清式交際とオレ
そう言えば見なくなりましたね。
ダイヤル式の黒電話。
(誤字訂正しました)
「で」
おかゆに梅干し三つ浮かべて、オレはそれをほぐしながら「今日の予定だけどさ」と話を切り出す。
ちなみに席は昨日と一緒。
今回は四角いテーブルなんで、こっちがわにオレとデュラン。向かいにリムりんとヴィーたんって感じ。
何故かアドルフが椅子を引っ張ってきてリムりんとオレの間に入り込んでるけど。
まぁ、入り込んでくるのは許してやっても良いけどさ。でも、ちらちらとリムりんの胸見るのは止めてくんないかな。
ギロッと睨んだら、何か微妙な表情で見つめ返された。
何だよこの野郎。リムりんに変な事したらタダじゃおかねぇからな。
「ナカちゃん?」
「へ?」
「今日の予定がどうかしたのですか?」
あー、はいはい、途中でしたね。
オレはおかゆをスプーンですくって、「オレ、デュランに付き合うことにしたから」と伝えた。
三人が同時に噴いた。
え? 何で?
ちなみに噴かなかったのはオレとデュランだけで、デュランは澄ました顔で珈琲を飲み、オレから奪い取ったバターロールを小さくちぎって口に運んでいる。
ああ、愛しのバターロール……オレのだったのに……。
さようなら。小麦色の君が好きだった。
「つ、つ、つ」
とかバターロールとの永遠の別れを惜しんでたら何かリムりんが壊れてた。
どうしたんだろう?
ついでにヴィーたんは何やら激しくむせている。
あぁ、分かります。飲み物が気道に入ったんですね。
冷静なお姉様キャラと見せて、意外などじっこ属性発動ですか? 萌えの固まりだなヴィーたん。
「つ、つつっ」
「つつつ?」
「つ、つ」
「つつーつ……つーころばーし、ごーまみーそずーい?」
「歌詞が間違っているぞ、ナカバ」
「そうだっけ?」
「それを言うならずいずいずっころばし、だろう」
「えー? ずいずいって何さ」
「……。隋というのは今をさかのぼること約六億五千年前に存在した成文国家の一つだな」
「いやいや、遡りすぎですから。まだ文明生まれてませんから」
「三時のおやつは?」
「文明○……あれって二番は何だっけ」
「電話だな」
「デンワって何? 二番になんか関係する奴?」
「あぁ、それはだな……西大陸に約八百年前に存在したベルリング朝の十二代目の王、コードレスに仕えた名宰相ルース・デンワのことだな。知らないか?」
「えー? 聞いた事ねぇな」
「まぁ、有名な逸話があってな……相当優秀な人間だったことは確かだが、ある日の会合で国一の知恵者だと言われた時に『己は常に二番である事を心掛けてきたというのに、今日このような言葉を受けた。それは私の態度が高慢と映ったのだろうか、服装や食事が豪奢すぎたのだろうか、賄賂が横行し政治に公明さが欠けているのだろうか、取り上げるべき賢者がのけられているのだろうか、宮中に節度がなく乱れているからだろうか、民が職を失い路頭に迷っているからだろうか』と言って反省したといわれている。
その言葉を知ったコードレス王は反省して、より一層国内の改善に力を入れるとともに、驕らずに己の身を顧みたデンワをより重用するようになったそうだ。これが後に三百年続くベルリング朝の基礎となったことを考えれば彼の功績は大きいな。まぁ、そんな二番手であることに誇りを持っていたデンワを敬愛した民の間で出来た言葉が『デンワは二番』……と、いう話だ」
「へー、そうなんだ。何かすごいなそいつ」
「あぁ。ちなみに今の説明はフィクションだ」
「何いっ?!」「何っ?!」
何故かリムりんまで一緒に立ち上がって叫んだ。
お? 何?
「どしたのリムりん」
「つ……つ、付き合うって何?!」
「え?」
「ん?」
ごほごほと噎せているヴィーたんより一足早く立ち直ったリムりんがテーブルに手を着いてオレの方に身を乗り出す。
その剣幕に思わずちょっぴり逃げ腰なオレ。
相変わらず気にしないデュラン。
いや、てか……え? 何? オレ何か拙いこと言った?
「え、えーと……だから、普通に」
「普通ってどういうこと? ねぇ?」
「え? そう言えば普通って何だろ……いや、えーと……リムりんがダメってんなら止めとくけど」
「絶対ダ」
「ナカバは」
メ、と言いかけたリムりんより早く、デュランがオレから奪ったプチトマトを摘まんで微笑んで言う。
あぁ、懐かしのプチトマト……オレのだったのに……。
さようなら。ほんのり甘みの中に酸味を秘めた君が好きだった。
「今日は俺の予定に付き合ってくれるそうだ」
「……予定?」
「うん。観光巡り」
「あ、そう……そう言う意味ね」
他にどんな意味があるんだろう?
ま、いっか。
てことで、中央に来る前の約束を果たすとか何とかで昨日デュランから話があったんです。
天壇の中を見てみるか、と。
天壇って言ったらミレイの最高傑作のひとつですよ。
あ、いや天壇のど真ん中にドーンとそびえ立ってる時計塔はミレイの作品じゃねぇよ? あれはもっと古い奴。
ミレイが手掛けたのはその時計塔の周りの庭です。
建築家として有名だけど、基本的にミレイは建物だけじゃなくて総合プロデューサーなんです。
庭の設計もしたし、あの時代はまだ珍しかった水球型の噴水も提案してるし(これはボツったんだけど時代の先取りだよな)、家具のデザインもやってるし、乗り物だって考案してる。
ちなみに絵も描いたことがあるらしいけど……うん、あれはちょっと、無かったことにしたい。
簡単に説明すると……えーっと……。
最初見た時は便秘に悩んでる腕時計、もしくは魔王への供物にささげられたブロッコリーかのどっちかだと思ったんだけどさ……その絵が実はネコの絵だったと言えば分かってもらえるだろうか。
……うん。
悪いけどネコには絶対見えない。
そんなお茶目なミレイ師匠ですが、天壇の庭部分は一般公開の外苑と非公開の内苑の二段構成になっていて、師匠はその内苑の一部を任されたらしい。
つまり見えません。
外から見えません。
パンフにも載ってません。
ちなみにミレイが当時描いたはずの設計図も残ってません。
なのに何でこんな話が分かっているのかっつーと、ミレイの知り合いが恋人に宛てた手紙の中でそういう記述があるのと、中央からミレイに宛てた設計料に関する支払証明書の控えが残ってるからだ。
ちなみにミレイは手紙も日記も嫌いだったんで何も残ってません。
偏屈な爺さんだったらしい。
でもオレはひそかに、字が下手だから書きたくなかった説を考えてる。
だってほら、あの絵だし……。
「あー、陛下」
今まで沈黙を守ってたアドルフがここで手を上げた。
「……。……何だ」
「観光旅行は良いですけど、その間俺らどうしたら良いっすかね?」
「指示を変える予定は無い」
デュランはちらりとアドルフに色目……じゃない、流し目をする。
「それは……」
「まぁ、指示だけに従うも良し。裏を読んで行動するも良し。好きにすれば良い。フォローはしないがな」
嘘つけー。
お前どうせどっかでフォローの手を打ってるだろ。バレバレすぎてヘソで……何だっけ。
へそが沸く?
「頭が沸いているらしいな」
「うっさい黙れ。そして滅びろイケメン」
てかオレの考え読めないんじゃなかったのか?
「今は見えないが、お前の顔を見れば一目瞭然だな。バレバレすぎてヘソで茶が沸かせそうだ」
「……デュランなんて大嫌いだ」
「それはどうも」
いやみか! いやみだろこんちくしょう!
涼しげな顔で珈琲を飲んでやがる残念な感じのイケメン。略してザンネンの足を取り合えず力いっぱい踏みつけようとした。
さくっと回避された。
嬉しそうに珈琲をお代わりしているその笑顔が無茶苦茶腹立つんですけど。
このこのっ、とテーブルの下でデュランの足を追っかけまわしてたら、椅子の足に小指の角をぶつけました。
ガンッ、ゴンッ。
一回目が足の激突音。
二回目が痛さのあまりテーブルに突っ伏したオレのデコと、テーブルの衝突音です。
「……」
「ナカ吉、どうしました」
「……や、何でもない」
言えません。
隣でデュランが小さく肩を震わせて笑いを堪えてるのをとりあえず目で睨むだけ睨んでおいて、オレはそっと手を伸ばして足をさする。
せっかくリムりんに貰ったサンダルもどきに傷がついてたら嫌だなぁ……それ以前に、この靴でデュランなんか踏んだら買ってくれたリムりんに失礼だ。もったいない。
あとでデュラン用にどっかからレンガとか探してこよう。
それで、しゃがんでる隙に後ろから殴って、あとは列車を乗り継いでアリバイを作るんだ。
いや自分で言ってて訳分からんぞ。
てか、魔王をレンガで一撃、殺人事件ってオレどんだけTSUEEE設定ですかムリムリ。
まぁ、デュランを殺そうと思ったら簡単な気もするけどな。
「一生珈琲抜きとか」
ぼそりと呟いたオレに、ずっと笑いを堪えてたデュランの肩がビクッと跳ねた。
「……殺す気か」
「いやいや、一割未満ぐらい冗談だから」
「殺意満々だな、ナカバ……」
いや、殺そうとは思ってませんよ?
死ねばいいのにとは思ってるが。
僕の知らないところでー。KAIT○兄さん、うざやかで素敵です。
しかし足が痛い。小指の爪割れたかもしれないな……デュランへの殺意(さっき無いって言ったとか、記憶にございません)がこもった一撃が自分の身に跳ね返って来たんだから、爪の一枚や二枚割れてもしょうがないかもしれんけど。
後でテープ巻いておこう。
それとデュラン、後で覚えとけ……。
知らん顔しているデュランへ内心で仕返しプランを練ってると、何か言いたげな顔でオレとデュランを交互に見てたアドルフが何故か溜息をついて「陛下、もう一つ確認したいんすけど」と緩く手を上げた。
「仕事の件は構わないんですけど……」
ちらっとオレを見るアドルフ。
何さ。
「そっちのチビっこは……」
「何? 箸ぶっ刺されたいんですか?」
「だから! 何で一々お前は暴力に訴えようとするんだ!」
「そっちこそ人のことチビチビ呼んでるんじゃねぇよ。デカイからって良い気になるな苺頭。あ○おうに謝れ。ついでに中身までチョコになってしまえ」
「……」
やられたら五倍返ししますが何か。
立て続けに言い返したらアドルフは暫く絶句して、それから肩を落とす。
「……んなだからなぁ、お前男だと思われるんだよ」
「はいはい、そーですね」
「あ、いや……そうじゃなくて、お前は」
「その辺りにしておけ」
カチン、とカップをソーサーの上に戻してデュランが静かに言う。
「……他の客の迷惑だ」
お前がソレ言うか? 魔王のくせに。
いや、まぁ確かに他の方のお食事の邪魔だけどさ。
しょうがないから黙って「だってあいつが先にー」と目で訴えてみたが、同じようにデュランに「ここで争うことではないだろう」と目で窘められただけだった。
ちぇー。
「ナカバのことは最後まで私が責任を持つ。お前達は気にする事は無い」
言いながらデュランがオレから奪ったポテトを上品に切って口に運ぶ。
さようならオレのポテト……黄金色に焼けた君が好きだった。
ところで、人形が食った場合、食材は何処に行くんだろうか?
【作者後記】
三時のおやつのネタが今の若い方に通じるかまったく自信がありません。
ちなみに二番は「赤坂局の二番」に登録されていたのが由来。一番は確か個人がとってたはず……。
さて、皆様こんばんは。
初めての方も常連さんも、偶に居らっしゃるお客さまもようこそおいで下さいました。
ということで、めでたくデュランとナカバは付き合う事になりました。良かったね!(って意味が違う)
さて、徐々に本筋に戻ってきますが……その前に一話挟もうと思っております。
では、もしご縁があればまた明日お会いしましょう。
感謝をこめて 作者拝