胡蝶之夢とオレ(2)
俄然覚、則蘧蘧然周也。
不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
頭がくらくらする。むしろガンガンする。
中でつるはし持ったおっちゃんが内側から頭蓋骨叩きまくってるように頭が痛い。
しかもさっきから周りが妙に煩いし……さっぱり何の音だか聞き取れないけど、煩いもんは煩いんですよ。
あー、もう何だよ。八つ当たりするぞこの野郎。
苛々しながらオレは『目を開けた』。
途端に、目の前に砂嵐みたいなノイズが走る。うわ、きも。
……てか、まさかさっき何かあった時に倒れて目を怪我したとか?
自分の想像にざっと血の気が引く。
オレはいわゆる普通の治療が受けられない。マナレスだから回復魔法が効かないのだ。
擦り傷だって自然治癒を待つか、馬鹿高い金を払って保険対象外の薬を買うしかない。
まぁでも擦り傷ならほっときゃ治るけど、目は確かほっといても治らない箇所じゃなかっただろうか。どうしよう。オレなんか引き受ける病院何かないだろうし、目がこのまま見えなくなったらどうしよう。ただでさえ足りないのに、これ以上足りなくなったら……。
「おい、大丈夫か?」
オレがぐるぐるしてたら前の方から誰かが声をかけてきた。
知らない、男の声だ。
とりあえずさくっと関わらないようにした方が良いだろうと思ってオレは『口を開いて』、
「ああ……」
掠れた、妙にエロエロしい声が出た。
……。
やだ、オレ声変わりの時期なんて過ぎたと思ってたのに、きゃっ!
じゃねぇよ。
今の声明らかにオレの声じゃねぇよ。しかも、聞いたことあるぞこの声。
そう考えている間に誰かが勝手に『オレの右目』を掌で覆って、勝手に『オレの視点』を上の方へ移動させた。
「少し、調整が乱れて……」
相変わらずガヤガヤとやかましい音に混ざって聞き取れる色っぽいアルトの声。
うん、間違いない、これ魔王様だ。
しかし何でオレの喉からデュランの声が勝手に出てるんでしょう? ……なんてすっとぼけてみてもしょうがないか。
これはあれですね。
オレがデュランの中になんだか知らんけど紛れ込んでる状態ですね。憑依ってことか。
……。
……。
……。
ぎゃー! 誰かー! ヘルプミー!
い、嫌だ! 絶対嫌だ! この後の一生をあんなきらきらした男の恰好で過ごすのはいーやーだー!!
「おい大丈夫か?」
内心(つーかオレの体どこ?)でじたばたしてたら、オレ(てかデュラン)の前に居た人が心配そうな声で手を伸ばしてきて『オレの頭』にぽむと手を置いた。
やめい、縮む。
あ、いやこれデュランの頭だから良いのか。よし、もっとやれ。擦り減らせ。
「無理すんなよ。ちょっと休むか?」
……。
何でしょう。この妙に癒し系オーラ満載の人は。
ようやく砂嵐みたいな……良く分からんけど歪んで、ザリザリーっとなる感じで、中に文字っぽい物が詰まってる目隠しが部分部分に入ってるみたいな奴なんだけど……も、収まってきたんでオレは声と手の主を観察してみる。
残念、美形でした。
でも、その見た目とか顔とかを台無しにする勢いで全身から「お人好し」「人懐っこい」オーラが滲みでてるんですけど。
顔に「俺は物凄いお人好しで世話焼きです」って文字がぺたっと貼ってあるって感じだ。
黙ってきりっとしてればかなりのイケメンなんだろうけど、そのお人好しオーラのせいでなんだか憎めない、愛嬌があるって感じになっちゃってる。オレとしては苦手意識刺激されなくて良いんだけどね。
妙に安心感を与える雰囲気のある人だなぁ。
感情が顔に出やすいのか、今も「心配だな。大丈夫かな。俺何かした方が良いんじゃないか?」ってことを考えてるのがものすごーく良く分かる顔でデュランの頭を撫で撫でしている。
……良く考えるとあの魔王様の頭を撫でるとか、相当命知らずだなこの人。
「いや、あと少しだから……大丈夫だ」
うーん、相変わらず『オレ』からデュランの声がするっていう状況に慣れられません。
そのオレ、てかデュランに心配そうな目を向けてたお人好しオーラの兄ちゃんは少し考えてからしょうがねぇなぁ、ってな感じで笑った。
「ま、俺達三人の研究の成果が出るまであとちょっとだもんなぁ」
よしよし、とデュランを撫でまわすお兄さん。
ついでにその表情が副音声で「よしよし、お前は頑張りやさんだもんな。一生懸命すぎて無茶しちゃうんだよな。そういうしょうーもないところも含めて俺はお前のことが大好きだぞ。一緒に頑張ろうな」と語っているし。
なんつー面倒見の良い……てか良すぎだろ。ほっとけよ。デュランだって子供じゃないんだし。そうやって甘やかすからあんな我がまま五歳児が出来上がるんだぞ。
しかも何故にまだ撫でまわしているのか……あ、もうちょっと右、あ、そこそこ。そこです。絶妙な力加減ですね素晴らしい。次は左を撫でてくださいお願いします。
……はっ! いかんいかん。
撫でまわされてうっとりする犬の気持が分かってしまった。
恐るべしこの兄さん。
影のテクニシャンと呼んであげよう。
「どうした」
あれ、誰か来たみたいだ。
オレはここでようやく何の状況も殆どまだ確認してないことを思い出した。
えーと……まずここはどこだ? あ、あそこに隠しウッサーが居るってことはさっきの部屋に戻ってきてるのか。
しかしさっきまでよりもずいぶんと明るい。
てか、何か世界中が紗がかかってるみたいに光ってる。ぶっちゃけものすごーく見づらい。
え? 美形がキラキラしてるのってもしかして世界が輝いて見えてるから自分もーとか、そういう理由ですか?
しかも何か画像がくっきりすぎて目が痛いんですけど……それぞれの輪郭がいろんな色に光ってて、しかもパーツごとに色分けされてるから、眩しいのなんのって。
非常に細かく細かく書き込んだ図を強制的に頭の中に叩き込まれてるみたいな感じで、画像酔いしそうだ。おまけに、相変わらず謎の模様入りの砂嵐は酷いし。
しかも本当にさっきから何か分からんけど煩い。
匂いも何か色々してて、悪い匂いじゃないんだけど良い香りも強すぎるとただの拷問と言うか。
……あぁ、そうか。
コレはオレの体じゃ多分無いから。
デュランには世界がこんな風に見えているんだ。
こんな極彩色の、音と匂いの洪水にもみくちゃにされてたらそりゃあ、多少性格だって悪くなるよな。
オレがデュランの内側で「うんうん」と非常に納得して頷いてると、現れた第三者がオレ……じゃなくて『デュラン』の顔を覗き込んだ。
お、今度はお姉さんだ。
しかも、多分この人ジパング人だよ。
黒い髪に黒い眼。薄いクリーム色系の肌に特徴的な切れ長の目とか。すげー、本物だー。
しかもなかなかの美人さんでいらっしゃいます。小柄だけど、お胸むっちり、腰はほっそり。ロングストレートで、前髪ぱっつん。
男の夢がここにある。
「また何かやったのか」
「見えてるらしくってさ……ちょっとブルーになってるんだよな。少し落ち着くまで待って貰って良いか?」
デュランを相変わらず撫でながらちょっと困った風に言うお兄さん。
困ったなーとは思ってるんだろうけど、迷惑とかそういう感情は一切見えないんで変に気まずい思いもしなくて済む。
それにお姉さんは「了解した」と凛々しく頷いた。物凄いタイプなんですけど、惚れて良いですか?
「今まで休まず続けてきたのだからな。この辺りで一息入れることも必要だろう」
「すまない……」
「何、謝罪は不要だ。我ら三名の研究に対するお前の貢献の価値を思えば、一時の休息など安すぎるくらいだ」
お姉さん! そんな風に言われたら惚れてまうやろー!
お姉さんの言葉にお兄さんもどこか感慨深げに溜息を吐く。
「ま、世界への反逆の第一歩だからなー……」
はい? 何か今どっかの魔王様が乗り移ったような言葉が聞こえたんですが。
そう言えば今更だけど、ファリドさんは何処に行ったんだろう?
そして、この人達どっからこの部屋に入って来たんだろう。
確か、ここって特別な人しか入れないんじゃなかったっけか……何か、変だぞ。
オレは目を凝らして、お姉さんの持ってる紙を見てみる。
何が書いてあるんだかさっぱりだったけど、最後の三行はかろうじて分かった。
ザイオン
シキ
デュラン
さっき「我ら三名の」って言ってたってことは、多分あれがこの人達の名前なんだろう。
てことはこっちのお人好しのお兄さんがザイオンさんで、小柄でむっちりボインなお姉さんがシキさんか。
しかしどっちの名前も今の中央十騎士には居なかった気がするけど。
オレがそんなことをぐだぐだと考えてると、いつの間にかお兄さんにハグされてよしよしされてたデュランが小さく溜息を吐いた。
「本当に」
「ん?」
「本当に、どうにか出来るのだろうか」
珍しくデュランの声は弱々しかった。
……てか、こいつが弱音を吐くなんてことあったのか。いつも不敵に笑ってるイメージしかないんだけど。
障害? それ美味しいの? と言わんばかりに全部力技でねじ伏せるかと思ってたのに。
「不安か?」
「少し」
「どうした」
「これは……本当に始めて良いことなのだろうか」
デュランの声が弱い。
「他者の存在に手を加えるなど……世界がやっていることと同じではないのか?」
「んー、まぁそうかもな。でもさ、本人も納得してるんだし良いじゃねぇか。俺たちは他者、じゃないだろ?」
「……」
「何だー? まだ他に悩み事でもあるのか? ん? おにーさんに言ってみろ?」
ぐりぐりとデュランの髪をかき混ぜながらお兄さんがにかっとひまわりみたいな笑顔を浮かべる。
お兄さん、そんな優しい声で訊かれたら白状してまうやろー。
……惚れるのはちょっと無理かな。
「……これも計画の一環ではないかと、そんな気がして」
うむ、シリアスに耐えきれずにギャグに逃げようとしたのに、デュランの声が深刻すぎて失敗した。
でも体を乗っ取ってる、てか乗り移ってるせいかオレにもデュランの気持ちがほんの少しだけ分かってしまった。
心臓の辺りからゆっくりと凍りついてゆくような不安。
喉が焼けるような悲嘆。
出ようともがく端から指を一本ずつ引きちぎられて、身動きできなくなっていくような絶望の気持ち。
「今これからしようとしていることも、既に台本に描かれているのではないか。こうして、抗うことさえ本当に自分達の意志なのか、それともそのように設定されているだけなのか……どうすれば」
「だーいじょうぶだって」
オレもデュランの気持ちに引っ張られて一緒にぐるぐるしてたら、お兄さんがむに、とデュランのほっぺたを手で摘まんで笑った。
「あちらさんの手の内で踊らされてるんでも良いんだよ」
「そうだ」
そうやってにかっと笑ったお兄さんの後ろで、お姉さんもちょびっと笑む。
普段無表情な人が急に笑顔になったりすると、どきっとなるよね。
「これが駄目でもまた次、皆で対策を立てれば良い」
お兄さんよりは若干ぎこちなくデュランの頭を撫でて、お姉さんはちょっと恥じらうように笑む。
「私達は皆、お前の味方だ」
「……」
「落ちついたか?」
お兄さんの言葉にこっくりと頷くデュラン。
ああ、この動作前に見たことあるな。自分がやってるとかなり微妙だけど。
「じゃ、仕上げに行こうぜ。世界初の試みとかワクワクするよなー」
「我々の仕事の大半は世界初だと思うが」
「あ、夢の無いこと言うなよ。良いじゃんか、世界初。何か格好良くないか?」
「その意見には同意しかねる」
「どうせなら俺がなってみたかったんだよな。この低干渉者」
「お前がなったらここを守る者が居なくなるからな……」
「あ、やっと笑ったな。よーしよし、良い子だー」
「……子供扱いは止めて貰いたいのだが」
「もう少ししっかりしたらな」
お兄さん良いこと言った! そうだそうだー! もっとしっかりしやがれこの五歳児めー!
デュランはちょっと不満そうだった。『中』に居るので分かるんだけどね。
「あー、そう言えば名前どうしようか?」
「許容量改変、で良いのでは?」
「お前相変わらず致命的に命名センスが無いな……まんまじゃないか。何かもうちょっとこう、格好良いのにしようぜ。ゴーカイ○ャーレッドとかさ」
「お前のネーミングもどうかと思う。私はそのような名前で呼ばれることを拒否する」
「ヒーローっぽくないか?」
「この場合はヒロインなのではないだろうか」
「どちらも御免こうむる」
迷惑そうなお姉さん。
「それにもう名は決めてある」
「そうなのか? どんな奴だ?」
聞いたお兄さんに、お姉さんはちょっと得意そうな顔をして、大事な秘密を打ち明けるみたいな声で言う。
「後続の者達への祝福と、世界への反逆を込めて。謙虚にさせるもの、だ」
ムディル。魔力欠損者。
ああ、そっか。
これは一番最初の。
【作者後記】
魔王にも弱かった頃があります。
むしろ、弱くて、悩んで、迷っていたからこそ、今でも心の奥にそう言ったものを抱えているからこそ、魔王は強いのだと思います。
……甘い、とも言いますけどね(ぁ)
どうも、今晩は尋でございます。
初めての方はようこそ。
あ、毎回こんな長文では無いのでご安心を。
そうでない方はいらっしゃいませ。
三つに分けた理由が良く分かるなーとか、生温い目で見て頂ければ幸いです。
ちなみに今回の過去の人たちが気になる人は雑談の「懐かしき日々」をご参照ください。(あ、宣伝……)
ずらずらっと長い話が続いた後は少し甘めのもので休息を。
また次回よろしければお立ち寄りくださいませ。
作者拝