全力一撃とオレ
一度温まったケツが冷えてきた頃ファリドじいちゃんがクロ様連れてきてくれたんだけど(半分脅したみたいな感じだったのにスマン)、その後がまた大変だった。
倒れてるアールアーレフさんを(多分)素でスルーしてデュランに駆け寄るクロ様。
おいおい、正直すぎだろ。
「お義姉様……」
近寄ったせいでデュランの状態が分かったんだろう。
口元を覆って、その場にへたっと座り込むクロ様。
その仕草がオレとかよりもよっぽど女の子女の子して可愛いんだが……何だろうこの微妙な敗北感。
や、オレは女らしさとか全力投球で投げたい人だから良いけどさ。
良いんだけど、何か、微妙。
ちなみに、クロ様もオレよりデカイです。背の話ね。胸は比べてませんから。
何と無く心の中で誰かに向かってそんな言い訳をしてたら、デュランがちょっと可哀そうな物を見るような感じでオレを眺め、「クロはそもそも胸など出来ないぞ」とか目でのたまいやがった。
……。
……そうでした。
うん、良い。気にしない。人外のデュランも当然胸ペタだし、クロ様もペタだし、オレもペタだし。これで役満ってことにしておく。超豪華メンバー。
そんな緊張感に欠けたこと考えてたら、クロ様が手を伸ばしてデュランの首の辺りに触れた。
今は出血は止まってるけど、傷は残ってるしね。
オレがチラ見したクロ様の顔は凄くつらそうで、オレはてっきりあの朝の時みたいにポロポロ泣きだすんじゃなかろうかと思った。
けど、クロ様は今回は泣かなかった。
余計に辛そうに見えた。
「ごめんなさい、お義姉様……私がもっとしっかりしていれば……」
絞り出すような謝罪の声に、デュランが目だけで苦笑する。
それより、さくっと治療した方が良いと思うんだけど。
オレが目で訴えてみると、クロ様はハッとしたようにオレの方を見て「そうですね」と優しい顔でちょっとだけ微笑んだ。
それからスッと真面目な表情になり、デュランの方に「お義姉様」と話しかける。
「宜しいですか」
いや、何微妙に嫌そうな顔してるんだデュラン。
おまいは注射が嫌いなオコチャマですか。大人しく治されとけ。
オレとクロ様のダブル視線(片っぽが心配。片っぽが殺人光線)を受けて観念したのか、デュランが頼む、って感じで目を閉じる。
が、デュランはとりあえず調伏……じゃない、説得出来てもファリドじいちゃんは納得できなかったらしい。
「しかし、姫」
ぶほっとここで噴いたオレを責めないで欲しい。
いや、「姫」ってヲイヲイ……いや、似合いますけどね。確かに姫っぽいけど。ブプッ。
あ、じいちゃんメッチャ睨んで来てる。
でも姫ってそんな……ねぇ?
「ファリド」
姫と呼ばれ……ブッ、駄目だ。笑える。えーと落ちつけ。
うん、クロ様がファリドさんのことを一言窘めるように言う。それだけで黙り込むファリドじいちゃん。
格差社会ですね。成程。
「お義姉様のお怪我は私達が至らないせいなのです……己の過ちで傷つけた方を助けずして、どうしてこの場に居られましょう」
「姫……」
「貴方も、私達と共に来るのならば良く心得なさい。目の前の一人すら躊躇い助けられない者は此処にいる資格など無いのです。分かりましたね」
「申し訳ございません。出過ぎた真似をいたしました」
あんまりに正論なクロ様の言葉にそのままハハーっと平伏するファリドさん。
うん、ちょっとクロ様見直した。
てか水○のご老公を見た感じでちょっとワクワクしましたよ。まぁ、銀髪美人のご老公とか何かちょっと違うけど。
んで、「お待たせしました」と申し訳なさそうにデュランの傍に膝を着くクロ様。
別に構わん、と目で答えるデュラン。
でもどうやって治療するんだろう。気になったんでじーっと観察していたらクロ様がデュランの首の傷に触れた。
瞬間、ベキバキッみたいな音がして傷が消えた。
……はい?(○京さん風に)
え? 何か消えたんですけど。てかあんまり治療っぽくない音したのに何故に?
なになに? とオレがきょろきょろしてる間にもデュランの「治療(?)」を続けるクロ様。そして傷が消えたり、腕が戻ったりするたんびにどっからかベキベキ、バキバキ、ゴリッとかいう音が聞こえて来る。
その効果音に毎回肩ビクッてさせてたら、デュランが苦笑いしながら涙目のオレに「志村、下、下」とか目で語りかけてきた。え? 下?
うおっ! 何このバッキバキな床!
思わずずささーっと後ずさったら、何やらデュラン修復作業完了、って感じで振り向いたクロ様にクスッと笑われてしまった。
うん、ちと恥ずかしい。
「どうも……」
「マサキ様、お義姉様を助けていただいたそうですね……ありがとうございます」
「いや、助けてませんので……」
邪魔しに来ただけですので、どうぞお構いなく。
とりあえず握りっぱなしだったデュランの手を離してオレは大人しく壁際に引っ込む。
しかしなんだろう、あの床のビキボコ具合は。
うん、でも良いや。
オレみたいな背景は背景で大人しくしてますよ。
ファリドじいちゃんがオレが立てないのをみて手を伸ばしてくれたけど、丁重にお断りしておいた。何か機嫌損ねたぽかったので「オレ、イケメンアレルギーなんです」と理由を述べたら機嫌が回復してた。
うむ、単純よのう。
しかし寒い……マフラー巻き直しておこう。そして眠い。かゆ、うま。
「ナカバ」
そのまま気付かないうちにうとうとしてたらしい。
声で引き戻されて目を開けると、デュランがオレの前に片膝ついてこっちを覗き込んでた。
服は相変わらず血みどろ……ん? 血どろみ? どっちだっけ? どろみで良いや。何かどろみって女の子の名前っぽいし。どろみちゃーん。
「寝ぼけているのか?」
「あ、うん、そうかも……」
若干起き抜けのテンションって変になるよね……。
いまいちはっきりしない頭を振って、オレは立ち上がる。
んー?
「あれ? デュラン?」
「あぁ、そうだが?」
「……おー、デュランだ」
「そうだな」
いや、ごめん。苦笑する気持ちは分かるんだけどね。大丈夫、ちゃんと目は覚めましたよ。
「あれ? アールアーレフさんは?」
「……クロとの話し合いを終えてな。先程処遇が決まった。聞きたいか?」
「や、別に。そこはオレが聞いたりどうこうする話じゃねぇもん」
「そうか」
オレは多少お膳立てにかすってみただけで、あくまでも脇役未満ですから。
そこから先のデュランやクロ様が抱えている問題はそれにふさわしい人達が解けば良い。オレは興味も無いし、興味があったとしても関われる力が無い。
それよりも。
オレはじっくりデュランの頭のてっぺん……は見えないけどデコの辺りから爪先まで見下ろす。
「元気?」
「あぁ」
「調子戻った?」
「少し血が足りないがな。意識ははっきりしている」
「ふーん、じゃ、ちょっとしゃがめ」
ちょいちょいと指で合図したオレにデュランが少し首を傾げてしゃがみこむ。
「もちょっと」
「こうか?」
「あ、うん。そんな感じ。じゃ」
歯ぁ食いしばるんじゃねぇぞ。
オレは渾身の力を込めて、デュランの横っ面をグーで殴った。