欠損魔力とオレ―デュラン先生の講義3
ナカバが思い切り間違えてます。
が、自分でも呪文の元ネタがどうしても一つ思い出せないという……。
それはさておき、またしても世界設定の話です。
「先程、お前と俺では適切な例とは言えないと、そう言ったが。その理由の一つはお前がマナレスだからだ」
「……うん」
正直、面と向かって「マナレス」と言われるのはあんまり好きじゃない。
しょうがないんだけどさ。事実だし。
でもデュランの発音するマナレスは言葉は同じなのに、どこか違う。
何が違うのか分からんけどな。
お陰で「マナレス」と言われる度に落ちつかない感じになる。
……よし、こうなったら意識を切り替えよう。
マナレス、マナレル、ミマニャネス、合わせてマナレシュ、ムママナシュ……うん、いつも通り壊滅的だよこんちくしょう。
しかしマナレルってなんか変身用コンパクトでも使いそうな響きだな。
マナレルマジカルルルルルルー。
「楽しそうな所悪いが、説明を続けても?」
デュランににっこり笑顔で脅されました。
良いじゃんちょっとぐらいさー、ケチ。
ケチな美形はモテない……いや、お前ならケチでもモテモテのウッハウハだな。死ねばいいのに。
「邪念を感じるのだが……ともかく、まずは前提を確認しようか」
言って、デュランはピンとグラスの縁を指で弾く。
「魔力は世界に干渉する為の力……存在の根源だ。マナレスであっても、世界に存在する以上必ず魔力は所有している。存在するとはそういうことだ」
「でも」
「まぁ待て。では、マナレスとは何か……簡単に言えば、保有魔力量と最低魔力量、及び最大許容魔力量の三つがほぼ同じ値のもの。これがマナレスだ」
「……はい?」
いや、え? 何だって?
「最低魔力量、保有魔力量がほぼイコールで、かつ最大許容魔力量ともほぼ同じだ」
「えーと、つまりそれって器がちっちゃ……小型……うっさい誰が豆粒どちびじゃあっ!」
「落ちつけナカバ。錬金術で背は伸びないぞ」
ちっさくって悪かったなぁ!
足がお前みたいに長くなくて悪かったな!
「落ち込んでいたのでは無かったのか」
「それはそれ、これはこれ」
「そうか……まぁ、お前は誤解しているが、器の大きさ自体はあまり個人によって大きな差は無い。マナレスであっても器が特別小さいと言う事は無い」
「じゃあ、最低魔力量がやたら沢山必要とか?」
「それも違う」
じゃあ何だ?
オレが首を捻ってると、デュランがさっきのグラスを指さす。
「今そこに先程のグラスがある。魔力は今最低魔力量のラインまでしか入っていないが……水を注ぎ足さずにこの水面をグラスの縁近くまで持ち上げるにはどうすれば良いと思う」
「グラスの上を切っちゃうってのは無しなんだよな」
「あぁ」
「じゃあ、上が駄目なら下だな」
オレの答えにデュランは満足そうに微笑む。正解を出せたようだ。
「そう、上げ底をすることでこの問題を解決した。こんな風にな」
グラスの中に大量の砕いた氷を入れるデュラン。
水面はそれに押されて、コップの縁近くまで昇った。
「これがマナレスの状態だ。器の底を上げる事で保有魔力量が限りなく最低魔力量に近く、かつ最大魔力量までの余裕が非常に小さい状態を維持できる。まぁ、魔力は備わっているがな」
「でも、オレ検査で無しって言われたんだけど」
「今の物質界の技術ではそう思われるだろうな……なぜならばお前の保有している魔力は常に、お前の生存の為に消費し続けられているからだ」
「……えーとプラマイゼロの自転車操業、みたいな?」
「そういうことだ」
我が家もけっして裕福な家じゃないが、それ以前にオレの魔力がほぼ赤字だったらしい。
てか、実際やっぱりないも同然じゃん。
「存在するのとしないのは大きな違いだ」
「そうかなぁ……でもさぁ、これって不自然な状態だよな」
思い切りデュラン自分で上げ底発言してたし。
買ったお菓子がそうなってたらオレはその場で暴動起こすぞ。確実に。
「まぁ、そうだな……人為的に作り出した状態だからな」
「何でまたそんなマゾいことを……はっ! お前の趣味か!」
「違う」
光の速さで否定されました。
でもなぁ、オレ結構疑ってるんですけど。名づけて魔王様はドM疑惑。
「やめてくれ……」
「Mの人のやめて、はけしかr……もっとやれ、の意味だって聞いたんだけど」
「少なくとも俺は違う」
デュランがそう言い張るので、真実はさておき、そういうことにしておいてあげることにした。
「さておかなくて良いのだが……」
「ぶつぶつ煩いなぁ。美形の分際で」
「……偶に驚くほどお前は理不尽だな。まぁ構わんが……」
良いらしい。やっぱりドM……。
「違うと言うのに……多少慣れているだけだ」
「慣れるってどんだけ」
「もうその話題は止さないか?」
「えー、せっかくの弄りネタがー……」
「あまり続けるようならば……そうだな、いっそ望み通りにふるまってみせようか」
はい?
「お前に向かってどうか苛めてくれと一晩ねだり続けてやろう。さぞかし忘れられない夜になるだろうな」
言って、艶めかしい笑みを浮かべるデュラン。
オレが即行土下座して謝ったのは言うまでも無い。
いや、「もっと苛めてください」とかあの見た目で迫られたら精神が死にます。無理無理。
「どうせ出来ん癖に」
ぼそぼそと悪態をついたらデュランがニヤッと魔王スマイルを浮かべた。
「問題ない。偶に他の役を演じてみるというのもなかなか楽しいからな」
「何かものすんっごく実感がこもってるような」
「ふふ……」
何してたんだこの五歳児魔王様……どこの誰かは分からんけど、魔王様の学芸会ごっこに巻き込まれた人の冥福を祈ります。チーン。
「でー? 何でそんなマゾいモン作っちゃったんだ?」
「ん?」
「いや、だから何でマナレスみたいなデュランの趣味全開のマゾい代物が……」
「そうかそうか、そんなに俺に迫られたいか」
「すみませんでしたぁっ!」
うわーん、魔王がいじめるー。
つってみても誰も助けてくれなさそうだ……むしろ黄色い救急車が光の速さでN―八七星から飛んできそうだ。
ちくしょう。ぐれてやる。
「じゃあ、デュランの趣味半壊のマゾい」
「いや、俺がひっかったのはそこでは無いのだが」
趣味全開で良かったらしい。
「だからその話題から離れろと……そうではない。俺が制作者の一人だと話したか?」
「うんにゃ。でも、こんな事するのお前ぐらいだろうし。事情詳しいつっても限度があるだろ」
「あぁ、まぁそうだな……」
魔王様はまっどさいえんちすとなのです。
「まぁ、依頼を受けてな」
「あぁ、それで趣味が全開に出来なかった、と」
「趣味趣味と連呼するな……研究はライフワークだ」
マゾいモンを作るのがライフワークって……やだ、この人気持ち悪い。
スススッと距離をとってみる。
「……」
無言でにっこりと威圧されたので、オレはしぶしぶ白旗を上げてデュランの傍に戻る。
何だよー、ちょっとふざけただけじゃんかよー。
「そう怯えるな。ただの冗談だ」
「うっさいばーか。怯えてなんかねぇよーだ」
「それは失礼」
くそぅ。
あー、もうさっきから何か気分が高揚したっきり落ちつかないなぁ。テンションが変だ。
往生際悪すぎだろオレ。さっき覚悟したじゃん。
「そんな覚悟で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「では話を戻そう」
思わず反射で答えたオレにデュランはテンションを若干真面目な感じにシフトして、長い指を組む。
「くどいようだが魔力というのは世界に干渉する力だ。それ故に、余剰魔力が強い程周囲の環境に影響を与える。俺などそのハイエンドだが……その逆がマナレスだ。極限まで所有魔力による周囲への影響を抑え、周囲からの魔力によって受ける影響を減らし、世界をあるがままに見つめる者。マナレスを最初に提唱した者が目指したのはその境地だ」
「世界を、あるがままに?」
「そうだ。在るがままの事象を、限りなく正確な形で観察すること。在るだけで世界を歪めるのが俺だとすれば、ナカバ……お前の存在は世界に対してどこまでも優しい」
「優しいかなぁ、ソレ……でもさ、その影響しないって……何か微妙じゃね? 影響されないし受けないなら、居なくても同じじゃん」
や、別に良いんだけどさ。そういうの慣れてるし。
そう思ったのがバレたのか、デュランはちょっとだけ苦笑して首を緩く横に振る。
「あくまでこれは体質の話だ。お前の性格や思考は別だ」
「つまりハートで勝負しろと」
「まぁ、そう言う事だな」
毛が生えたノミの心臓なんて欲しい奴居るのかなぁ。
「俺はお前を気に入っているがな。実に面白い人間だ」
「や、オレお笑いに生きる予定はねぇよ?」
魔王に面白いとか言われるなんてちょっとおいしい立場だとか思ってないからな?
いや、マジで。




