自問自答とオレ
ハッと気がつくと迷子だった。
い、いや違う。迷子じゃないんだ。ただちょっと現在地がどこか分からないだけでしてもごもご。
えーっと、で、どこだここ。
ああ、きっと時計塔の内側ですね。うん。
ほら、ちゃんと場所分かってる。オレえらい。
「……で」
オレはもう一度辺りを見回す。
「出口はどっちでしょうか」
うん、分からんね。
「おーあーるぜっとー」
口で言いながらペチーンと倒れてみたり。
はいすみません迷子です認めます。
景気良く迷いましたともさ!
マジでどこだここ!
いや、時計塔の中でしょうけどね。
思いっきり立ち入り禁止区域でしょうけどね!
何でここに入った何分か前の自分。ちょっと説教してやるから出てこい。そして思いとどまれ。
「……って、まぁ無理ですが」
振り上げてみた拳を下ろして、オレはとりあえず立ち上がって周囲を見回す。
外から見たら黒い塔ぽいものだった(ような気がする)のに、今見ている壁は無色透明だ。
庭園の景色が透けて見えている。
うーん、取調室の鏡みたいなもんなのかね?
見た感じまっ平らなのに、触ってみると木の板を撫でてるみたいな微妙なでこぼこ感があって、でも紙やすりみたいなザラザラじゃなくってちょっと気持ち良い。思ったより硬くないし、仄かな温かみがある。
耳をくっつけると、ごぅんごぅんと心臓の音みたいな、機械の駆動音がオレの骨に響いて聞こえた。
それに混ざって風がざわざわと枝を揺らしてる時みたいな、波の音みたいな音。
それから、サラサラ流れる砂時計の音。
……うーん、透明っぽいけど実は中には色々コードとかダクトが通ってるのかな?
とりあえずその壁の中の音を聞いてたら少し頭が冷静になってきた。
「や、まぁつまりパニくってたんですな。オレってば」
ぽつりと呟いた俺の声が周囲の壁にこだまする。
「ばっかみてぇ」
その原因が特に馬鹿だ。
オレは溜息をついて、リュックからタオルと袋を引っ張り出して、簡易クッションを作ってその上に座りこむ。
いや、ちょー疲れた。
何かむやみやたらに走ってここまで来ちゃったからさ。
喉乾いたなぁ……。
腹に抱えたリュックからペットボトルを取り出して、オレは一口それを飲む。
温くなってるけど旨い。
あ、中身はスポーツ飲料ですよ。ごく普通の。
お茶とかよりこっちの方がオレには向いてるから。
青いラベルをぼけーっと眺めながら、オレはちょっと頭を整理し直すことにする。
「まぁつまり、弱点を突かれたってことなんだよな」
弱点。
それは割り切ってるようで割切れてない、マナレスっていうオレの属性のこと。
それと不確定要素のこと。
『治して貰えるのですから』
そんな話は一切ありませんでしたが何か?
治せるようなもんじゃないとは言われましたけどどうかしましたか?
どちらが正しいのか。
両方とも嘘なのか。
両方とも正しいのか。
嘘なら、どうしてそんな嘘を言ったのか。
マトモに考えりゃどっちが信じられるかなんて決まってる。
双神子様だ。
だって、世界のナベア……じゃなかった、世界の双神子様だぜ。
時計塔の祈り姫。平和の担い手。常に魔族との戦闘において人類の精神的支柱として存在し続けてきた神秘の神子。
その双神子様がパンピーのオレに嘘をつく理由は無いし、あの人は一応「人間の守護者」だ。
人間の味方。の、はずだ。
一方某珈琲好きのキラキラ無駄美貌の誰かさん。
紹介からして胡散臭い。
おまけに魔族でしかも魔王。生きしと生ける存在すべての敵。自称世界の敵。
性格は気紛れ、ガキっぽい、天上天下唯我独尊、マイペースの斜め三十二度上をゆくマイペース。
顔は放送禁止レベル、見た目は美形すぎてむしろウザイ。そしてチートのてんこ盛り。メガ盛り。
まさしくザッツ俺様。
あいつなら「軽い冗談」とか「お茶目」でオレに嘘つくぐらい平気でやってのけるだろう。
それに何より、アイツ魔王なんだ。
人間の……オレの敵。
オレに親切にする理由も、公平にする理由も、誠実にする理由も、ない。
全くない。
欠片もない。
僅かも、これっぽっちの理由もない。
そんな魔王を、魔王と知ってたのに、オレはいつ、なんで、何を根拠に、ここまで信じてしまってたんだろう。
「……変な話だよな」
信じられる理由なんて、オレの側にも一つだってなかったのに。
だって、あいつそもそもオレのことヒマ潰しで誘拐しやがった変態だぜ?
出会いからしてサイアクだ。
こっちポカーン、あっちえろーい……じゃなかった。でも初対面の相手に寝そべってゴロゴロしながら挨拶しやがったんだぜ?
いや、まぁあれは多分「そういうこと」なんだろうけど……。
でもさ、オレがピンチになっても別に奴はオレを助けるようなことも無かった。これは事実。
基本自力か、もしくはワンコ執事君に助けてもらってるだけで、その間デュランはどっかでゴロゴロしてたらしい。またかよゴロゴロ。
一応金は出して貰ったけど、何か奴がオレに対して選んで買ったとかは無いしな。
料理は作ってくれたけど食材は我が家のだし、そもそもあれは宿代だ。
てか、まず事前のアポ抜きで許可なくウチに転がり込んできて泊ろうって時点で迷惑してる。
見た目だってオレはああ言う美形男って嫌いっていうか、苦手だし。
声だってエロエロし過ぎて好みから外れてるし。
足無駄に長いし。組みやがるし。
オレより背ぇ高いし。
動物みたいにつまみ上げて来るし。
わがままだし。
何かと言うと厄介事引っ張って来るし。
我が道をゆきすぎてて手がかかるし。
何考えてるのかさっぱり分からんし、分かることが出来るとも思えないし。
……そんなことぐらい分かってるさ。
幾らオレがアホの子だからって、それぐらい分かってた。
分かってたのに、さっきの一言で無様に取り乱して、みっともなく混乱してしまった……。
いつから?
いつのまに?
どうしてこんな風に?
「なんだかなぁ……」
リュックをがさがさ漁って、オレはポテチ(サワークリーム&オニオン)の筒を取り出す。
一枚引き抜いて、唇で咥える。
「むー……」
やっぱりポテチはサワークリーム&オニオンに限るなぁ。
咥えたまま上下にピコピコさせてみる。
行儀が悪いと怒られそうだ。
でも止めらん無い。何か無駄に楽しくってさ。
「……むー?」
今何か引っかかったな。
えーと……サワークリーム? いやいや、そこじゃないな。
段々しおしおしてきたポテチを指でつまみ直して、端からチマチマ齧りながらオレは首を捻る。
そもそも、何でオレここに来たんだっけ?
いや、迷子とかその辺はまあ見ないことにしてですね。
うん。簡単だ。
オレが来たいと思ったから無理言ってデュランにくっついて来たんだ。
別にデュランが今回は攫いやがった訳じゃない。
勿論、デュランが誘うようなことを直接言わなかったからって、奴の狙いがそこに無かったとは言い切れない。
なにせあの魔王様、ネコのかぶりっぷりが堂にいってるからなー。
開けても開けてもネコばっかり出て来るマトリョーシカみたいなもんだ……想像したらちょっと萌えた。
にゃんこ、にゃんこ、にゃんこーい。
「じゃなくて……もちつけオレ」
そこじゃなくて……まぁ、ほら、アレだ。
魔王様の真意なんざオレには判りようがないってことですよ。
うん、そうなんだよな。
オレの頭脳は大人な名探偵でもないし、灰色でもないし、十万三千冊なんか入ってない、ただの一般人未満なんだから。
デュランの考えを読み取ろうってこと自体がまず無理。無理ったら無理。
ついでに、デュランが何かしようとしたらオレが百匹束になっても防げないのでこれも無理ったら無理。
だから、そこは悩むだけ無駄。
よって放置。
それはさておいても、とりあえずデュランにオレからくっついてきたのは……何と無く楽しかったからだ。
うん。
そこは認めようじゃないか。
あいつと居ると楽しい。
あいつと一緒に居るのは楽しい。
特に意味は無いけど、無駄に楽しい。気持ちが良い。ワクワクするし、ドキドキするし、何より楽だ。
すっごく楽。
オレの行動で迷惑かけるんじゃないかとか気遣いしなくて良いし、やりたくない事やらせてるんじゃないかとか考えなくて良いし。衝動(主にあのきらきらっぷりへの条件反射とか、突っ込みの血が騒いだとか)に負けてうっかり飛び蹴りかましても笑って気にしないし。
何か、ろくでも無い休みになりそうだったこの数日間が、今かなり楽しい。
デッドオアアライブな状況ばっかにもなったりもしたけど、でも、じゃあデュランと今すぐ別れて普段の生活に戻りますか? と言われたらきっと悩む。
何のかんの言いつつ、あのお人好しの魔王様はオレが危なくなったらやって来る気がしてるし。
いや、普通に考えたらおかしいんだけどさ。
分かってるんだけど。
「うーん、ちょっと試してみますか」
オレは呟いて、最後のポテチをぺろっと舌で口の中に巻き込み、立ち上がった。
【作者後記】
書き忘れごめんにゃん!
……あ、退かないで。これには深ーい訳が。いえ、けっしてこういう方向に自分のキャラを変えようとかでは無くてですね。
とか言い訳しつつ、にゃんこキャラが悲しいくらい似合わない尋でございます今晩は。
挨拶し損ねた方も、そうでない方もようこそいらっしゃいました。
後記は基本ご来訪の皆様への感謝の気持ちを書く為にあります。
(尋にとっては、と言う意味ですが)
一人称だとやっぱりちょっとだらけというか、ゆるみますね。
心情描写もへったくれもないのと、認識デバイスのお陰で伏線張り易いのは良いんですけど……実はかなり技量が要求される手法ではないかとか何とか。
さて、ちょっと気持ちに整理を付けて現状を見直したナカバと、そろそろ魔王を合流させたいと思います。
もう少し間挟みますが、宜しければまた次回もお越しくださいませ。
それでは。
いつも貴方への感謝をこめて 作者拝




