双神子様とオレ
私は突っ込んだ事あります。
茂みに顔から突っ込んだ経験を持つ奴手を上げてー。はーい。
いや、あれ本当に大変だった。
全身ひっかき傷だらけになるし、髪の毛枝に絡むし、服の中に葉っぱとか色々入って来たし、抜けだすにもピキポキ折れる小枝は足場にならないし。
出た時にはオレも、オレのリュックも、オレの相棒も葉っぱまみれの泥まみれでそりゃーひどかった。
まぁ大事な相棒はそれでもしっかりオレを家まで送り届けてくれたけどな。
良い奴だったのに……惜しい奴を無くした。
なんて現実逃避したくなる感じにピンチです。
どうしよう。
「……誰?」
不法侵入者ですすみませんでした!
とか叫んで回れ右したいのに、腰が抜けて動けません。
だって、目の前に美人さんがいるから。
足元までふんわり広がる銀色の髪。
ガラスをはめ込んだみたいな真っ黒な目。
ピンクの唇。
白いふんわりしたドレスの上から、肩と胸を覆うようにくるっとふわもこの毛皮を巻きつけている。
その、見た目はまるで綺麗な人形って感じの、どこか見覚えがあるようで見覚えのない美女が、オレの方を見て涙目になっていました。
はい、バッチリ怯えられてますね。
目付悪くてごめんなさい。
不審者ですみません。
「……あなた?」
「あー、えー……お邪魔してます」
曖昧スマイルでそう応えると、美女さんは黒い目をパチパチとさせた。
睫毛まで銀色だ。
てか目大きいなぁ……瞬きしている間にポロッと落ちるんじゃないかと思うくらい大きい。
黒目の大きい目っていうのは魅力的らしいけど、この人の場合白目以外ぜんぶ黒目だし、その黒目部分だってかなり大きい。
それがウルウルしてて、ほんのり肌とか上気してるとかもうたまりませんなぁ!
あ、思考がオヤジに。
オレの不届きオーラを感じたのか、美人さんがピクッて震えた。
うん、子ウサギみたいでプリティです。
「あ、の……」
「あぁ、えーと……違うか」
真っ黒な目を見開いている美女様を前にオレはちょっと考えてから、確認する。
「双神子様でいらっしゃいますね?」
「……はい」
うん、やっぱりそうか。
まぁこの辺の推察は簡単だ。
まず候補が少ない。
言っておくけどここ、天壇内部ですから。
居るとすれば中央十騎士か、双神子様のどちらかだ。
今回はイレギュラーでオレとデュランも居るけど、どう見てもデュランじゃねぇし。
中央十騎士がオレをみて涙目で震えてるとか無いだろうし、何よりイメージぴったりですから!
この儚げな感じとか、神秘的な感じとか、何かすごい美女っぽい良い香りするよーってな感じでドストライクばっちりですから!
残念ながら金髪の幼姫じゃなかったけど、綿菓子みたいなふわふわで甘いそうな感じのお姫様ですから!
双神子様ばんざい!
もう十人でも百人でも信奉者侍らせて下さい。オレが許します。
っていかんいかん。
よだれ垂れ流しそうになってる場合じゃねぇし。
何を思ってあの猫耳が嫌いなナーさんがオレをこの場に放り込んだのか分からんけど、「くれぐれも粗相のないようにな」なんて台詞、この先に誰が居るのか分かってなきゃあ言うはずが無い。
オレがこの美女(じゅるり)を双神子様と判断した最大の理由がそれなのだ。
他人の為には睫毛一本動かして堪るか。ご主人様大好き! っていうある意味ダメ人間の集団の中央十騎士のナーさんが気遣って、敬語を使う相手なんてどう考えたって双神子様に決まってるじゃないか。
問題は、この「出会い」が何の為に仕組まれたのかってことだ。
偶然?
こんな偶然あって堪るか。
あからさまに作り物だろ。
こんな陳腐な出会いを何の為にオレみたいなモブに用意したのか。
双神子様の為なら死ねる! な、はずのナーさんまで協力して、だ。
……ま、どうせデュランがらみだな。
本当に奴に絡むとロクなことねぇな……よし、仕返しプラン追加しておこう。何させようかなぁ。
そんな事を考えつつ、合間に次の手を考える。
この場に他に頼れる人間はいない。
デュランは……呼べば来るかもしれない。
何せデュランだから。
きっと地獄耳だし、あれでわりと面倒見が良いところもあるからな。不本意だけど。
でも呼び出しは最終手段だし、相手の目的が分からない今、デュランを呼ぶのは拙い。
それこそがこの茶番を仕組んだ相手の一番の目的って可能性が高いからだ。
そして目的を達成した後のオレを無事にしておく理由が向こうにあるかどうかも分からない。
お、魔王出てきたな。良しお前用済みぽーい! とかされるかもだし。
それに、切り札は最後まで取っておくのが様式美ってもんだしね。
最初からゴルディオンハン○ーかましてはいけないのですよ。
ってことで自力でどうにかしますかー。
取り合えず目標は生き残るってことで……もうやだ、何この生死の選択の連続。
何の罠ゲーですか。
しかもオレ、間違いなく残機ゼロなんですけどー。
現実にはふっかつの呪文も、コンティニューもないからなー。
って、ぼけっと他のこと考えてたら、双神子様がこっちをじーっと見ていた。
……あ、放置プレイしてすまんですよ。
まぁ最初の交渉は王道「知り合いの知り合いは知り合いだよね?」で行こう。
「デュランがお世話になっております」
「……デュランお義姉様を、御存じなの?」
頼りなげな表情にふっと喜びの色を浮かべる双神子様。
……今何か聞き捨てならない単語が混ざった気がするんだが、スルーしよう。
はい、ご存じですよ。
「デュランと一緒に来たんです」
「まぁ……」
ぱあ、と花が開いたみたいに嬉しそうに笑う双神子様。
あああ、ちくしょう笑顔が可愛いなぁもう!
てかデュランの名前効果抜群だよ!
そしてあなたの笑顔はオレに効果抜群です!
もう、芝生ごろごろしていいですか!
……て落ちつけオレ。紳士になれ。
こんな場所でやったら傷だらけの人生コース一直線だぞ。
オレは少しテンションを下げて周りを見回す。
うん、匂いが凄いなぁと思っていたらここバラ園だった。
辺り一面、赤だとかピンクだとか白だとかオレンジだとか黄色だとか紫の薔薇ばっかり。
大きいものから小さいなものまで、何でもそろうよヤンマーディーゼル○。
残念ながらオレにはどの花が何ていう名前だとか、飾りつけがどうだとかはさっぱり分かりませんけど。
とりあえず金の手と時間はかかってそうだなぁ。
あれは蔓バラなんだろうか。蔓っぽかったら蔓バラでOK?
サイズ控え目ならミニバラでOK?
……後何か知ってることあったっけ? 赤いバラの意味は情熱だっけ? 関係ないか。
うん、でも外苑でも、そして多分緩衝地帯でも無いな。
多分ここ、内苑だ。
オレは振り返って、間近にそびえ立つ建造物を見上げる。
これが、【時計塔】。
ああ、何か……なんだろう。心がぐっとする。
威圧感とかじゃない。ミレイの建造物に最初に出会った時みたいな……。
と、急に手を掴まれてオレはビクッとして振り返る。
何故か、オレの両手を握って双神子様がほろほろと涙を流していた。
えーと?
放置プレイがそんなにダメなんでしょうか。
そんな緊張感が微妙に欠けたオレに、双神子様は悲しそうな顔のままこう告げた。
「貴方、マナレスなのですね……」
【作者後記】
ストックが尽きました。
冷やし中華始めました。
何となく響きが似ている気がしますが、片方は真実で片方は嘘です。
どうでも良いことをしつつ、お馴染みの皆様もそうでない皆様も今晩は。
どうも、熱中症から回復した尋でございます。
謎の微熱と疲労としびれとだるさと吐き気と食欲不振はご指摘の通り熱中症だったようで……それようの対処をしたらすっかり回復しました。
改めてこの場で御礼を。
さて、緊張感があるようで無いナカバと双神子様のターン、もう少し続きます。
デュランの出番はまだありません(苦笑)
それでは、また次回、縁があればお会いしましょう。