眼鏡正義とオレ―デュラン先生の講義1
拍手で見たコメントの為だけにデュランが着替えさせられている事は作者である私とあなただけの秘密です。
さて、説明好きデュランのターンが始まります。
くどいようですが、この段は世界観の説明が主な目的であって読み飛ばし可です。
読まなくても大体の伏線もどきは他で補えます。
また、説明しているのがラスボスの魔王なので、その内容はこの世界の常識とイコールではありません。
非常に核心に近く、かつ適当にぼかしている内容です。
以上の事を踏まえて、それでも読んで差し上げようという強者の方はお進みください。
暫くしてデイジーさんによって着替えさせられたデュランがペイッと返送されてきました。
戻って来た時の方が疲れていたのは、うん、多分気のせいじゃないな。
ちなみに、何故かデュランの服装は白一色のアレじゃなくて、縦じまのグレーのスーツにシャツ、ネクタイ、革靴、ついでに銀縁眼鏡という何か教師風ルックだった。
その服をプロデュースしたデイジーさんは、デュランをポイッと屈強な片腕で部屋の中に投げ込んで、ついでに「美形の眼鏡は正義ですの」とバチンと音がしそうな特大のウィンクを残して意気揚々と立ち去って行った。強ぇ……。
「おーい、大丈夫かー?」
「……まぁ、な」
駄目だ。腐ってやがる。早すぎたんだ。
白くないと力が出ないのか、ちょっぴりフラフラしながら椅子に座りこみ、デュランはぐったりしたまま辺りを見回す。
「あの二人は帰ったのか」
「うん。その方が良いんだろ?」
「あぁ……」
眼鏡の縁を指先で押し上げて、デュランは頷く。
うわー、無駄にその仕草が似合う。
絞め殺したい。
まぁ、こんな殺しても死なそうな奴をイチイチ締め上げてもしょうがないんで、オレも勧められた椅子に座る。
何か、前にこういう感じでデュランの部屋で話合った時の事を思い出した。
もう随分前の事のような気がする。
オレとデュランの関係はまぁ、今と大して変わらなかったけど、あの時と今とじゃ決定的に違うものがある。
それは、デュランがオレに話す気になったって事だ。
話の内容に興味はあるけど、それよりもデュランのその気持ちの変化を、大事にしたいってオレは思ったから。
「で、さっきの言い訳希望ってとこか」
「まぁ、そうだな」
オレの言葉にデュランは苦笑して、少しネクタイを緩める。
「きちんと話そうと思う」
「最初からそうしやがれ」
「まぁそう言うな。色々と事情があってな……しかし、お前にも有意義な話のはずだ」
さて、といい加減恒例の足組みポーズ。
あの格好になれたら人として何かが終わる気がするのは気のせいじゃないだろう。
「まぁ、誤解があったようだが死にかけていたのはお前だ」
「お前だって死にかけてたじゃん」
「その辺りの話を纏めて説明しよう。問題は魔力と器の関係だ」
ほむー?
「魔力とは何か、覚えているか?」
深く椅子に座りなおしたデュランを前に、オレはうーんと首を捻る。
何だっけ。もうだいぶ忘れたなぁ。
魔界に居た時に聞いた話じゃあ、魔族のご飯でー…えーと、白くてパルッ○ぽい感じの奴だったような?
「悪くないイメージだ」
そうなのか。電球で良いのか。
ピコーン! ひらめいた! 乱れ雪月花!
「まぁ、流石にそれは難しいが……」
「や、それ以前にオレ魔力無しですから」
オレの言葉にデュランは何故かちょっと曖昧な微笑みを浮かべて、「そもそも、魔力とは質量を備えたエネルギーだ」とか言い出した。
お前は新興宗教の人ですか、と。
いや、オレも宗教とか分からんのだけどね。
現代では古代宗教の名残はちこっと残ってるらしいけど、それこそ専門家かマニアじゃなけりゃ知らんマイナー知識だし。今も新式の宗教が立ちあがっては消えてるらしい。駅前で見かけるしね。
うちのじいちゃんに言わせれば、時計台の双神子様の存在そのものが殆ど宗教と言っても良いものらしい。
「真面目に聞け。大事な話だ」
「えー。てか、質量を持ったエネルギーだから何なのさ。さっぱりピンとこねぇし」
「まぁ少し待て。順に説明する……世界の理の一端を、な」
「い、いやそんな壮大な話聞きたい訳じゃないんだけど……」
さっき何があったのかさえ分かれば充分なんですけど。
思わず腰が引けたオレに、デュランはちょっとだけ笑む。
「安心しろ。致命的な物は明かす気は無い……根源に触れさえしなければお前は人間のままで居られる」
「だから、そんな危ない情報いらねぇっての」
「魔力は」
聞けよ。いらねぇって言ってるじゃん。
これって押し掛け説明だからクーリングオフ効くのかな?
「存在を維持する為の力。言い換えれば情報を具現化する為のエネルギー、或いは世界に干渉する為の原動力だ」
「え?」
考え事してて聞いてなかったんだけど。
「魔力とは質量を備えたエネルギーであり、存在を維持する為の力。言い換えれば情報を具現化する為のエネルギー、或いは世界に干渉する為の原動力だ」
「えーとちょっと待って。今頭整理する」
「あぁ」
存在を維持する為の力、ってことは「生命力」みたいなもんか? 情報をどうの、ってあたりはさっき存在イコール情報の集合体って言う話があったから何と無く分かる。でも世界に干渉する為のって辺りが良く……あー、そういうことか。
オレは不意に思いついて納得する。
つまり、何かが存在していること自体が、その存在が世界へ干渉しているってことなんだ。
だから「魔力」イコール「世界へ干渉する為のエネルギーの源」。
「理解が追いついたようだな」
「うん、多分。で?」
「この魔力に関して、個々の存在に目を向けた時にそこには大きく三つの要素が関わってくる。すなわち、最低魔力量、保有魔力量、そして最大許容魔力量だ。これは少し例を引こうか」
言って、デュランはさっきリンゴを出した冷蔵庫から空っぽの冷えたグラスとミネラルウォーターの入ったボトルを取り出す。
喉渇いたのか?
「まず、このグラスを人の器と仮定しよう」
コトリ、とそれを冷蔵庫の上に置くデュラン。
「ナカバ、何かペンは持って居ないか?」
「んー、ちょっと待って。……ほい」
「ありがとう」
オレがリュックから出したサインペンからポンッとキャップを取って、デュランはコップの下から三分の一ぐらいのところに線を描き込む。
あ、いけないんだーホテルの備品に落書きして。センセーに言ってやろー。
「後で洗うから大目に見てくれ……さて、このグラスという存在を維持するには魔力が必要だ。その量は存在によって違うが、このラインを最低魔力量という。ここのラインを魔力が下回れば、その存在は消える」
「死ぬって事?」
「まぁ、そうだな。そこで、消えない為にまず魔力を注いでおこうか」
言ってデュランはその線のところまでボトルから水を注ぎ込んだ。
成程、あの水が魔力の代わりってことか。
「これで、このグラスはこの世界に存在出来るギリギリのラインを確保したことになった。ただし、大抵の存在はこの最低魔力量よりは多少の余裕を持って、魔力を保持している。この最低魔力量のラインまでしか魔力を保有していない状態は非常に安定に欠ける……何かの拍子に魔力を消耗すればすぐに存在を維持できなくなってしまうからな」
「ほむ、念のためちょっと多めに金持っておこう、みたいな?」
「そうだ。その個体が実際に持っている魔力量。これを保有魔力量という」
デュランがグラスに水を継ぎ足し、半分ぐらいまで水面の高さが上がる。
「この余剰分の差を普段人は怪我の治癒や、或いは魔法の行使に利用していると言う事だ」
「なるー」
「さて、最後に最大許容量だが……」
「あ、それオレ分かる。そのグラスの縁ギリギリまで注いだ時の総量だろ?」
「その通りだ。その個体が保有できる魔力の最大量。これを最大許容魔力量と呼ぶ」
「はいデュラン先生」
「何だねナカバ君」
「それ通りすぎたらどうなるんだ?」
「溢れるな」
いや、そんな見たらわかる事聞いてないんだけど。
「いや、本当に溢れるのでな」
トクトク、と注いだ水を溢れる一歩手前で止め、デュランは「俺の本体を覚えているか?」と訊ねてきた。
「忘れたいです」
「よし、覚えているな。俺の体の周囲が発光していただろう……あれは余剰魔力が体内から溢れだした結果だ。まぁ、俺のように視覚化出来る程の濃度が滲みだすのはまず無いが、イメージとしては分かり易かろう」
「あー、確かに紫色の後光背負ってたもんな。凄い目にイタイっつーか、精神的にもイタイっつーか……」
「目には見えずともオーバーしていればあのようになると言う事だ。もっとも、過剰分が抜けきれば治まるがな」
「ふーん」
てことはデュランはよっぽど有り余ってるのか。垂れ流しっぱなしだったもんなー。
「さて、基礎知識は分かったな?」
「何と無く」
「では、次の段階に進むとしよう」
教科書三十七ページ。
スーツに眼鏡のデュランの後ろにホワイトボードが見えた気がした。
【魔王講義】
さて、学生諸君。良く集まってくれた。
私はディアヴォロス・デュランだ。以後数回にわたってこの授業を担当する……宜しくな。
(眼鏡の位置を少し直して微笑)
さて、今回は魔力についての基礎知識だ。
まず前提として「魔力はエネルギーであり、かつ質量を備えている」。
そして「魔力は世界に干渉する為の原動力である」。
(指し棒でピシピシと指し)
魔法が炎を世界に出現させるのも、魔力を介して世界の情報に干渉し、そこに「炎が存在する」というように情報を上書きしているからだな。
あぁ、それと今回教えた三つの要素についても後で良く復習するように……テストに出るぞ。
では、次回の講義は五月二十八日だ。
不明な点や、質問のある者は後で下の拍手から来るように。以上。




