北限結界とオレ
ヒマ潰し読了済みの方の為の話です
読み飛ばしても本筋には関係しません
(後書きに少し付け加えました)
傍若無人という小麦粉に気分屋、好奇心、マイペースなどを足してチート能力という水で捏ねあげるとデュランと言う名前のパンになる。
そんな愛にも勇気にも友達拒否られたデュランにも、実は友人(ただしデュランが勝手に認定)がいる。
長さんの事だ。
ま、つっても色々事情があって普段はなんつーか……第三者のオレが見てても「ぎゃーす! じれってー!!」みたいな、何かお互い遠慮してるみたいな関係なんだけど。
オレがそもそも魔界に呼び出されたのもその気まずい状態をどうにかしようとしてっつー、しょーもない理由だったあたり、まぁ詳しく知らん人でも彼らの関係性について想像がつくだろう。
お前ら……良い歳してもうちょっと自分達でどうにかしろよってな話だ。
でもまぁ、長さんはすっご良い人だったし、それはそれでまぁ過去の話なんだけど。
それより、あの時あの言葉を聞いてからずっと気になっていた事があって――
「ただいまー……って、あれ? リムりんとヴィーたんは?」
「帰ったぞ」
テーブルに独り残っていた余計なのが軽く手を挙げてそんな事をほざきやがった。
「……」
「絞めるな、苦しい」
「このまま落とせるものなら落したい……」
オレの和みを返せこの野郎。オレの癒し成分が!
「ところでナカバ」
「何だよ」
「食べるか?」
あ、ポンデは食います。いっただきまーす。
うむ、良い感じに外の糖衣がシャリシャリ、中はしっとりもちもちでありますなぁ。
「お前は簡単な奴だな」
「うるさい、アンタだって似たようなもんじゃんかよ」
お代わりし放題コーヒーに釣られた癖に。
「ナカバ、黒糖味もあるぞ」
「いただきます」
ま、食べ物前にしてカリカリしても仕方ない。
ここは落ち着いて、ゆったりまったりともっちりを堪能する場面だろう。
「で、リムりん達何か言ってた?」
「旅行の準備があるから先に帰る。ごめんね。それと……」
「それと?」
「お前に万一何かあったらタダではおかない、と俺に釘を刺していったな」
クスクスと笑うデュラン。
「良い子たち何だけどねぇ……」
ちょっと心配しすぎやしないだろうか。
「そうか?」
「そうだよ。オレもう十四ですよ?」
「まぁ、一応お前は人間としては年頃の女性と言う訳だ。その割には大事なものが少々足りんが」
「……」
「頭を押さえつけても俺は縮まんぞ……そしてせめて手を拭いてからやってくれ」
うっさい。砂糖まみれになるが良い。ベタベタになれ。ついでに縮め。
「別段身長の事を指したつもりでは無かったのだがな」
「じゃあ何だよ」
「落ちつきと思慮と分別と品性だな」
デュランは微笑む。オレも微笑みを返し――
「そんな事を言うのはこの口かああぁぁ」
「なひゃは、はひたなひほ(ナカバ、はしたないぞ)」
ぐいぐいぐいーと三回程横に引っ張ってやって気が済んだのでオレは席に戻る。
まったく、落ちついてポンデも食えん。
デュランを見ると知らん顔をして口の周りをハンカチで拭いて、コーヒーを飲んでいた。まるで貴族の優雅なアフタヌーンティって感じ。
これで魔王だって言われても、やっぱイメージ違うよな。
イメージ。
「あ、そうだ。質問」
「何だ?」
「デュランってさ、この前異世界にオレを誘拐しやがった時にデュランの世界は三つの世界で出来てるつってたよね」
オレの言葉にデュランが紫色の目を向ける。
「そうだな」
「確か……魔族が統べる魔界、人間が統べる物質界、それから天使が統べる天界、だっけ」
「良く覚えていたな」
「ま、魔界以外聞き覚えなかったしね。で、さ」
もちっ、とドーナツを齧ってオレはデュランの紫色の目を見る。
「その【物質界】って……ここ?」
「そうだな」
「じゃあ、デュランの魔界は……オレの知ってる魔界と同じものか」
「同じとは?」
「オレ達の……人間の言うところの『魔界』」
オレの言葉にデュランはクス、と小さく笑った。
「……その通りだ」
うーん。やっぱりそうなのか。
オレ達はわざわざ自分達の世界を「物質界」なんて呼ばないからあの時は流してたけど。
あっち側から帰って来てから色々考えてみた結果オレが出した結論がそれだった。
つまり、あの魔界はオレ達の知ってる魔界とイコールで、魔界へ侵略していった人間がオレ達だって事。
デュラン達、お隣さんだったのか。
ま、でもオレが今まで習った知識によれば魔族ってのは世界の全てに憎悪を抱き、破壊大好き、口を開けば「ですとろーい!」しか言わないバケモノで、知性は勿論ゼロ。コミュニケーション? それ美味しいの? みたいな奴だって話だったし。
ドラマとか映画に出て来る魔界ってのは地面が黒でマグマがあちこちから噴き出して、紫の謎ガスが漂ってて、空は黄色と緑のぐちゃぐちゃ模様。まー、あそこにいたらそりゃあぐれて世界征服したくもなるわな、性格悪くもなるわな、みたいなイメージ映像だった。
魔族は絶対悪。邪悪さしかない。魔王は若い女誘拐しては謎の儀式の生贄にしてる。
これ常識。
――なんて思ってたからさ。
まさかあんな緑あふれる森林浴地帯と蒼い空、手入れされた庭園には花が咲いてて、そこでコーヒー命な魔王がだだっ子ぶり発揮してるのを見て「あー、これお隣さんか」とか思わんて。
ま、一応若い女を誘拐はしてくれやがりましたけど。
学校教育もマスコミも当てにならねぇな……。
「別に間違ってはいないと思うぞ」
「あんたがそれ言う?」
「俺だからそう言えるのかもな」
オレの感想を聞いてデュランはひとしきり笑った後、腕を組んでそう言った。
「普通は【蝕】……お前達からすれば魔界からの侵略か。それが起こらん限り接点はまず無い。そして接触した時はお互いに敵同士だ。冷静に観察できるものなどごくわずかだろうよ」
俺が例外と言うだけだ。
デュランは淡々と言う。
「しかし……意外だな」
「ん?」
「何処で気づいた」
どこ? あー、はいはい。そう言う意味か。
「長さんトコだな」
「あれの?」
「ほら……何か白黒の変なの通ったら雪国でさ。あの時」
『ここ、北の大門……?』
『そうだ。ノーストリア北端、レト山脈の更に向こう側。狂戦士達の守護する土地だ』
「オレが思わず連想した『北の大門』って言葉をアンタが肯定した」
「あぁ、そう言えばそうだったな」
そ、デュランに説明される前にオレが考えた物をデュランが正解として肯定した。
これが根拠の一つ目。
「あとはご飯が普通だった」
「普通?」
「うん、普通。でも、あの場合普通な方が妙なんだよな」
普通の食材。
ナスのお新香。岩海苔、ネギ、それからキンメとかお揚げとか里芋とかカボチャとか……馴染みのある食材ばっかり。
でも考えてみればそれは自然だったから不自然だった。
だって、異世界なのに食材が全部知ってる物、普通の物ばっかって可笑しくないか?
実際デュランのトコに居た時に出てきた食材は「似てるけど何か違う」もんばっかだった。
水色にピンクの水玉模様のサラダ菜もどきとか、一口サイズの皮つきで食えるキウイ、蛍光黄緑のチーズ、白身が赤い卵。
セシェン君が気ぃつかってなるべくオレの普段の食事に近いもん集めてくれてたけどそんなんばっか。
でもそれが本来は自然なんだ。
デュランの言葉を借りるなら、世界が違う、風土が違う、水が違えば出来るものは別なも物。
逆説。
世界が同じなら、食材が一緒でも別にそれが自然。
なら、長さんの居た場所は……オレ達の世界だったんだ。
ノーストリア北端。
魔界への門を守る、人柱の一族。
「まー、偶然とかパラレルワールドってな事も考えたんだけどさ。帰って来てから色々考えてみた結果、物質界ってのがオレの住んでる世界だってのが一番無理のない説明だな、と」
「やれやれ……お前は相変わらず勘が良い」
少々想定外だな、とかぼやいてるデュラン。
ふん、人間を甘く見んなってんだ。
でも。
「ま、長さん本当にもう会えないんだなー……」
違う世界だから会えないんじゃなくて、同じ世界だから。
同じ場所に居るから、あの優しくって、穏やかで、ちょっとじじくさくって、オレのじいちゃんみたいなごつごつした大きなての長さんにはもう、会う事が出来ない。
それは、ちょっと寂しくて、少しだけ悲しくて、とても……せつない事だ。
何も知らんかったオレがご飯にはしゃいでるのを、長さんはどんな気分で見てたんだろう。
「……」
デュランがぽんぽんとオレの頭を触れるか触れないかの強さで撫でる。
「すまんな」
「別に。アンタが謝ることじゃねぇし」
良いんだ。オレはちょっとは嬉しかったんだからさ。
長さんは……長さんも、少しは嬉しかったんだろうか。
ずっとあそこに居なきゃいけない長さんは。
【作者後記】
伏線もう一つ回収です。
前作読んでない人にはなんのこっちゃでしょうが、まぁ観光旅行の大筋には影響しないので大丈夫……な、はず。
以前、改訂前にこんなクイズを、前作「ヒマ潰し」をご覧の方向けに出していたのですが、ここで一応正解発表です。
1.ナカバは実は「女(女性、女の子)」である。
2.この世界は実は「物質界」である。
ナカバが魔法の属性をスラスラ当てて見せてたり、上で彼女が言うように食材が一致していたり、事前知識があったりしているのがヒントでした。
私達の世界から魔界へ呼ばれた、とみせてナカバも言ってみれば「異世界の存在」だったんですよー……と。
……石投げられそうな気がひしひしとします。
少しは意外感を持っていただけたならばありがたい事です。
次に続きます。