。

キャラクターの性格なり方向性をあらわすこと。

結果、女の子には珍しい「ナカバ(半)」に決定しました……あ、ナカバ、一応生物学上はメスですからね。


そんな裏話をしつつ今晩は、尋でございます。

初めての方いらっしゃいませ。普段はこんなに曖昧模糊とはしておりませんのでご安心を。

初めてじゃない方ようこそ。次回は似たようなノリに戻りますから。似たような……えぇ、頑張りますから(何)


次で夢は覚めます。

その時にお会いできることを願って。


作者拝

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