三日目朝とオレ(前)
旅の終わり。
ホテルのチェックアウトを済ませた後、真夜中の約束通り今話題のお店「PITA」で朝ご飯を食べることになりました。やったね!
雑誌にも良く載ってる話題のお店ですよ。
セントラルの駅から歩いて五分。六番通りと四番通りの交差点が見えるところにあるあの店ですよ。
行ってみたら既に店内は込み合ってたし、朝からいい天気だったんで外のテラスで食べることにした。
オレはふわっふわで上に焼きバナナが乗ったまあるいパンケーキと、ほんのり酸味のヨーグルト。これに栗の花からとったらしい蜂蜜をとろーっと落して食べるんだ。お店のお姉さんに無理を言って、ちょっと蜂蜜が固まってジャリジャリ言ってる辺りの貰って来たからワクワクしてる。
ヴィーたんは焼き立てでさっきからレーズンの甘い香りを立ててるレーズンと胡桃の黒パン。それにサワークリームを薄く塗って食べるんだって。それから半熟のオムレツ。温かい黄色のプルプルにクレソンの緑が食欲をそそりますなぁ。飲み物は絞りたてのオレンジジュースで、これはさっきの目の前でお兄さんがギュッとやって出してくれた奴だ。後で一口貰う予定。
朝からしっかり食べます代表のリムりんはまずキッシュ三種類。右から順にほうれんそうとクリームチーズのキッシュ。それから赤パプリカとマッシュルームのキッシュ。ジャガイモとソラマメとツナのキッシュだ。それプラス焼きウィンナー三本。白いのと、ハーブ入りと、茶色のと。あと温野菜サラダにバルサミコのドレッシング。上にちょんと半熟玉子。それからバターロールとクロワッサンとゴマ入りチーズパン一個ずつ。それからホットコーヒー。
お会計の時に天使のスマイルしながら出したリムりんに会計のお兄さんがトレイに乗った量を見てリムりんの顔を二度見下あの表情は忘れられない。
一人前ですよ、それ。
そんなリムりんは今上品な手つきでフォークとナイフを華麗に操ってウィンナーをいただいてます。
「結構三日あれば色々見られるのねぇ」
「だね」
オレは頷く。
移動に半日使うし、今日はもう帰るだけだから実質一日ちょっとだけどわりと充実してた気がする。
またこんな風に三人で旅行したいなぁ……なんて、言ったらわがままだろうか。
「私はもう一日滞在したかったですね」
オレ達の中じゃ一番小食なヴィーたんが食べ終わって、新聞を読みながらそんなことを言う。
「何か見たかったのあった? ごめん、オレが迷子なったから見られなかった?」
「いいえ。大丈夫ですよ……ただ今日、中央十騎士の就任式があるそうですから」
「へー」
「ああ、それで人が多いのね」
レモンとパセリの白いウィンナーを口に運びつつ納得したようにリムりんが呟く。
ナイフでプチっとした瞬間、荒挽きのお肉が詰まった大理石みたいな断面から、肉汁がじゅわーっと溢れてたあれです。
じーっと見てたらオレにも一口くれた。うまうま。
おかえしにオレもパンケーキをあげた。
リコッタチーズを生地に混ぜ込んでるとか何とかで、ふわふわクリーミーなお味で、白い粉砂糖でおしゃれしちゃってるカワイイ奴だ。
ヴィーたんはもう食べ終わってたけど、折角なので同じように一口切って皿に分けたげた。
ちょっと考えてからリムりんから貰った苺ジャム(パンにくっついてた)を一滴上に落して、真ん中をフォークでついっと下に引っ張る。
「じゃーん、ハート」
「あ、ありがとうございます」
ヴィーたん可愛いの大好きだもんね。そんなヴィーたんが一番可愛いと思う。異論は認めない。
リムりんが羨ましい。私もちょうだいとかこれまた可愛いことを言ってたんで、リムりんにはブルーベリージャムで羽模様を描いといた。歪んじゃったけどね。
「で、何かあんの?」
「もぅっ、ちゃんと聞いてなかったの?」
「うん、ごめん」
食べるのに夢中でして。
「中央十騎士の就任式が明日なんだって」
「へー……」
「この方だそうですよ」
新聞見せてくれたんで画面を覗き込んでみた。おお、なかなか頼りになりそうなおばちゃ……ゲフゲフ、ご婦人ですな。
「確か六十年ぶりの第三位就任ということでしたね」
「あー、そう言えば家でワイドショー見てた時に言ってたかも」
後のことはよく覚えてない。
コメンテーターのおっちゃんの頭の薄さが気になってそれどころじゃなかったし。
「芸能人も結構来るみたいだから、その芸能人目当ての人も多いんじゃないかしら……」
「普段から入場人数制限しているような場所ですからね、ここは」
「あ、あれ女優のカタリナ・ハラーンじゃない?」
「え? マジ? どれどれ? うわ、本物だ」
「そう言えばあちらの方々も何やら芸能関係のようですね」
「ああ、あれMAXIMのモデルじゃない。エイダとセスって聞いたこと無いの?」
「あんまし」
「私も……」
「もー、もうちょっと二人ともそういうことに気を使いなさい」
「えー、リムりんが着れば良いじゃん。可愛いんだし」
「……っ、そういうことじゃないの!」
拳を握ってブンブンしながら主張するリムりんの可愛さは犯罪急だと思う。萌える。
「あちらの方はキクリスグループのCEOですね。それからハドソンのゲーリー・シャネル氏。付き添っているのは恐らく娘婿で東大陸支社長のルーズベルト氏ですね」
「貴方そっちの方は詳しいのね……」
「貴方ほどではありませんよ。ただ、私の家も商家のはしくれですから」
「さっぱり分からん。今の首相が誰かも分からん」
「ナカ吉はもう少し勉強した方が良いですね」
「そうね、勉強しなさい」
「……はい。あ、じゃああれも財界の人?」
「どれですか?」
「あっちの灰色のスーツ太ったおっちゃん……あ、見えなくなっちゃった」
「んー、それじゃあもう分からないわね」
「じゃあ、あれはモデルの人?」
「え? どれ?」
「あっちのピンクのレースの日傘の人」
「あれはただの一般人じゃないかしら……そういう趣味の」
「そっか、じゃああの白い服の人はモデル?」
「どれ?」
「あの白ずくめの背の高い人……あ、行っちゃった。あ、じゃあじゃあ、あの人」
「ナカ吉、落ちついて食べなさい」
「……はーい」
注意されてしまったし、仰ってることはごもっともだったんでオレはその後黙々とご飯を頂きました。
ちなみに評判通り大変美味しい朝ご飯でした。
作って下さった人、パンケーキ冷えるまでほっといちゃってすみませんでした。
その後、皆で預けといた荷物を回収して駅に向かった。
そこで改めてオレがミレイの素晴らしさについて力説して駅員さんにどん引きされたり、リムりんがヤロー三人にナンパされだしたんでオレとヴィーたんでおっぱらったり、しっかりしてるようで意外と抜けてるヴィーたんが登らなきゃいけないのに下りエスカレーターでドナドナされちゃったり、アサギに乗り込むまでに色々あったけど、結局出発の三十分前には辿りついてた。
「時間あるけれどどうする?」
「ミレイに敬意を表して駅のホームに頬ずりしてる!」
「頬ずりは止めてくださいね。怪我をしますから」
「じゃあ貼りついて来る」
「邪魔にならない位置でやってね」
「おけ、了解。何か飲み物買っとく?」
「大丈夫よ」
「ふーん、じゃ行ってきます」
というやりとりがあって、オレは荷物は車内に置いてホームに戻った。
そのままホームでベンチに座って多分傍目にはぼけーっとしてるようにしか見えない至福タイムを満喫してた。
ミレイ良いよ、ミレイ神だよ。
そんなんでニマニマしていると、いきなりエスカレーターの登り口のところから「マサキ」とか呼ばれた。
……うん、気のせいだな。
ああ、しかしミレイ良いですねぇ。やっぱここに住めないかなぁ。
なんてぼんやり考えてたら、
「……おい」
後ろから随分偉そうな声をかけられた。