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設計図案とオレ

お久しゅうございます。

 ハタ迷惑な置き土産を置いてった魔王様はもしかしたらオレの、願いを知ってるんだろうか。

 そんな邪推だってしたくなるよ、こんなもん置いていきやがって。


「こんにゃろう」


 机に八つ当たりで蹴飛ばすふりしたら、目測を誤ったオレの足の小指に丁度良い感じに机の角がクリーンヒットしやがりました。


「いっ……」


 声も出せねぇ痛みに、暫く机のわきでごろごろしました。


 はい? 自業自得ですが何か?


「あっ、てぇー……爪割れてんじゃねぇだろうな……」


 防御力の低さじゃ、水にぬれたティッシュとタメ張れる自信あります。

 幸い、見たところオレの足の指は割れても折れてももげてもなかった。

 ……もげたら困るな。うん。


「あー、でも何か頭の血ぃ下がったかも」


 オレはブツブツ言いながら、頭を掻いて片手をスケッチブックに伸ばす。

 何と言うか、これが本当にスケッチブックなのかも良く分からん。

 あくまで「っぽい」物だ。

 デュラン曰く、この時計塔の設計者のメモらしい。

 嘘か本当か知らんけど、本当だってんならオレみたいな一般人が触るなんてとんでもない。鑑定不能のお宝だ。

 たとえ中身のメモが建築に一切関係ない、ゲーム攻略のメモでも、むかつく奴の悪口でも、だ。

 そうだよ。

 てかさぁ、よく考えてみたら内容が建築と関係してるかどうかなんて分からないじゃないか。

 デュランは「設計者のメモだ」つっただけで、設計のメモとは言ってないし。


「……それより、読めるのかオレ?」


 さっきデュランが言ってたじゃないか。

 当時はまだ文法も文字も決まって無くて、ごっちゃまぜのポテトサラダみたいになってたって。

 そんな状態でメモとか、オレ読めないじゃん。

 読めないじゃん!

 読めそうにないじゃん!


「なーんだ、迷って損した」


 つっても、読めないからって見ないのも何かデュランにしてやられたぽくって気に入らないな……。

 うん、折角だから読めなくても見ておこう。

 本当なら貴重品だしな。勿体ない。

 てことで、おーぷんざせーさみー。よいせっ。


「……」


 開いたスケッチブックは、少し黄色がかったザラザラしたあんまり上等じゃない紙の束に、クレパスみたいな太さの真っ黒い線が描いてあるだけのもんだった。

 正直、文字が読める読めないどころじゃなくて、どれが文字何だかもさっぱり分からない。

 線だってぶっとくって、設計図っぽい緻密さとかは無い、感じがする。

 なのに、何でだか分からないのに解ってしまった。

 デュランの言ったことは本当だった。

 これ、ここの設計者の「メモ」だ。しかも、本当にこの世界樹ユルグシラドルの設計図だ。

 妙にファンシーな落書き(花とか、星とか、ハートとか)の間に埋め込まれるように線が走っている。

 全然細かくもねぇし、複雑でもねぇけど、ここを描いた図だって分かる。

 すごい。

 さっぱり読めないけど、でもすごいのが理屈を超えて分かる。


「やっべぇ……何だこれ」


 設計図とかいうレベルじゃねぇよ。

 オレは待ち切れずに次のページをめくる。

 ここも最初の一枚目と同じように落書きだとか、意味不明の記号の羅列みたいなのとか、謎の矢印が散ってるけど、何が描いてあるのかは解る。


「これ、この部屋だ」


 オレは顔を上げて天井を見上げる。

 うん、間違いない。この線が天井のところの構造線だ。

 上から見た図、横からの、こっちは多分下の配線とか配管も含めての概要が描いてある奴だ。

 クレパスみたいな太い線でざっくり描いてあるのにそう判るのは、線に無駄がないからだ。

 どんな人が、これを描いたんだろう。

 デュランはどうも知っているっぽいことを匂わせてたけど、それ以上のことは言って無かったし。

 でも、どんなことを考えていたのかはこのメモから伝わってくる。

 オレはスケッチブックを抱えて、もう一度この部屋をぐるっと歩き回ってみる。

 用途に合わせた壁や床の素材の反射率や吸音、衝撃吸収。

 疲れた時に丁度良い位置にあるように設置された椅子。

 横になったままでも他の設備の状況が確認できる位置に設置されたベッド。

 椅子の形からテーブルの高さ、ひじ掛けの位置まで、この部屋の主人だっていう研究中毒ワーカーホリックの人の為に設計されてる。

 構造設計だけじゃなくて意匠設計から設備設計まで多分一人でカバーしてたんだ。

 オレはテーブルの木目の中に紛れ込んでた隠しウッサーを指先でなぞってみる。


「そっか。これもその人の為だったんだな」


 仕事に熱中して、自分の体さえ忘れるダメ人間……じゃなかった、極度の集中型人間のその人に合わせた工夫だったんだろう。

 何かの拍子に、隠しウッサーに気付いて、仕事の手を止めるように。

 

 暮らしに合わせて。


 その人の癖に合わせて。


 自分の趣味を混ぜて。工夫を凝らして。発想を張り巡らせて。何より、自分自身が楽しんで。


 それで、一つの空間を作っている。 


「……すごいや」


 紙が拙いのか、画材が拙いのか、ところどころ掠れちゃって読めなくなってるメモにそっと触れてみる。

 オレがやりたかったことの、そのさらに先を見せられた気分だ。

 プールの端っこで、水に足を着ける勇気すらないオレの目の前で悠々と泳ぐクジラみたいな。

 何て大らかで、何てのびやかで、何て自由で、そして綺麗なんだろう。


「はっ……」


 強がって吐き出した息が震えた。

 本当に、今一人で良かった。


「……ホント、お前って悪魔ディアヴォロス的だよな、デュラン」


 憧れる先は広くて大きくて、遠くて。

 想像だけでしかなかったそれを、はっきりとした形で、イメージを超える姿で見せつけられて。


「畜生……」


 諦めようとしていたのに。

 出来ないって分かってるのに。

 確かに、こんなグラグラした状態で見たら後悔するだけだ。今、オレはめいっぱい悔いに満たされている。


 どうして、オレには出来ないんだろう。

 

「――ん」

「……」

「あ―――バさん」

「……」

「――カバさん」


 あれ?

 もしかして誰か呼んでます? てか、この声って。


「ナカバ、さん」

「あれ……双神子様?」


 か細い声に振り返ったら、入口のアーチの所に指をかけて、顔だけひょっこり出してる双神子様と目が合いました。

 ……あんた、こんなとこで何やってんですか。

 ほら、隣でファリドじいちゃんが口パクパクさせちゃってるじゃねぇか。

 そのファリドじいちゃんに「内緒にして下さいね」と儚げな笑みで唇に指を当てて内緒のポーズをとってから、オレの方にあの真っ黒な目を向ける。

 ここからじゃ良く分からんけど、相変わらず顔色が悪いっぽい気がする。

 キラキラの、蜘蛛の糸みたいに細い銀色の髪が隠れきれなくてはみ出して、ふわふわ揺れてる。


「えぇっと……あの、寝て無くて良いんですか?」

「貴方に、お話ししたいことがあるのです」


 オレの問いかけは無視ですか。

 魔界のトップと言い、一番上に立つやつは他人の話を聞かないっつー法則でもあるんですかね。

 てか、デュランが居ないと態度違くね?

 オレのそんなささやかな欲求不満は、次の双神子様の言葉を聞くまでしか続かなかった。


「ナカバさん」


 ほっそりした指で入口の壁を掴んで、双神子様は必死な様子で口を開く。


「どうか、お義姉様を助けてください」

「無理です」


 うっかり即答しちゃったよ。


 

【作者後記】

昔話なり、神話に良く出て来るモチーフに禁忌とその破戒というのがあります。

振り返ってはいけないと言われて振り返ったオルフェウス。

開けてはならない玉手箱を開いた浦島太郎。

見ては行けないと言われて見てしまった鶴の恩返しの男。

食べてはいけない知恵の実を口にしたアダムとイブ。

数え上げればきりがない訳ですが、禁忌に触れる誘惑というのはどこでも共通のようですな。

しかし、その行為は一つの変革でもある訳ですから、必ずしも「禁忌を破ること=悪」とは言いきれないんじゃないかと最近思ってます。


何てグダグダと言ってみましたがどうも今晩は、尋でございます。

初めての方はようこそ。お気に召したならば幸いです。

前回何で更新無かったの? という常連様……す、すみませんっorz


まだ若干頭がぐらぐらしておりますが、一応見直してるので大体大丈夫だと思います。

拙作ではございますが、どうぞお納めくださいませ。

……返す時はのしは不要です。はい。


さて、別方面からアプローチが来ましたが、「助ける」の意味は何か。

何が目的なのか。

二度もデュランの忠告を破ってるナカバがどう行動するのか。

観光旅行三日目、昼。

宜しければお付き合い下さいませ。


作者拝


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