説教最中とオレ
ベチィっと良い音がして周囲がしんと静まり返る。
殴られたデュランは特にどうという表情もしてなかったけどね。
でも、多分オレの動きなんかお見通しだっただろうに、防御も回避もまったくしなかった。
良い心がけだ。
「マサ、キ様……」
「クロ」
震える声で何か言いかけたクロ様を構うな、と目で制してデュランがオレを見下ろす。
オレもデュランの紫の目を見上げる。
ついでに、両手を伸ばして、がしっと奴の襟首を掴む。
そして、
「おーまーえーはーアーホーか」
ゆっさゆっさと揺すりながら、オレはデュランに向かって言う。
「アホか。てかアホだろ。何一人で勝手なことやって死にかけてんだこのアホ、馬鹿、間抜け、ドジ、考えなし、すっとこどっこい、こんちくしょうのべらぼうめ」
渾身の力でぐいぐい絞めてゆさぶって、オレは言う。
「お前少しは頭使えこの馬鹿。考えろ馬鹿。何やってんだ馬鹿。反省しろ馬鹿。むしろ詫びろ馬鹿。謝れ馬鹿。豆腐の角に頭ぶつけろ馬鹿。てかとにかく馬鹿だ。お前馬鹿すぎ。こんの、馬鹿!」
「……すまない」
「はーあ? すまないだぁ? じゃあ何が悪いか分かってる訳? 言ってみ?」
「お前を危険に」
「はいバーツ!」
ついでにデュランの足キーック!
ついでにデュランの頭ペーシ!
ついでにデュランがきょとーん。
……駄目だこいつ。本気で分かってねぇし。
「何でオレが怒ってるかサッパリ分かってねぇのなお前」
「……危ない目にあわされたからではないのか?」
オレにぐいぐい首絞められながら(傷が治ったので心おきなく絞めてます)デュランが戸惑ったように瞬く。
「怖くはなかったのか?」
「怖いに決まってんだろうがー!」
当たり前だ。あんな風に殺意を向けられたのは初めてだったから。
「怖くない訳ないじゃん! あんな、オレ……」
「……すまない」
「そこで謝らない!」
言ったオレに「え?」って顔をするデュラン。
「そこは謝らなくて良い。オレが選んできたことだから、デュランには関係ない」
「だが恐ろしかっただろう」
「だから言ってんじゃん。無茶苦茶怖かったってか怖いなんてもんじゃねぇですよ。頼まれたって二度とやりませんよ。ったく……馬鹿デュラン。馬鹿」
「す……」
「あぁっ?」
「……いや、何でもない」
ギロッとすごんだオレに言いかけた言葉を飲み込むデュラン。よろしい。
「で、何か反省点は見つかったか?」
「……」
「……本当に分かってない?」
「……」
首絞められたまま困った顔をするデュラン。
……マジで分からんらしい。
本気このまま首絞めたおそうかな……。
「あのですねぇ……じゃあ、何でオレがここに来てると思ってんの?」
「一発殴る為では?」
うん、まぁそうなんだけどね。
このアホ一発どついたろ、とは思ったけどさ。
「何でそう思ったか分からない?」
「腹が立ったからでは?」
「だから、何で怒ったと思ってんの?」
「……危険だから」
「誰が?」
「お前が」
「あのさぁ……それは違うだろ。オレは危険でもお前のこと一発殴らにゃあと思って安全な所からわざわざ来たわけ。それは何でかって話だろ」
「……。?」
……。分からないらしい。
「馬鹿だな」
「……そのようだ」
「あのさ、すごく簡単な答えなんですけど」
「簡単? ……寝ぼけていたのか?」
げーし!
とりあえずデュランのむこうずねけっとばしておきました。
今回ばかりはクロ様も微妙に苦笑いしていた。
こんな意識はっきりした寝ぼけがあるか。てか寝ぼけで怒ってここまで来ちゃうってオレどんな重症の寝ぼけですか。
「あのな、デュラン」
首絞めてた手を外して、ぺちっと奴の顔を両手で挟んでオレは言う。
「知り合いが独りで死にそうな所行ったら心配すんだろうが」
「……何故だ?」
デュランがオレの手挟まれて「ぷふー」みたいな感じになってる顔できょとんとする。
「俺は簡単に殺されるような存在では無い。これが人形の……仮初の体だというのも分かっていただろう」
「分かってるよ」
「ならば何を心配する」
「決まってるじゃん」
オレは手で挟むのをやめて、今度はデュランのほっぺたを摘まんでうにーっとひっぱる。
「お前だよ」
「……何故だ? 心配をする理由が無いだろう」
「理由ならあるよ。知り合いじゃん」
オレの言葉にデュランが口をぐにぐに横に引っ張られながら目を丸くする。
何で驚いてんだよ。
「当たり前だろ。オレ、一緒にこっち来てるんだぜ? 居なくなったら心配するだろうが」
「……」
「しかもさぁ、黙って勝手に居なくなるし。そりゃあ、別れの挨拶されてたけど、あんなのじゃ気付かねぇっつーの。てかあれわざとだろ」
「いや、まぁ……な」
「それでロアから連絡あって驚いたし。調べてみたらどうもロクな感じじゃねぇとこフラフラ出かけてるっぽいし。探しに行ったら寒かったし。途中で色々大変だったし。死にかけたし。眠いし」
「……すまん」
「二十四にもなって、出かける時にどうするかぐらいちゃんと分かれ」
うにーっとデュランのほっぺたを限界まで引っ張ってから離して、オレは赤くなった痕に手を当てる。
「どうする、とは」
「言えよ」
「……」
「ばれなきゃ良いって問題じゃないし、お前一人で解決できるからっていう話でも無いんだからな」
オレは溜息を吐いて、手を下ろす。
「そりゃ、お前なりに考えてたとか、オレ達が気遣われてたっての分かってるつもりだけどさ……でも、オレ達が気付かなけりゃ良いってことでもないし、お前が頑丈だからってそれがお前だけが怪我して痛い思いすんのが当然だって理由にはなんねぇよ」
「……だか、お前達が傷つくよりも良い」
「合理的っちゃあそうかもな」
確かにあそこでデュランの人形が壊れていたとしても、目的は達成できていたんだろうから。
オレが予測したように。
もしかしたらアールアーレフさんだってしなびずにすんだかもしれない。
ファリドじいちゃんは夜中に奔走しなくて済んだかもしれない。
オレはなんにも知らないでベッドで今頃ぐーぐー寝てただろう。
損失はダミーが二つだけ。
確かにスマートだ。
「それに……これはお前に背負わせて良い話でも無い」
デュランの紫色の目にオレが移ってる。
ちっぽけで、貧相で、目つきが悪いばっかりのガキが。
オレなんて所詮、こんなもんだ。
どうやったって話の中心にもならんし、世界の命運とやらに関わるタマでもない。
その辺で生まれて、適当に不幸で、適当に幸せな人生を送って、それなりの時に死ぬ。
魔王とは。
デュランとは、違う。
だから。
「背おわねぇよ、そんなもん」
難しい顔をしているデュランに笑って、オレはデュランの手を拾い上げる。
指が長くて、節が意外と高くて、ちょっと骨ばってて、大きいデュランの手。
オレの小さい手とは持てる物のサイズが違う。
当たり前だ、オレはデュランじゃない。
「相談されても困るし」
「……ならば」
「でも、出かける前にどこに何しに行くぐらいは言えよ。普通のことだろ」
一緒に来たんだから。
デュランがパチリ、と瞬く。
「相談されても、背負わされても困るけどさ。それぐらいは言えよ。そんでもって、お前視野狭すぎって思ったらさっきみたいにぶん殴って、考え直させっから」
「……。それは、OKが出るまで出かけられないのでは」
「うん」
当然。
「お前一人で考え込みすぎるから、自分が怪我することで他が安全なら良いやーとか思いこんじまうんだよ。オレが同じ事したら絶対止める癖に」
「お前と俺とでは立場も能力も違う」
「でもオレだって、知り合いが傷ついてて平気でいられる訳じゃない」
自分の傷は痛くても我慢できる。
でも、知り合いの傷は痛そうで、とっても辛い。自分よりも痛い。そう思えてしまう。オレはそうだ。
多分、デュランも。
「オレが知らんでゴロゴロしてる間にお前が死んでたら、絶対後悔する。独りで死んでも平気だって思ってるお前に腹立てる。そう思わせた原因の一つのオレを許せなくなる」
「……お前のせいではない。それに、知らせるつもりもなかった」
「最後まで知らなかったとしても、それで良いってことになる話じゃねぇよ」
多分その方がむしろ罪深い。
知らなかったは免罪の札じゃない。知る努力をしなかった有罪の証だ。
「独りなろうとすんなよ。実際、独りじゃないんだし。なろうとするだけ無駄」
「……」
「オレはお前を助けることも出来んし、頼られても困るし、せいぜい足引っ張って邪魔するぐらいが精いっぱいだけどさ。独りを当たり前にさせないぐらいはするから。知り合いだし。此処にいるし」
オレだけじゃない。
最初にデュランが逃げやがったことを教えてくれたロアだって。
仕事中なのに、目ぇつむって協力してくれたアドルフだって。
勤務時間外の夜中に、寒い廊下でずっと待機してくれてたファリドじいちゃんだって。
今病弱なのにこっちにきてくれてるクロ様だって。
デュランの為にここに居る。
何とかしたい。
力になりたい。
支えになりたいと思っている気持ちを総スルーしやがったアホの子なのに、それでも皆デュランの為に動いてくれた。
オレなんかより、よほどデュランに甘い人達。
だから甘くないオレが殴って、良く言い聞かせておこう。
「大事にされてるってこと自覚しろ。んで慣れろ」
それは独りでいるよりもずっと大変なことだ。
きっとデュランの問題は大きすぎて、他の人にはとても支えられないものなんだろうけれど。
そこに他人を抱え込む余裕なんてなくて、デュランはデュランで精いっぱいやっているんだろうけれど。
負担が増すだけなんだろうけれど。
それでも。
独りで傷ついて、死んでゆくのが当たり前だと思っているような奴に選択権は与えてやらない。
恨むならオレの知り合いになった自分の馬鹿さを恨んでろ。
オレは、お前を独りになんてしてやるきはさらさらない。
だって、デュランはオレの大事な奴の一人になってるから。
「オレの怒った理由、分かった?」
「……ああ、すまなかった」
首を傾けて見上げたオレに、デュランがふわりと目元を緩ませる。
「次はちゃんと一言断ってから出る」
「ん」
宜しい。
うむ、と頷いたオレにデュランはちょっとだけ何かの感情の混ざった笑顔を浮かべ、オレの手を握り返した。
それはやけに優しい、柔らかい握り方だった。
【作者後記】
起承転結の転の部の完了です。
ここで多くを語るのはやめておきます。
ただ、この話を読んで下さった貴方に感謝を。
あとはゆるりと終結に向かうだけ。
作者拝