以目伝心とオレ
三秒ルール。
まぁ、その後骨抜きにされた双神子様ことクロ様が正気に戻って……てか、何? オレ、ホントに双神子様のことクロって呼んで良いのか?
デュランなら何やったって笑い話で済むけどオレは笑い話じゃすみませんよ?
うん、後が怖いので今まで通り双神子様と呼んでおこう。
とにかく、双神子様とデュランはその後しばらくやれ、永久時計がどうだとか、扉の調整がどうだとか、DDDの護衛の話だとか、城がどうだとか、結界がどうだとか、内通者がなんたらだとか。第三者のオレ置き去りな話を暫くして、それから双神子様にくれぐれも無茶すんなみたいな釘を刺して、やっと話を終わらせた。
その間オレは暇だったんで、無駄にでかい(足の長さとか、足の長さとか、足の長さとか背の高さとか!)デュランの陰に隠れてこっそり床で独り五目並べをしていた。
なかなか白熱した戦いになったと思う。うん。
俺の中で歴代ベストファイブに入る白熱だった。
あそこで一手間違えたら、オレはきっとオレに負けていただろう。うん。
ものすごーく集中してたので、デュランに肩をトントンされるまで気付きませんでした。
「そろそろ行くぞ」
「うぇ? あ、終わった?」
「あぁ……クロもあまり長いこと起きた状態では辛いだろうしな」
「双神子様体悪いの?」
「ハードワークが祟ってな」
へー。
まぁ、見た目確かに病弱そうだし、今見たら顔色悪くなってるしね。オレもさっさと退散したほうが良さそうだ。
「もう、お帰りになるのですか……」
立ち去りムードのデュランに双神子様が切なげに訊ねる。
あんな顔で見られて、罪悪感を刺激されない男はいないだろう。
「あぁ」
お前はもう男じゃねぇよ、デュラン。
「そう、ですか……」
見るからにがっかりムードの双神子様。
うぅ、何か申し訳ない。もうデュラン置いて帰りますとか言いたくなるなぁ。
でも、双神子様は立派だった。
オレを初対面扱いしてスルーしても、そこは流石時計台の管理者だけあって次に顔を上げた時はその表情は毅然としたものになっていた。
「分かりました……お義姉様もどうか、ご無理なさらないで下さいね……」
「お前もゆっくり休め。あまり悩み過ぎるな」
「……はい」
「行くぞ」
「あ、うん……」
良いのかなぁ……。
そんな思いを込めてデュランを見上げたら、小さく苦笑された。
「仕事が残っている」
「でもさ」
「それに、長く俺達と共に居るだけでもアレの体には毒だ。この淨室の中ではかろうじて安定状態を保っているとはいえ、今は俺達のような異物が混ざっている状態だからな……」
「うーん、つまりオレ達みたいな心が汚れちゃった人が長居すると具合が悪くなるってこと?」
「そうだ」
……や、今のはもうちょっと突っ込むか否定するかしようよ。
え? オレの心?
何を言ってるんだ。このツブラでジュンシンムクな目を見てみろ!
あ、怖いですか。すみませんね目つき悪くて。
「分かったら行くぞ」
「うん」
何と無く、オレを連れてく為にデュランに手を掴まれたことに罪悪感を覚える。
つい振り返ったら双神子様は、変わらない儚げな眼差しのまま、オレを見ていた。そして、「気にしないで下さい」みたいな感じでふわっと微笑む。
うう、何か……申し訳ない。
チクチク刺さって来るアールアーレフさんの視線(「何ウチの姫様差し置いて手ぇ繋いでんじゃコラァ」的な)にビクビクしながらそっと手を振ったら、双神子様も微笑んで小さく手を振り返してくれた。
うん……。
デュランも言ってたけど、きっと悪い人じゃあないんだよなぁ。
初対面の印象は最悪の部類だったけど、もうちょっとちゃんと会って、お話ししたかったかも。
そしたらもっと好きになれたんだろうか。
ちょっぴりセンチメンタルになってるオレを、無神経な魔王様はさっさか引き摺って部屋の外に連れ出しやがって下さいました。
少しは浸らせろよ。
「どうした」
さっきの紋章の描いてある床の上に入りながらブツブツ言ってたら、デュランが不思議そうに首を捻った。
「別に」
オレとデュラン、それからずっとドアの外で待機してたファリドさんが模様の上に乗っかると、シューンと音を立てて模様の部分が光る。
同時にふわっと髪の毛が静電気で逆立つような感覚。
後は来た時と同じように、すーっと光の柱の中を下に降りるだけだ。
どう言う仕組みか分からないけど、床を自分達がすーっと透過してくってのはなかなか不思議な感じだ。
時計塔はロストテクノロジーっていう有史以前の技術の宝庫だって話だから、多分これもそうなんだろう。
これが技術なのか、魔法なのかちょっと分からないけどね。
究極的に極めまくった技術ってのは魔法に似るらしいから、まぁどっちだっていいんだろう。
携帯の仕組み何か分からなくたって、使えりゃいいのですよ。
知らなくたってどうにかなることだって、いくらだってある。
目の前を垂直上方向に流れてく景色を見ながらオレはぼんやりと考える。
さっき、デュランがあの部屋のことをクリーンルームって言っていた。
普通に考えたら多分空気清浄機とかガンガン回して、ダニ、ホコリ、花粉とかを一切合財さっくりクリーンにしてる部屋ってことだよな?
そこに居ても、オレ達と話してるだけで具合悪くなるっていう筋金入りの箱入り娘な双神子様。
病弱のお手本みたいなその双神子様は、さっきどんな気持ちで外出してオレに会いに来たんだろう。
恋する乙女の一途さで?
それとも、もっと他の理由で?
【永久時計】やら、世界の天候やらの重責をほっぽり出して、体張ってまで出て来る理由って……何だ?
無い脳みそを絞ってうんうん唸って考えてたら、ぽんと大きな手がオレの頭の上に乗った。
しっしっ。
どさくさにまぎれて何さらしとんじゃキサマは。
てか、さっきからお前オレの頭に何か用でもあるわけ? 単純に高さ的に置き場として丁度良いとかだったら殴るぞ。
「着いたぞ」
「あ、ホントだ」
エレベーターみたいな内臓が上がってます、下がってますみたいな反動を感じないから気付かなかった。
いつの間にか最初の床に降りてたので、オレはぴょんと紋章の一番外側の輪を描く線を小さくジャンプして飛び越え、普通の床の上に着地する。
びしっとついでに万歳ポーズを決めたらファリドさんに生温い目で見られた。
……良いじゃん。様式美って奴ですよ。
ちなみにデュランは「一粒で三百か」とか謎の言葉を呟いていた。意味分からん。
「どうした、ぼうっとして……何処か具合でも悪いのか」
「うんにゃ、体調はわりと良好ですよ」
「……クロのことか」
オレの目を見て、デュランが呟く。だから読むなって。
「うん、ちょっとね。考え事」
「そうか……」
オレの言葉にデュランは少し目を伏せて、それから「それを、出来れば忘れないでやってくれ」と小さく呟いた。
うん、忘れない……って、何気に失礼だな。
幾らオレが忘れっぽくてもそんなに直ぐには忘れませんよ。しっけいな。
「で、こっからどうすんの? 外に出る?」
「いや、まだだ……仕事が残っている」
「さっきから言ってる仕事って、ここでやんなきゃだめなことなのか」
「あぁ」
「オレも行って良い?」
「無理だ」
無理、ときましたか。
「面白そうなのになぁ……」
「恐らく作業中に妨害が入る。お前が危険だ」
「いってらっさーい!」
危険地帯へはお前一人で逝って来て下さい。
大丈夫。
魔王はゴキブリよりしぶとい。
新聞紙で叩いたくらいじゃ死なないのは実証済みだし。
「呑みこみが早くて結構だ。では、その間お前はさっきの部屋で待っていてくれ」
「えー? またー?」
さっきの部屋って、あの隠しウッサーだらけのあの部屋ですか?
別にもう家探しするところ残ってないと思うんですけどー。
退屈なんですけどー。
退屈ー。
退屈ー。
たーいーくーつー。
と、いうのを渾身の力を振り絞って目で訴えてみた。
「……」
「……」
「……」
「……ふむ」
お、通じた?
何やら納得したように頷いたデュランにオレはちょっとワクワクする。
そのオレの方へデュランは手を伸ばし、
「これか」
ポンと、オレの手に飴玉を乗せた。
床にたたきつけておいた。
あ、勿論三秒以内に拾って、ありがたーく頂きましたよ。食べ物粗末にしちゃダメですから。
ちなみにラムネ味だった。
オレこれ好き。
「退屈か?」
って、実は通じてたんですか。侮れんな魔王め。
「んー、まぁ……正直」
「確かに今は此処の機能はほぼ停止しているからな……」
「機能停止?」
口の中でパチパチはじけるような飴を楽しんでたら、デュランがちょっと苦笑した。
「使い方を知る者も、使う者も居ないからな」
「デュランはしらねぇの?」
「……俺か?」
え? 何か変なこと聞いた?
「だって何でも知ってるじゃん」
「ふふ……そう見えるか?」
「何にやけてんだよ。誉めてねぇよ。で、使えるねぇの?」
「結論から言えば、無理ではないが限りなく無理に近い」
「つまり無理なのか」
役たたねー。
「まぁ、その辺は部屋に向かいながら説明しよう」
そう言って例のごとく、自分のペースでさっさか方向転換をするデュラン。
あぁ、またファリドさんが置いてかれてる……ここ数時間で急激に老けたファリドじいちゃんがちょっと心配です。
でもさぁ、どうせデュランだからって理由でこの傍若無人っぷりも許されるんだぜ?
オレがやったら「何アイツ、空気読めっていうか豆腐の角に頭ぶつけて死ね」とか言われるのに、デュランは「顔が良いから許す」とか「そう言うところもクール」とか言われて逆に高評価だったりするんだぜ、きっと。
クールじゃねぇよ。ただのボケボケのわがままっ子だろうが。
とりあえず人類を代表して後ろから飛び蹴りかましておきました。
例によって見もしないで回避されましたけどね!
「てか、何で部屋にオレが行くこと決定してんだよ」
避けたついでに流れるような動作で首根っこを捕獲され、もはや恒例になりつつあるぷらーんを体験しながらオレは半眼で奴に聞く。
てか、普通この姿勢って首しまるんじゃね?
オレの全体重がどっかに偏るはずだよね?
試しにじたじたと足を振って揺れてみたけど、いたって快適だった。
おっかしいなぁ……襟首掴んでぶら下げられてるだけのはずなんだけど……うん、アレだ。魔王マジック。
美形って何でも出来て素敵ですね。チッ、ふざけろ。
「行くだろう?」
何不思議そうな顔で当然のようにオレの意志を決定してるんですか!
……や、うん、行くけどね。うん。
「まぁ、問題ない」
「何がさ」
まったく意味の分からない言葉に突っ込みを入れたオレに、魔王陛下は蕩けるような笑みを浮かべた。
「楽しいからな」
そっか。ならいっか。
【作者後記】
えーと……まぁ、あれです。
日付一つ間違って予約していたとか、さっき気付いたとかそんな事情です。
今晩は、尋でございます。
初めての方もそうでない方もようこそお越し下さいました。
良く「なかなか進まなくてすみません」みたいな話を読もう!で見かけるのですが……うちは進まないどころじゃないですな。はい。
ま、寄り道好きの脱線話好きが二人で動いてるので、その辺は大目に見て下さるとありがたいです。
話の九割は寄り道で出来てます。
では、また次の話でお会いできることを願って。
作者拝




