休憩時間とオレ―デュラン先生の講義?
今回は説明は抜き、ですが。
中身が相当暗いです。
人が内に抱えている暗い部分。目を向けたくないもの。目をつむっている事柄。
そう言ったものが混沌と混ざりあい、葛藤している回なので、苦手な方は読むのを止めることをお勧めします。
なお、休憩時間は「講義が中断」と言う意味ですので、実際に休憩はしてません。あしからず。
「あ、うん。何だ、冗談か」
いやもうびっくりしたなぁ。
デュランの冗談にしちゃあ悪質だけど、確かにびっくりした。
一瞬だけな。一瞬。
「いや、事実だ」
そう思っているのに、思おうとしてるのに、何でそんな事言うんだよ。
オレは黙ってデュランを睨む。
デュランは相変わらず何処か少しだけ寂しげな目でオレを見下ろしている。
何だよ。何だってんだよ。
「事実? はぁ? 何言ってんだお前」
「お前にも魔力は備わっている。そもそも、マナレスとは魔力の無い者の意ではない」
「嘘」
アホの一つ覚えみたいにオレは嘘だ、と繰り返す。
だって。
だって今更じゃないか。
オレには魔力が無い。だからしょうがない。そうやって今まで納得して生きてきたじゃないか。
生れつき魔力を持たないマナレス。
別にオレを産んだあの人達が悪かった訳じゃない。
別にオレの周りの人たちが悪かった訳じゃない。
ただ、ちょっとオレの運が悪かっただけだ。
出来ない、出来損ないはそれなりにそれらしくやってければ良いやって。
なのに。
「何で今更そんなことお前が言うんだよ……」
「……」
「どうして……」
真実だとか事実だとか、正直どうでも良い。
事実だからって正しいと思って貰える訳じゃない。真実だからって信じてもらえる訳でも無い。
それでしょうがない。それで良いって納得して、納得するしかなくて、それで今まで来たのに、何で今更お前がそんな事言う訳? オレに聞かせてどうしたい訳?
膝の上で握った手に力が入る。
魔力が無いからしょうがないと思ってきた。
でも、デュランは魔力はオレにもあるっていう。
じゃあ、じゃあオレの今までは一体何?
「マナレスとは、呪われた名では無い」
オレのその手の所に水の入ったグラスを差し出しながら、デュランが静かに言う。
「望まれて、幾つもの試行錯誤と覚悟と決断の末に新しく作り上げられた可能性、或いは存在。それがマナレスだ……飲め」
「嫌だ」
「水分は取った方が良い。飲め」
握った手の上に押し付けられて、オレは渋々グラスを受け取る。
ついでにごしごしと目を手の甲で擦る。
「あまり擦るな……皮膚が痛む」
「うっさい……」
デュランの手をペシと払って、オレは水を口に含む。
冷たい。
美味しい。
ほっと息が零れる。
デュランがじーっと見てるのが分かったんで、腹いせに全部飲みほしてやった。
お前の分なんか残さん。
「水分は取れたか」
「お陰さまで」
ケッと吐き捨てるとデュランがちょっと笑って、オレの持っていたグラスを取り上げた。
そして、ボトルの水をさっき引いた線の所まで注ぎ直す。
相変わらず無駄に洗練された動作。
オレはただぼけーっとそれを眺める。
「マナレスの事を……知りたいか?」
深い、染みいるような柔らかいアルトの声。
「そりゃ」
オレはグラスをぼーっと眺めたまま答えかけて、ちょいと迷う。
元気はつらつぅ? イエスオフコース。
知りたいか? イエスオフコース。
そりゃ、自分の事だもん。分かってた方が良いとは思うさ。
でもさ、とオレは思う。
でも、知ってどうするんだ?
知って何か現実が変わるか?
いや、変わらんだろう。
デュランのセリフじゃないが、知らない方が良い事だってある。
知った方が辛くなることだってある。
世の中、ナチュラルに理不尽だったりするからな。
うん。まぁ人間の理を世界に強要しちゃああかんぜよ、どげんかせんといかんぜよ、ってことなんだろうけど。
でも気分的な話は別だろ?
理屈は理屈、気持ちは気持ち。
自分が原因で悪いことが起きる。これ因果おーほー。まことにけっこー。こけこっこー。
まぁ、そう言う時代だからしょうがない、とか。
運が悪かったんだ、とか。
そうやって納得する事で、オレ達は一応うまくやってきてるはずだ。
でも、デュランの知識はその納得の根拠を思い切りひっくり返すんじゃなかろうか。
どうしてこんな目に合わなくちゃならないんだ、ってひっくり返って泣きわめきたくなる自分を宥めすかして、どうにかやってきた今までをガッツリ、ガップリ、ぶち壊されるんじゃないだろうか。
そんなことになったら、オレはどうなるんだろう?
泣きわめいて、座り込んだまま叫んで許される年じゃない。
だからと言って、全てを飲み込んで飄々と笑うデュランほど大人でも無い。
知識だって中途半端。
立場だって中途半端。
何もかも中途半端なオレに、それを聞く覚悟はあるのか?
それに、さ。
オレが仮にここで何かデュランから聞いて、そこから先は?
その知識はオレの所でラストオーダー……じゃなかった打ち止めだ。
例えば他人に喋ってみたとして、オレの言葉なんかを誰が信じるって言うんだ。誰も信じないのは目に見えている。マナレスってそういうことだ。
どう言う原理だとか、どう言う理由だとか、そんな事は関係ない。
ただ単純に、オレはそういう「立場」だってことだ。
そしてそれはオレの世代……ってかオレが死ぬまでに変わるなんてありえねぇよ。うん。
だって変わらなくても誰も損しないもん。
そして、変わっても誰も得しない。
変わらない。
逃げることもできない。
変わらないこの場所以外、オレが生きていける場所は無いって分かってる。
聞くのか、聞かないのか、聞いて……どうしたいのか。
知ってどうなるんだ。どうにかなるのか。どうしたいのか。
もう、今のまま、知らないままで良いんじゃないか?
……って、うっかり一人で考えに没頭してしまった。いかんいかん。
オレは慌てて顔を上げて、すまんと言おうとして……デュランと目があった。
さっき、不本意ながらもじーっと見る羽目になったあの目。
相変わらず無駄に綺麗な紫色をしている。
その目を見たら、ストンと気持ちが落ち着いた。
こいつ、オレがここで嫌だつったら話さないんだろうなぁ。
オレならデュランが嫌がるなら喜んで喋るけど、デュランはオレが本気で嫌なら絶対にやらない。
傍若無人なのに、距離の取り方はびっくりするぐらいに慎重だ。
ほんと、変な奴。
魔王で、人類の敵の癖に、オレみたいな人間の子供にそんな目を向けるなんて。
……あーあ、うん、分かってる。
こんな話するのも結局はオレの為なんだってことぐらいさ。
だから。
「ちゃんと教えろよ。その代わり、オレもちゃんと聞く」
「そうか……」
だって自分の事だし。
頷いたオレにデュランはちょっとだけ目を細めて笑み、足を組み直した。
【作者後記】
ヒマ潰しの時代からナカバがこう言う立場にあることはずっと決めていました。
当人は魔法が使えない自分の体質を欠陥として捉えています。
家族も欠陥として認識しています。
友人であるリミュリシエルとヴィクトリアもそうです。
クラスメイトも、教師も、地域の住人も、世間もそうです。
人間である前に、ナカバである以前に、彼女はマナレスでした。
そして、マナレスとして扱われてゆくでしょう。
これまでも、これからも。
死ぬまでずっと。
そのことを分かっていて、なお聞くという選択をする彼女を愚かと捉えるか、無謀と捉えるのか。
或いは他の感想を抱くのか。
それは読んだ貴方の手に委ねられています。
さて、こんな所まで読んで下さってありがとうございます。
お付き合い下さった貴方に感謝を。
縁があればまた来週土曜、デュランの講義の続きでお会いしましょう。
作者拝




