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黒服救急とオレ

さりげなくやられた事をやり返しているナカバ。

結構執念深い子なのかもしれませんな。

 夕食はホテルの三階にあるレストランでとることになった。

 足元は暗いブルーの絨毯。テーブルには白のテーブルクロスの上に交差するように孔雀緑のテーブルクロスが重なってて、意外と良い感じだ。椅子もクロスの色に合わせて緑色で、金色の縁がちょっと高級な感じ。

 あちこちに観葉樹とか、花が飾ってあって、中央の所はプールって言うか池? みたいな感じのスペースがあって店内の水路の水はあそこから出てるっぽい。

 そのプール向こうのステージではピアノとバイオリンの生演奏。

 これで向こうのテーブルで豪快に笑ってるデイジーさんのバスが加わって無ければかなりロマンチックな雰囲気なんだろうなーというようなお店でした。


 そんなのを田舎者丸出しでぼけーっと見てたら、目の前でぱたぱたと手を振られてしまった。


「ナカちゃん?」

「え? あ、ごめん。何か言った?」

「どうしたの? ぼーっとして」

「うん、ちょっと考え事って言うか、作戦って言うか」


 作戦? と首を傾げてるリムりんに愛想笑いしつつ、オレは隣の席に目をやる。

 オレの左隣。

 窓の外の夜景が一番良く見える位置に陣取ってるこいつ。

 魔王デュラン、かっこ人形オートマタ入り。

 並んだ食事に手をつけようともしないで、さっきからずっとぼーっとしたまま珈琲をかき混ぜているこいつを横目で睨んで、オレは視線を逸らし溜息を吐く。


 さっきの話なあ……一応、あの場で即決で答えは出したんだ。

 それについちゃ男に二言無しっていうか、前言撤回する気も無いんだが……あんなこと言って、こいつ一体どういうつもりなんだろう? 


 オレはもっかい左側に視線をやる。

 デュランは相変わらずぼーっとしてるだけで、さっきから何もしていない。

 表情だってさ、眉がちろっと動くぐらいだし。唇も偶に僅かに動くんだけど何も言わんし。

 言いたい事があるならはっきり言えよ、と足をテーブルの下で踏んづけてもノーリアクションだし。

 ここに来た時に部屋の反対側の席で吸ってた人の煙草の匂いに気付いて嫌そうな顔をしたぐらいで、後はずっとこの調子だし。

 列車の中じゃちゃんと食ってたのにさ、コレ失礼だろ。

 それに、珈琲に何も入れてないのにそんなにかき混ぜて意味あるのか?

 冷めるぞ?


「ナカちゃん?」

「ん?」

「食欲無いの?」

「ううん」


 オレはナイフで切った豚肉の端っこを口に入れる。

 うむ、美味し。

 ま、確かに食事中にぐちゃぐちゃ考える話でも無いかー。

 マッシュポテトをフォークの背に乗っけて、パクっと口に運ぶ。

 ソースが染みてるんで、これだけでも美味しい。さっきのこんがりソテーした豚肉と一緒に食べるのは王道。

 ほろ苦のクレソンと合わせてもイケル、脂身まで甘いって感じの良い豚さんです。


「そう言えばナカちゃん」

「むー? 何?」

「買い物、何か買った?」

「あー、うん。ジュースとチュロと、レプリカナイフとねねねこたんの携帯ストラップとか、珈琲とココアと苺味のマシュマロとか、あと電池と……あとヴィーたんにピロシキおごってもらった。美味しかったよ」

「貴方がそう言ってくれるなら嬉しいですね」

「リムりんも今度一緒に食いに行こうぜ」

「ふふ、今食べてる最中なのにもう次のこと?」

「いや、これも美味しいんだけどさ。やっぱりああ言うのって美味しいなーって思うと、他の人にも食べて欲しくなるっつーか、うん、オススメだから」

「そ。じゃあ次はナカちゃん案内してね」

「うん。ヴィーたんも食べようよ。オレだけ食ってたじゃん」

「いえ、一口分けていただきましたから」

「そんなんじゃ足りなくね?」

「いえ、充分ですから」

「ヴィクトリア、貴方幾ら重量制限があるからってある程度食べないと剣技官としてやっていけないわよ?」

「それはそうですけれど……」

「そうだー、食え食えー。そして太れー」

「いえ、太ってはいけないのですが」

「オレとか食っても太らないぞー……の、伸びないぞー……」

「す、すみません。ナカ吉……」

「ナカちゃん、落ち込まないで」

「くそぅ……何だこの燃費の悪さ……」


 食ってやるー、と豚肉にフォークを突き立てたオレに何故かヴィーたんがそっとオレの皿にこんがり焼けたスズキさんを追加してくれた。

 リムりんもオレンジソースのかかったカモ肉をそっと乗せてくれる。

 ……いや、うん、食べるけど何でその反応?

 いや美味しいから良いですけどもぐもぐ。


 そう言えばデュランはくれないのだろうか。

 思って左を見たら、さっきから一ミリも動いてなさそうなデュランがそこに居た。

 あ、いやもう珈琲スプーンは持ってないからちょっとは動いたのか。

 左手で頬杖をついて、右手は膝の上に下ろしてるっぽい姿勢で、やっぱり窓の外をぼけーっと眺めてるようだ。

 おい、食卓に肘を着くなとか、食事中に手をテーブル下に下ろすなとか習わなかったのか貴様。

 そう思ってデュランの足を蹴飛ばしてやろうとしてオレはふと止まる。


 ……いや、多分気のせいなんだけどデュランの顔おかしくないか?

 いや、顔が異常なのは元からだけどさ。

 何か、周り暗いし顔背けてるからはっきりとは分からないけど……少し、顔が赤くないか?

 他の奴なら「あー、酔っぱらったんだな。ダサッ」で終わるんだけど、こいつが珈琲以外のもの飲むとは思えないし。

 大体その珈琲だってそこで手つかずで冷めている。

 これだって充分異常事態だ。

 重度の珈琲中毒者のデュランが出された珈琲を冷めるまでほっとくか普通? ほっとかねぇだろ。

 もしかして、偽物?

 ……いや、そう言えばさっきデイジーさんの部屋に居る時からこいつ珈琲飲まないで居なかったか?

 うん、確かテーブルに置かれたカップにはまだ並々と中身が残っていて――


「……デュラン?」

「……」


 返事が無い。ただのしかばねのようだ。


 じゃなくて。やっぱり変だ。……これは、もしかするとアレか?

 思いついてオレはそっとテーブルの下に隠れているデュランの手を盗み見てみる。

 そこには、血が滲むぐらいきつくきつく握りしめられたデュランの右手があった。血管が浮くほど力がこめられていて、時折ピクリと跳ねるように動く。

 まるで、痛みに耐えかねたみたいに。


「おい」

「……。大丈夫……だ」


 いや、どう見ても大丈夫じゃないぞ。痩せ我慢も大概にしろってんだ。


「医者呼ぶか」

「駄、目だ……んぅ、く……っ……。……」


 掠れた呻き声をあげて後は沈黙したデュランに、オレは何となく事情を悟る。

 確かに医者は駄目かもしれない。こんな精巧な人形オートマタが動いてたなんてばれるのは拙いからな。

 それで黙って我慢してるってことか?

 なら、事情知ってるデイジーさんにつなげばいいって事だ。

 しっかし、あっちで高笑いしてるあのおっさんにどうやって、他の人に違和感を覚えないで気付かせるか……うーん……お、良い事思いついた。

 

 コーヒー拝借。とりゃっ!


「あ、服に珈琲の染みがー」

「いやぁぁぁぁっ! ありえませんのー!! 黒服カモンですのっ!」

「ハッ」


 思いっきり棒読みだったがデイジーさんの反応は早かった。

 その声に応じてサッと何処からともなく沸いて出た……てか本気でどっから沸いて出てきたんだな黒服ズが今度は躊躇わずデュランを神輿担ぎして、あっけにとられているお客さんの間を嵐のように駆け抜け、レストランの外へデイジーさんと共に消えていった。

 バタン、とレストランのドアが閉まる。


 アデュー、デュラン。

 パタパタとナプキンを振って見送り、オレはやれやれとテーブルの方へ向き直りチャキとナイフとフォークを構えた。

 え? おっかけないのかって?

 だってやる事あるし。


「いっただきまーす」


 デュランの残したお料理、残さず食わないとね。うん。


 

【作者後記】

デュランを追い出した後におもむろに残った料理に手を付けるナカバ。

これでこそナカバだと思います。はい。

出されたものは残さず食べる。粗末にしない。玩具にしない。じいちゃんの教えの一つです。


さて、今晩は。尋でございます。

再度のご来訪、または初めてのご来訪、ありがとうございます。

お気に召したならばどうぞ末永いおつきあいを。


さて、次は運び出されたデュランがどうなったかの話です。

運び出されたまま帰ってこない、とかなると一種の都市伝説になってしま……うわなにするやめ(待


……まぁ冗談ですけれど。

こんな調子の話ですが、宜しければまた次にお会いできることを願って。


作者拝

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