近接体温とオレ
ある意味王道ではないでしょうか?
回転した視界。
勢い余って投げ出された手が、パサッと音を立てて柔らかくマットレスに受け止められる。
体の下は他人の体温が移ったシーツの温かい感触。
体の上は見知らぬ天井と、何か重くて黒くて温かなもの。
ん? 何これ?
何かが乗っかってて動きづらいんですけど。
「……ナカバ」
上に覆いかぶさってる何かが、オレの耳元でオレの名前を掠れた声で呼ぶ。
お腹がムズッとするようなこのアルトの声はデュランだ。
ギシリ、とオレの顔の脇に囲い込むように置かれたデュランの腕が動いてベッドが軋む。
覗きこんだ顔。
長い前髪がオレの額に触れる。
甘い、香水とはどこか違うデュランの匂いがその黒髪から香って、この匂いは嫌いじゃ無い――
……何て思う訳ねぇだろうが。
てか、オレの上でなにしてるんですか貴様。
いつのまにやらしっかりオレを抑え込んでるデュランを見上げ、オレは思わず半眼になる。
何この状況。訳分からん。
えーと? つまり何ですか、貴様はオレに横四方固めでもしたいんですか?
つーか、この姿勢になる前にオレを引きずり倒して、視界回転させたのは貴様だな。
ちょっとだけ自分の方がデカイからって、人をホイホイひっくり返して良いと思ってんのかコラァ!
……てことで、オレはどうやらパンケーキよろしくデュランにひょいっとひっくり返され、おまけに押し倒されて覆いかぶさられて、がっちりホールドされてるっぽいです何これ。
もう一度言おう。
押し倒されてるっぽいです何これ。何これ!
てかさぁ、オレ最近やけに美形の男に押し倒されすぎじゃね?
数ヶ月前に前も美形男(あれはワンコ姿だったけど)に押し倒されたし、今度はデュランですか。
何? オレなんかしたか? むしろ呪われてんの?
交通安全のお守りなら持ってるけど、こいつら避けにはならなそうだしなぁ……いっそ美形退散のお守りでも探すか?
とか、暢気に考えてたらいつの間にかデュランの顔が更に近くにあった。
「っていやいや、近い近い近い近すぎるって」
「【動くな】」
突っぱねようとするより早く、デュランがオレの目を覗き込んだまま低い声で囁く。
うわ、またお腹がゾクッってしてビクッとした。何これ気持ち悪い。
「いや、動くなって言われて」
「【静かに】」
えー……動くなと来て次は喋るなですか。
うわーい問答無用ですねー。オレの意見は無視ですかー。そーですか。さすが魔王ですね……って似たようなネタ前にやったな。
しょうがないんでオレは唇をへの字に結んで、せめてもの抵抗にギロッとデュランを睨み上げる。
それに、オレの心臓の上に手を置いた姿勢でデュランが少し目を細める。
「そう、良い子だ……【俺の目を見ていろ】」
何で目?
てか言われなくても、今思いっきり睨みあいになってますけどね。
……しかし、こうやって近くで見るとやっぱりこいつの目って変わってるんだなーってのが良く分かる。
紫色。
いや、うーん、紫なんだけど……何だろうな、夜空が紫になったらこんな感じなのかもしれない。
単一の色じゃないんだよな、よーく近くで見てみると。
微妙な濃淡があって、どんな花や宝石にも似てないのに何処か懐かしい、安らぐ色。
オパールのファイアみたいに奥の方でゆらゆらと、ちらちらと瞬いている小さな紫色の燐光が、一層幻想的な雰囲気を強めている。
見ていると吸い込まれそう。
嫌な気分とか記憶とかがスーッて和らいでく。
気持ち良い。
落ちつく。
こいつの顔も体も見た目全部大っ嫌いっつーか……いや、正直言うと今はまぁ嫌いってゆうか苦手な感じなんだが、この目だけは何故かオレの苦手意識を刺激してこない。
不思議な目だな。
いや、紫なんて何処のアニメのキャラですかとは今でも思ってるけどさ。
しかし、こうやって近くでしみじみ観察する日が来るとはなぁ。
いや、ホントに近い。
むしろ近い。
近すぎる。
正直お前邪魔なんですけどー。視界が狭いんですけどー。鬱陶しいんですけどー。綺麗過ぎてうざいんですけどー。てか暇なんですけどー。
何が悲しくてオレはこんなきらきらしいモンに拘束されてなきゃならんのですかね。
はー、憂鬱だ。
どこぞのロボットじゃないけど「憂鬱な夜、君のせいだよぉぉおー」と一曲歌いたい。
耳たぶと言わず貴様が燃えてしまえ。
……なんて、動けないし言えない状況で思ってみても無駄だけどさ。
や、まぁとにかく近いんですよ。
お互いの毛穴見えちゃうんじゃないかってくらい近い。
デュランの肌に残念ながら目立った毛穴もしみもくすみも無かったけどさ。畜生死ねばいいのに。
てか、デュランの前髪がオレのおでこに触れててちょっとこそばゆい。
潜めているようなデュランの息遣いまで伝わって来る。
それと仄かに香る、ちょっと甘いようで涼しげな、花のようで何処か違うデュランの匂い。
心臓の上に置かれたデュランの少し冷たい手から、こいつの鼓動が伝わってくる気さえする。
オレの心臓の音も今デュランに聞こえてるんだろうか?
囲い込まれた視界は薄暗くて、紫色の目から何だか目が逸らせないような感じがして、なのに特に怖いとかそういう圧迫感は無くて、家の机の下にもぐってじっと膝を抱えてる時みたいな妙な落ちつき感がある。
トク、トク、と心臓の音。
自分の音と、デュランのと二人分。
……あ、眠くなりそう。
っていやいや、寝ちゃダメだろ。見てろって言われたし。
えーと、何か暇つぶしになるもん、暇つぶしになるもん……うーん……あ、そう言えばこいつ、相変わらず睫毛バシバシだな。
デイジーさんのアレはやりすぎだと思うけど、こいつの場合あくまでナチュラルに無茶多い。
お前はラクダかよっ! って突っ込み入れたいぐらいだ。
これならマッチ棒乗せ、十本は固いな、うむ。
あと、あれにも似てる。「まつげは常に上を向いていなくてはっ!」って奴……あれ、これだとデュランがヒロインになるのか? ププッ。
うん、でもまぁやる事無いし、暇だから端っこから数えてみるか。えーと……。
とか人が大人しくしててやったっつーのに、一四五本まで数えたところでデュランがパチっと瞬きをした。
あーっ! 貴様ー! 後ちょっとだったのに!
「問題ないようだな」
ふ、と吐いた溜息がくすぐったいです止めてください。
真剣な顔で見つめていた目を少し緩めて、デュランはようやくほんの少しだけ唇の端を上げる。
「もう【動いて良い】ぞ」
そうですか。
オレはその言葉に甘えて、まずはデュランの横っつらを枕でひっぱたいた。
【作者後記】
こんな状態なのにさっぱり甘くない。
ま、ナカバですし。
さて、ご挨拶。
初めての方、お初にお目にかかります。糖分ゼロ、雑味ありの世界へようこそ。お口に合えば何より。
またおいで下さった貴方。今回も肩透かしだったもう来ない、とか思われてたらどうしよう……えぇ、でもこの二人こんな感じです。はい。
それでは、また次の機会にお会いできることを願って。
作者拝




