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懸命繋命とオレ

 言い訳させて貰うとですね、オレだって別に平気ってわけじゃないんですよ。

 こちとら小市民ですから。

 若干特殊だけど、立場的には平凡な小市民ですから。


 こんな修羅場なんざ初めてじゃー! 冷静な訳ねーだろうがーっ!


 ちくしょう、デュランの奴。

 オレのリクエスト通り美人なおねーさんに刺されるとか、お前何無駄なサービス精神発揮しまくってんですか。このドMめ。

 それにオレのリクエストは痴情のもつれであって事情のもつれじゃない。

 やるならちゃんとやれ。


「……チッ」


 ああ、もう。お陰でだんだんオレのガラが悪くなってるじゃないか。

 それもこれも魔王が悪い。

 本当に。

 本当に、もう。あーあー。


 溜息吐いて、オレは座り込んだまま肩を落としてちょっともぞもぞする。

 ケツが冷たいせいですけどね。

 ま、良いや。

 ここまでの分は全部後で一括払いのトイチでデュランに請求するから。後で出来ることは後でやろう。

 それよりも今は、今やらなきゃならないことをやるべきだ。


 ペチン、と自分の腿を叩いて気合いを入れ直して、オレは絶賛放置プレイ中(しかも死にかけ)のデュランの方を見る。

 ……そう言えば、生きてる?


「今も、生きてるかなー?」


 や、オレはどこぞのグラサン司会者ですか。

 セルフつっこみしてみたら、デュランの紫の目がオレを見てちょっと苦笑した。

 いや、目で「いきてるともー」とかナチュラルに返されても物凄く困るんですけど。てか何その無駄な高等技じゅちゅ……高等技ゆ……高等じ……スゴ技は。

 いや、生きてるのは良く分かりましたけどね。

 お前、そんな血まみれの恰好で体張ったギャグかましてる場合じゃねぇだろうと小一時間ほど説教したいですよ。

 魔王ならもっと別のところで命張れよ。

 とりあえず行こうと思ったけどまだ膝が絶賛爆笑中だったんで、ずりずり這って傍まで行ってみた。


 ……。

 ……。

 ……うん、アレですね。

 グロイです。うぇっぷ。

 や、大丈夫か、とか目で話しかけられてもね。ってこの状況が大丈夫に見えますか?

 何故か無事な方の手を伸ばして頭撫でてこようとしやがったんで全力で叩き落としておきました。

 けが人だろうが容赦はしねぇ。

 てか誰のせいだと思ってんだ、誰のせいだと。

 ったく。しょうがねぇな。

 オレはこれ見よがしにふかーい溜息を吐いて(これぐらいは死にかけ相手でも許される気がするし)、強張って上手く動かなくなってた手でなんとかリュックを下ろして、中を漁ってガーゼとか消毒液を取りだす。

 ホントは止血したいけど、喉からの出血とかハードル高すぎて小市民のオレには無理ですよ。


 ……一応、全力でデュランの首絞めてるオレを予測した人に断っとくけど、それ止血じゃない。殺意だ。

 一応トドメさす気は無いから。

 とりあえずデュランには元気になって貰わないと困るし。

 この場合の止血っつーのはですね、首の付け根から反対側の肩にかけて包帯とかを巻いてぐいっと捻って絞めるんですよ。リレーのたすきのきつい版、みたいな。

 直接圧迫みたいな効果はねぇけど、多少マシになるはずなんです。はい。

 たださー、今のデュランってどう頑張って妄想してみても全身ヤバイんだよね。

 腕とか足とか、ほら……うぇっぷ……折れてるっていうか、うん、ああ気分悪くなってきた。

 もちつけオレ。

 うん、とにかく動かしたら拙いんだよ。多分。

 なのにこいつ、この前近所の川にやってきたなんちゃらアザラシみたいな感じで横倒しなんですよ今。

 市場のマグロでも良いや。とにかくゴローンと横倒しなんですよ。

 どうやってたすき掛けしろと?

 しかもオレよりデカイ奴のこと動かすとか無理。

 意識ない人の体ってマジで重いんだよね。

 それに、デュランって見た目ほそっちいけど脱ぐと意外と良い体してるし。男なら骨も太めだろうし……魔族がどうなってるかは知らんけどさ。

 それをオレの力でねじり入れてもどこまで止血出来るか微妙なんですよ。

 しっかり出来たら出来たで今度は頭に血が行かないし。

 ま、出来るのはせいぜい血ぃ拭って感染症予防とかかなぁ、と。

 魔族が感染症にかかるのかっつー突っ込みは歓迎ですけどね。ちなみにかかるかどうかは知らん。知るか。


 ということで黙々と作業してたら、後ろの方で恨みがましい声がした。


「どう言うつもりですか」


 あ、アールアーレフさん喋れたんだ。てか、デュランのお陰でプチ復活中なんだろうか。


「……どう言うつもりですか」


 復活はまぁ、多分それなりに目出たいんだろうけど、一言言いたい。

 オレ、今真剣作業中。


「どういう」

「うっさい。邪魔」


 手元が狂ったらどうしてくれる。

 結構神経使うんだからな。ついでに消毒薬も使うんだからな。

 ……これ、けっこう良い値段するのに。チッ。


 意地でも無視してやろうと思ってると、アールアーレフさんの方角から溜息が聞こえた。

 とりあえず舌打ちで応えておいた。

 いや、デュラン、何故にお前がそこで呆れた目をしてるんですか。笑うな。ガーゼ傷口につっこむぞコラ。


「恩でも売ったつもりですか。大した偽善者ですね」

「……」

「情けをかけて気分が良いですか?」


 ……。

 うん。うざい。

 とりあえず箱から新しいガーゼを引っ張り出して、使い終わったのはビニール袋に投げ込んで、オレは消毒液をペシペシと噴きつける。

 だんだん軽くなってく消毒液のボトルが悲しい。

 家に帰ったら新しいの買いに病院に行こう。結構面倒なんだけどね、家から遠いし、高いし、電車賃バカにならねぇし。


「聞いているのですか? 何故、助けたのかと聞いているのですよ」

「助けてねぇし」


 しつこいので、オレは諦めてゴミ袋の口を縛りつつ答えておく。

 ちなみにデュランの見た目は大分マシになりました。ついでに余ったガーゼで顔の汗も拭いてあげたオレ優しい。


「助けるとか、んなわけねぇでしょうが。そっちこそ聞いてたんですか? オレ、根に持ってるんですってば」


 何かチャプチャプとか寂しい音を立てるようになってしまった消毒液のボトルをリュックに入れ直して、オレはとりあえず無事なほうのデュランの手を取ってみる。

 あー、爪てのひらに食いこんでるし。

 じとっと睨んだら、デュランがさっと目を逸らした。

 一応、睨まれることをした自覚はあるらしい。


「……どういう」


 さっきの話で終わったと思ってたのにまだ食いついて来るんですか、アールアーレフさん。

 手にもちょっと血がついてたんで、そこにばんそうこう貼りながらオレは溜息を吐く。


「自分可哀そうだ、とか思ってたみたいですから」

「……そんな」

「助けたとか、情けとか、偽善とか、そういうこと言った時点で頭の中幸せすぎなのがバレバレなんですよ」


 冗談じゃない。

 そんな理由の訳が無い。


「自分は悪くないとか、悲劇のヒロインごっことか、オレ嫌いなんですよね。そういうのに浸ったまま「可哀そうなあてくしカコイイ」とかで死なれるとむかつくんですよね」


 冷え切ったデュランの手はやっぱり重たかった。

 意外と節の高い長い指。

 掌だけでもオレより大きい。

 片手じゃ足りないから、両手で包んで握る。


「そんな風に自己満足しながら死んで、責任も後の人に丸投げして、詫びの一つも入れねぇとか……そんなの駄目だと思ったから、ですよ」

「……」

「ふざけんな。せいぜい生きて、責任とって、後悔し続けろ」


 オレは助けない。


 きっぱりと背中を向けたまま答えたら、アールアーレフさんも流石に黙り込んで、その後は何も言ってこなくなった。

 それからオレはファリドじいちゃんが戻って来るまで、ずっとデュランの手を持ったまま座って待っていた。

 デュランの手は大きくて、冷たかった。

 

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