待伏傭兵とオレ
はい、右見てー、左見てー、もう一回右見てー。
異常なーし。
よーし、じゃあ正面見てー……異常あーり。
うん、今ですね。何かド正面の【内苑】の門のところに誰かいるんですよ。
ピンクの髪の人が、何か居るんですよ。
腕組んじゃったりして、こっちにまで何かイライラオーラが伝わって来るような感じで居るんですよ。
アレがアドルフに見えるオレの目が間違っていると誰か言って下さい。
いやいや、でもこの距離だし。思い違いかもしれませんよねー。
てかピンクの頭だって何人か居るんでしょう。そりゃ世の中広いから居るよね。そりゃそうですとも。
黒いでっかいバイクみたいなのが脇に停まってますけど、まぁあれだって世の中探せば十台ぐらいはきっとあるはず。うん。
何か剣みたいな武器持ってるように見えるけど、遠いから目の錯覚かもしれないし。他の物かもしれないし。仮に剣だとしても、剣を持ってる人だって世の中千人ぐらいはいますよ。えぇ。
……で、三つ揃い踏みになる可能性はどれぐらいあるんでしょうか。
駄目だ、どう考えてもピンポイントで嫌な方向に当たっているとしか思えない。
「……デュラン、別の所から行かね?」
「何故だ? 待たせているのだろう?」
やっぱりそう見えますか!
でも断固として主張しておく。
「誰も待たせてません。頼んでません。そんなこと聞いてません」
「そうなのか?」
「あのさ、ちなみに……あれ、誰に見えた?」
オレよりはるかに良い目をお持ちのはずの魔王様に恐々聞いてみると、デュランは不思議そうな顔をして、
「DDDのア」
「ストーップ!」
それ以上聞きたくない、とガクブルで耳を抑えてうずくまるオレ。
え? 何なに? と目をぱちぱちさせるデュラン。
うん、だよね。やっぱりそうだよね。
あれってアドルフですよねー……でも何であそこで待ち構えてんの? 何か嫌な予感しかしないんですけど。
いや、うん、怒られる覚えなら山ほどありますけどね。
何のかんの言って仕事場から無理くり引っ張り出して、バイクまで出させましたからね。
勝手に仕事に割りこみかけましたからね。
好き放題言いましたからね。
払えるかどうかも分からない口約束で、多分リーダーっぽいアドルフをアゴっていうか口で使っちゃったけどね。
オレはこそっと時計で時間を確認する。
うん、二時間くらい経過してますね。
二時間屋外で立ちっぱなしの待ちっぱなしってことですね。
……うん、死亡フラグが見えます。
やばい、涙で前が見えなくなりそうな気がする。
え? 一滴も流れてないだろうって? うん、まぁね。そうですけどね。
「ナカバ?」
「……いや、大丈夫。まだ確定じゃないはず。うん、平気。平気なはず」
ここはあれだ。知らない人の振りしてさくっと通り過ぎてしまえば良いのですよ。
それにもしかしたらオレより魔王待ちかもしれないじゃん。うん、そうだよ。きっとそうだ。なーんだ。よし、GO。
とか思っていた時代がオレにもありました。
うん、何かバッチリ視線を感じます。
バリバリとロックオンの感じがします。
怖い、マジで怖い。何で? いや、思い当たる節多すぎて分からんけど、絶対何かアレ怒ってるよ。
もう視線で穴開くから勘弁して下さい。
こちとらキリトリ線より簡単にぺりっと破れる人ですから。
ガクブルしながらデュランの腕にぎゅっと捕まったら、デュランがクスっと小さく笑った。
あと距離百歩くらい。
何かタバコっぽい物を咥えて苛々した感じで地面を爪先でタップしていたアドルフ(やっぱアドルフでした)が、よっかかってたバイクから体を起こした。
うわー、見られてる。
今オレめっちゃ睨まれてる。
これは死ぬ。
さっきのアールアーレフさんの時なんか楽勝レベルだったんですね。
こっちの方がピンチですよ。
思わずさっとデュランの後ろに逃げ込んだら、感じてた視線が更にレベルアップしやがりました。
止めて! オレのライフはもうゼロよ!
「ナカバ……」
「デュラン黙ってオレの盾になれ。はい、デュラン☆ガード発動。デュラン☆ガード!」
「マサキ」
……。
「呼ばれたぞ」
「聞こえません聞こえません。あーあーあーあー」
「マサキ」
……。
「……返事をした方が良いのでは?」
「……はい」
泣いて良い?
オレは渋々頭だけそーっとデュランの背中から越しに様子を窺ってみる。
うわぁ、むっちゃ見られてる……怖い。
「マサキ」
「……はい」
「お帰り」
「……はい?」
え? なんだって?
聞き返したオレに何か不機嫌そうな顔でアドルフは「お帰り、マサキ」と繰り返してきた。
えぇっと。
「……」
「お、か、え、り」
「……ただいま、です」
「ん、お帰り」
……えーっと、それで? 何のご用でしょう。
プルプルしながら様子をうかがってたら、アドルフは何故か深い溜息を吐いて眉間に寄った皺を指先で揉みほぐす仕草をした。
それから何と無くさっきまでのしかめっ面と違う、呆れたような目をオレに向けてきた。
何さ。
「ま、良いか……」
何を納得されたんだ。
「で、怪我は無いのか」
「え? うーん、むっちゃグサグサに」
「何だと?」
いや、そんな身を乗りださんでも。
思わずビクッとしてデュランの後ろに引っ込みつつ、オレは「いや、でも今は治ったよなデュラン?」とデュランにパスを振る。
「あぁ、まぁナカバが来るまでの間に少々やられてな」
「……あぁ、陛下がですか。で、お前は大丈夫だったのか、マサキ」
「え? 何で?」
……いや、うん、そりゃあ。
「まったくピンピンしてますが……」
「そうか。良かったな」
「え? うん?」
まぁ、怪我はしない方が良いもんね。
オレが頷くと、アドルフもようやく笑って頷き返してくれた。
……てか、何かいつまでも「何勝手に俺のことこき使いやがってんじゃ、このチビジャリが。タマぁ取られる覚悟できてんだろうなぁワレェ。あぁん?」的展開にならないんですけど。
えーっと、もしかして。
「怒ってないの?」
「は?」
「あれ?」
「……何で俺が怒るんだ?」
「あ、いや。気にしないで下さい。ナンデモナイデス」
変に寝たトラを起こすこともないですよね。えぇ。
あ、そうだ。
「ほら、サイフ!」
ほらほらー、ちゃんと報酬持ってきたよ! ね? これで良いだろ?
ぐいっとデュランを奴の方に押し出して主張してみると、何か呆れられた。えー、だってコレ目当てじゃねぇの?
デュランも押し出されて苦笑いしながら、アドルフに「御苦労」と声をかける。
相変わらず偉そうな。
「ナカバが世話をかけたな」
「いえ……こちらの勝手な判断で依頼中に行動して申し訳ありませんでした」
「や、それオレだから。デュラン聞いてる? オレが言った訳。アポロ脅して、えーっと……とにかくオレのせいだから」
「あぁ、分かっている」
ぐいぐい後ろから引っ張って主張したら、デュランに頭をポムポムされた。
とりあえず手を叩き落としておいた。
「二人とも、世話をかけた」
「いえ……」
「そうだそうだ。謝れこの野郎。珈琲抜きだ」
「……珈琲抜きは困るな。まぁ、ナカバの頼んだ分は私が立て替えておくが構わないな?」
「勿論です。ありがとうございます」
仕事人間の顔でアドルフが言う。
それにデュランは笑って、「さて」とオレの頭に手を置く。いや、だから止めろ。
「歩いて帰りたいのだが、もう少し護衛を頼む」
「……少し離れていましょうか?」
「あぁ、少し話したいことがあるからな。そうしてくれ」
「分かりました」
頷いたアドルフに、デュランは首を捻って背中側にくっついてたオレを見下ろす。
「では、歩こうか」
えー……送って貰おうよ。