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誘惑極意とオレ

Is this a pen ?

No, it isn't.

「さて、落ちついたところで紹介しておこう」


 まだちょっと夢の国に心を飛ばしてるオレを摘まみ上げ、腕の先にブラーンとつりさげたままデュランが話を進める。

 ……てか今更だけどお前本当にパワーダウンしてんのか?

 オレ、言っとくけどそんなに軽くないはずなんだけどな。

 片手で軽々と扱うとか、お前弱いなんて絶対嘘だろ。


「これは俺の連れだ」

「これ言うな!」

「この場合はあれ、とは言わんだろう。距離が近いからな」

「コソアドの話なんざしてねぇよ」

「これはメアリーです」

「メアリーでもねぇよ。誰だメアリー」

「彼女はメアリーですか?」

「いいえ、彼女はアールアーレフさんです」

「これはペンですか?」

「いいえ、違います。これは机です」

「成程、お前は机だったのか」

「んな訳あるかっ!」


 てか、ペンと見間違える机ってどんな机なんだろう。

 言語学の授業は謎がいっぱいだ。


「あの……」


 オレ達が楽しく授業ごっこしてるのについてけなかったのか、控え目に、ずごーく申し訳なさそうに双神子様が言葉を挟んできた。

 あ、ちょっとだけ忘れてましたすみません。


「あぁ、すまんな」


 ちっとも反省してない感じで笑って、デュランがオレをひょいと床に下ろす。


「ともかく、連れだ」

「あ、あはは……えーと、どうも」


 さっきぶりです。

 ひきつった笑顔で挨拶したオレに、双神子様は何とも優雅な感じで微笑みを浮かべて「初めまして」と優しい声で御挨拶下さいました。


「あ、はい初め……」


 ……あれ?

 いやいや、初めましてってついさっきお会いしましたよね?

 もう忘れられたんでしょうか。

 まぁオレみたいなパンピーは記憶にとどめる価値もないんでしょうけど……でも、デュランがそんな相手のことを気立てが良いだとか、悪い奴ではないとか言うかねぇ。

 デュランの感覚もちっとばかり変だから、微妙に信用ならない評価ではあるんだけどね。

 でも、魔王なのに魔王だってことをかさにきてかかるとか、そう言うのが大嫌いなデュランのことだ。一般人だからって即座に記憶からデリートするような相手を褒めるか?


 ……。

 あれ、てことはもしかしてオレ、分かってて無かったことにされてます? 

 それはそれでへこむんですけど。


「えーと」


 にこにこしてる双神子様の顔をオレは見る。


 にこにこ。


「えーと」


 にこにこ。


「その、オレさっき」


 にこにこ。


「……初めまして」


 はい、空気は読みますよ。


「で、あれが双神子の一人。お前達の通称では黒の君や黒の姫と呼ばれているのだったか……」

「あ、うん。聞いたことある」

「まぁ、つまりクロだ」


 今何か「つまり」の後が可笑しくなかったか?

 え? まさかと思うけど、その「クロ」ってのが名前じゃないよね?


「BBだから、クロだ」

「意味わかんねぇよ!」


 ……あ。

 思わず某夏の人バリの突っ込みをしてからオレは冷や汗を流して固まる。

 うん、今アールアーレフさんからむっちゃ睨まれてます。

 いや、本当にさっきからすみません。無礼者ぞろいで。


「おしなさい、アールアーレフ。お客様に失礼でしょう……」

「しかし姫……」

「良いのです。お義姉様はいつもああでいらっしゃるのですから……」


 うちのデュランが御迷惑をおかけしております。


「そちらが、お義姉ねえ様のお連れ様なのですね……」


 さっきの暴言をさらっと流して、相変わらず儚げなオーラを帯びたまま、上品に微笑む双神子様。

 その笑顔からは怒りも、黒さの欠片も見えません。

 恐るべし!


「あぁ」

「まぁ、一応そうです」

「ふふ、羨ましいですね……」


 羨ましいなら代わって差し上げます。

 デュランに首根っこ掴まれて振り回されたり、勝手な方向に行かれて振り回されたり、ついでに珈琲をおしつけられたり、笑顔で脅されてトラウマ植えつけられたりしますが、それでも良ければどうぞ。

 と、言おうかと思ってオレは双神子様の顔を見て……口を引き結ぶ。


 あ、そういうことですか。

 ふーん。

 はいはい、そーですか。そういうことですか。

 なるほどねー。


 オレはちらっとデュランの顔を見上げてみる。

 うん、こいつは予想通り完全スルーというか、全く気付いてないな。

 爆死しろイケメン。


 でも今、色々と納得しましたよ。

 何でさっき庭で双神子様と事前面接受けさせられたのか、とか。

 つまり、大事なデュラン「お義姉様」が余所の女を連れ回してるから気になって様子見に来てたんですね。

 双神子様も意外と人間っぽいところあるんだなぁ。

 青白いほっぺたをほんのりピンクにして、潤んだ黒い目でデュランを見てる双神子様にオレは思わずニマニマする。

 良いねぇ。良いねぇ。

 若いねぇ。

 これぞ青春だねぇ。

 正直、オレ的にはデュランはお薦めしませんけど、その辺は個人の自由ですし。

 まぁ見た目だけは無駄に良いから、そう言うのが平気な人には見てるだけで価値があるかもしれないし。

 オレはイケメン何か滅べば良いと思ってますけどね。


「滞在は楽しんでいただけてますか、お義姉様」

「お前のお陰でな……しかし、天候ぐらい普段通りにしていて良かったのだぞ」

「……余計、でしたでしょうか」


 オレと違って空気が読めない魔王様の言葉に、双神子様がしゅーんとうなだれる。

 やっべぇ、ちょー可愛い。

 思わず抱きしめたくなる可憐さですよ!

 だってしゅーん、ですよ! 銀髪できらきらで儚げな双神子様のしゅーん、ですよ!

 やべぇ、あれ絶対何かウサ耳とかの耳生えてるよ、的なしゅーんですよ!

 もうこれは地面のたうちまわるくらいの萌えレベルですよ!

 これで平然としてデュランは人間失格だと思う。


 ……あ、魔族だったっけか。


「必要ではない」


 ……さらに鬼だった。


 なんだよ。美女……いや、女じゃないけどの好意なんだぞ。

 んな風にクールぶってないで小躍りして、三回まわって「嬉しいでございますですワンワン」って言ってありがたく受け取りやがれ、この美形!

 あ、俺の場合男への「美形」はけなし言葉です。あしからず。


「そんなことより」


 しかも「そんなことより」とか目の前で言いやがったぞこの魔王様。

 こう言う時は……皆さん、さん、はい。

 死ねばいいのに。


「お前の体調の方が心配だ」


 ……あれ?

 え?

 何今の?


 さらっと真顔で、しかしとびっきり甘いアルトの声で何か言いやがったデュランをオレはポカーンと見上げる。


 こう、一端落して冷たくしておいて、それから急に真顔で優しくするとか。

 なにこれ。

 なんだこれ。

 なんだこれずるい!


「もし、私のせいでお前に何かあったら……とても、後悔で補えるものではない」


 あわあわしてるオレの横で更に何か言いやがってる魔王様。


「私の為に無茶をしないでくれ」


 そして「良いな?」と笑顔でとどめを刺しやがりました。

 あーあー……。

 見ろよ、あの双神子様の顔。もう目とか潤んじゃって、ぽーっとしてますよ。

 脇に居たアールアーレフさんまでデュランの笑顔の余波喰らって、腰砕けて座り込んでおります。

 美女(片っぽちがうけど)二人して、顔を上気させてとろーんとなっている様子は非常に眼福でしたが、原因がこの魔王とかだとちょっと笑えません。


 てか、考えなしに手当たり次第誘惑しやがって。

 お前何がしたいんだ。

 誘惑の極意でもオレに伝授したいんですか?


「ほんと……最低な男だな、死ねばいいのに」

「ん?」

「死ねっ、女の敵」


 流石に向こうの二人に聞こえたら拙いので、小声で人類代表として罵っておきました。


 オレは騙されませんから。

 こいつ、口ではこんなこと言っときながら、実際は大して何も考えてないですから。

 本当に、ただ思ったままを考えなしに口にしてるだけですから

 だから、こいつの口車にのって妙な期待とかしちゃいけない。

 だって所詮、中身は五歳児ですから。

 見た目しか取り柄ありませんから。

 オレはこいつの見た目好きじゃないですけど……。


 そんな思いを込めてじろっと睨んだら、何故かデュランは笑ってオレの頭を撫でた。

 だから、縮むからやめろっつーの。


 


【作者後記】

英語の授業と言えばトミーとジョン、ナンシー、そしてメアリーでした。

ちなみに尋は英語が大の苦手です。暗記できませんよ、あんな大量の単語……。


さて、皆様今晩は。

初めましての方もそうでない方もようこそいらっしゃいました。

クロ様(なんか某猫のようだ)の紹介が何とか出来ました。

ナカバが見抜いている通り、クロ様はデュランを慕ってます。

さて、顔合わせもすみましたので次の段階に進みましょうか。

決断の時間に向かって徐々に進んでいきますので、どうか気長くお付き合い下さいませ。


作者拝



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