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小国の王女が大国の皇子に話す本当の理由

作者: 美雪



 ついにメイとユークリッドは結婚式を挙げた。


 ユークリッドがメイを寵愛していることは周知の事実。


 多くの人々が結婚式の前に皇太子妃の懐妊を予想していたが、発表はなかった。


 なぜなら、皇太子夫妻は秘密の取引をしていたからだった。





「結婚式を挙げるまでは清い関係です!」


 婚姻書類にサインをする時、メイは要求した。


「子どもができないとイースを併合できない。国民は懐妊発表を待ち望むだろう。皇太子妃として期待に応えるべきではないか?」

「ウェディングドレスを着て結婚式を挙げるのが先です!」


 メイはラウドラントの結婚式に憧れていた。


 真っ白なウェディングドレスに身を包み、バージンロードを歩いてユークリッドのところへ向かうことを何度も想像した。


 妊娠するとウェディングドレスを着ることができないかもしれない。結婚式も延期になってしまかもしれない。


 だからこそ、譲れない。


「結婚式よりも前に子どもを作る気なら結婚しません!」

「国家間の取り決めによる政略結婚だ。本人の意志は関係ない。結婚に反対なら結婚式をする必要はない。婚姻書類だけで済ませる。父上も余計な支出が減って喜ぶ」

「そうだな。別に結婚式はしなくていいぞ?」


 皇帝はユークリッドの肩を持った。


「ひどいです! ラウドラントの皇太子の結婚式がないなんて、おかしいですよ!」

「そうねえ。さすがに結婚式はすべきではないかしら?」


 皇太后はメイの肩を持った。


「別に妊娠していても結婚式はできるわ。ウェディングドレスをサイズ違いで用意すればいいわよね?」


 皇后もウェディングドレスを数着揃えることで解決だと思った。


「結婚式のせいでお腹の子どもに何かあったら困ります! なので、お腹に子どもがいない状態で結婚式をするべきです!」

「そうだな。やはり結婚式は中止しよう。メイが子どもを産んだら、褒美として結婚式をするというのはどうだろうか?」

「それでもいい」

「そうね」

「最終的には同じだわ」


 ユークリッドの提案に賛成多数。


 しかし、メイは反対だった。


「もし妊娠した場合、ユークリッド様への愚痴を言いながらぐーたらします。お腹の子どもに悪影響が出ても知りませんからね?」

「メイは手強い」


 皇帝はにやりとした。


「当たり前でしょう? 私のお気に入りだもの」


 皇太后もにやりとした。


「さすがにユークリッドでも愚痴は阻止できないわね」


 皇后もにやりとした。


 つまり、一気に形勢逆転。


「……子どもに悪影響を与えたくない」


 ユークリッドはメイの要求を受け入れた。





「俺の愛は深くて重い。覚悟はできているだろうな?」


 結婚式を終えたユークリッドは幸せいっぱいのメイに告げた。


その眼光は絶対的な覇者であるかのように鋭い。


妻ではなくラウドラントの動向を気にする諸外国に向けてほしいとメイは思った。


「今夜は披露宴もありますから」

「さっさと退出する」

「それは無理です。主役ですから」

「父上に話はつけた。問題ない」


 優秀な夫はこういう時に困るとメイは思った。


「披露宴には両国の重要人物が揃っています。夫婦関係が良好であることを示さないといけません」

「夫婦揃ってさっさと退出すれば、良好だとわかる」

「そんな簡単にはわかりませんって」

「わかる! 初夜のために決まっているだろうが!」


 ユークリッドにとっては忍耐力が試される半年だった。


 披露宴の間、ユークリッドはひたすら酒を飲んでいた。


 メイが酔い潰そうとしていることはわかっていたが、関係ない。


 飲んで飲んで飲みまくり、一秒でも早く時間が過ぎ去るのを待った。


 そして。


 ユークリッドは懐中時計で時間を確かめた。


「メイ、時間だ」

「もうちょっといたほうが」

「ダメだ。入浴する時間があるだろう?」


 しぶしぶ立ち上がったメイをユークリッドは抱き上げた。


 ラウドラントには花婿が花嫁を抱き上げることで、自分のものだと示す風習がある。


盛大な拍手に見守られ、皇太子夫妻が披露宴から退出した。


 いよいよ初夜の始まりだった。





 メイは侍女に頼んでとにかく早く入浴を済ませることにした。


 ユークリッドが来るまでに入浴を済ませ、寝る支度をしてベッドで待つことになっている。


 しかし、朝早くから起きて準備、午前中の結婚式から夜の結婚披露宴まで予定がぎっしり詰まっていた。


 さすがに疲れた。


 初夜だというのはわかっているが、法的な夫婦になったのは半年前。


 今夜はできるだけ早く休みたいとメイは思っていた。



「来たか」


 メイの入浴が終わると、すでにユークリッドがベッドに座って待っていた。


「早いですね?」

「入浴を早く済ませた。遅くなるとメイが寝てしまうだろう?」

「そうですね」

「メイ以外は下がれ」


 侍女たちが寝室から出ていく。


「ベッドに来い」

「……お邪魔します」

「メイのベッドだろう?」

「そうですけれど、ラウドラントが用意しているベッドですから」


 おそるおそるメイはベッドの上に乗った。


「何か飲むか? ワインと水がある」

「お水で」


 ユークリッド銀色のグラスに水を灌ぐと、香りを確かめてから味見した。


「毒見ですか?」

「当然だ」

「普通は私がするほうでは?」

「妻を守るのは夫の役目だ。大丈夫だろう」

「そうですか」

「自分で飲めるか?」

「当たり前です!」


 メイは水の入ったグラスを渡された。


「変な味はしなかったが、俺には毒耐性がある。メイにはないだろう? 注意したほうがいい」

「王女なのでそれなりに学んでいますから」

「おばあ様から教えられたのだろう?」

「否定はしません。でも、イースは大自然の恵みで溢れています。食べられるものかどうかの区別については子どもの頃から教えられますから」

「なるほど」

「ごちそうさまでした」


 メイがグラスを飲み干すと、ユークリッドがグラスを投げ捨てた。


「割れてしまいますよ!」

「銀製だ。割れない」

「そ、そうですね」

「緊張しているのか?」

「それはもう。しないほうがおかしいです」

「大事な話がある。疲れているのはわかっているが、聞いてくれるな?」

「どうぞ」

「メイを心から愛している。政略結婚は表向きの話だ。メイを手に入れるためにイースを利用した」


 ユークリッドはラウドラントという大国を動かした。


 だが、それは個人的な願望を満たすだけのものではない。


 ラウドラントとイースの未来を考え、より大きな繁栄と平和を手に入れるためであることをメイはわかっていた。


「ユークリッド様は本当に優秀です。自分のしたいことを誰もが喜ぶ形で叶えてしまいました」

「メイは本当に喜んでいるのか? 俺と夫婦になるのが嫌ならそう言ってほしい。イースのために自分の心を偽る必要はない」

「本当に喜んでいます。でも……不安です。イース人の私でいいのだろうかと思ってしまいます」

「初めて出会ったのは俺が十六歳、メイが十五歳の時だった」

「そうですね」

「イースの王女を気に入ったら、俺の妃にしてもいいとおじい様に言われていた」

「ラウドラントの要望は私とユークリッド様の縁談でしたからね」

「イースの要望は違った。あくまでも皇帝がいいということだった」

「そうですね」

「老齢の皇帝だ。未成年の王女を差し出しても相手にしない。成人したからといって、結婚するかもわからない。価値のない貢ぎ物として酷い扱いをされるかもしれない。それでも皇帝との縁談がいいと言い張った」

「そうですね」

「俺の妃争いに巻き込まれたくないのはわかる。だが、本当にそれが理由だったのか? 皇帝が死ぬまでの間、情報収集をしてイースに帰る気だったのか? 俺に話していないことがあるなら話せ。どんな内容であっても怒らない」

「本当に怒りませんか?」

「怒らない」

「イース王が縁談の相手を皇帝にしたと言い張ったのは、私がそうしてほしいとお父様に頼んだからです」


 イースは他国からの侵略を防ぐために周辺国の王家や有力貴族との婚姻関係を結ぶことでなんとか平和を保って来た。


 メイの姉王女たちも婚姻とは名ばかりの貢ぎ物、人質として他国に送られた。


 このような方法ではいつか強国に飲み込まれ、国が消えてしまう。


 それでも、新しい統治者がイースの国民を差別することなく自国民として受け入れ、平和を与えてくれるならいい。


 しかし、姉王女たちが送られた国の王族は小国のイースを差別している。


 新たな統治者になれば、イース人を見下し、その命を軽く扱うのは目に見えていた。


 そこで賢帝と評判のラウドラント皇帝に望みをかけるしかないと考えた。


「十五歳なら結婚できません。なので、留学するつもりでさっさとラウドラントに行き、ラウドラント語をしっかり話せるようになろうと思いました」


 ラウドラントの要望通り孫のユークリッドの相手となると、ユークリッドの妃の座を狙う女性やその家族に睨まれる。


 ラウドラントについて勉強したり、イースのために何ができるかを考える余裕がなくなるばかりか、命を失う危険も高まる。


 そこであえて誰にも相手にされないであろう立場――皇帝の側妃になることを要望した。


「老齢の皇帝と結婚しても白い結婚に決まっています。いずれ未亡人になるのも確定です。こちらに来てから年金をもらえることがわかったので、ラウドラントで生活しながらイースのためにできることを探そうと思いました」

「本当におじい様と結婚するつもりで来たわけだな?」

「そうです。ラウドラントとイースでは物価が違うので、私が普通に留学したらものすごいお金がかかってしまいます。イースの国民に負担をかけるわけにはいきません」

「留学から年金暮らしに切り替えるつもりとは、ふてぶてしい限りだな?」

「そうですね。私も皇帝家を利用しているのはわかっていたので、役に立って恩返しをしようと思っていました。そんな時、皇后様のところに届いた毒入りクッキーに気づいたのです」


 皇族を守って命を落とせば、それはそれで恩を返せる。イースのためにもなる。


 だが、できることなら死にたくない。


 皇太子や宰相からもバカな理由で死ぬなと言われていた。


 毒入りだとわかっているのにクッキーを食べるのはバカなことだと思った。


「なぜ、俺にクッキーを渡した? おばあ様に直接渡せばいい」

「皇后様に言えば、真っ先に疑われるのが侍女だからです。侍女は運んだだけで冤罪の可能性が高いです。皇后様と侍女の信頼関係にひびが入るのはよくありません。まずはクッキーを作った厨房関係者を調べるべきだと思いました」

「だったら父上に会って話をすればいい。証拠のクッキーもある」

「皇太子殿下は忙しいので、会ってくれるかわかりません。私の話を信じてくれるかも、すぐに厨房関係者を調べてくれるかもわかりません。むしろ、嘘の証言者を信じてしまい、クッキーを見つけた私に嫌疑がかかるのではないかという不安もありました」

「なるほど」

「どうすれば最善なのかを考えていたら眠くなってしまって……」

「ぼんやりしていたな」

「ユークリッド様なら私の話を信じてくれるのではないかと思って話しました」

「あの件では俺も褒められた。メイのおかげだ」

「悪い人たちが全員捕まったのも良かったです」

「出会いから何年も経った。それでも俺の気持ちは変わらなかった。ずっとメイを妃にしようと思っていたが、正妃にするのは難しかった。小国の王女なら側妃で十分という声のほうが多かった」

「そうですよね」

「メイとイースの価値を高める必要があった。そのことに取り組んでくれたのはメイ自身だった。ラウドラントにイースの素晴らしさを教え、貧しい人々を救ってくれた。それでメイやイースの評価が好転した」

「イースは小さくて貧しくて何もない国だとアピールするのが常套手段でした。無価値な国を狙う統治者はいません。でも、実際は食料を奪いに来る犯罪者が国境を越えてきます。周辺国の統治者にそのことを言っても、無価値な国のことなど気にしません。もうこの方法は効かないということです」


 イースという国を守る方法ではなく、イースに住む国民を守る方法に変えなくてはいけない。


 イースという国は無価値に見えるかもしれないが、実際はそこにいるイース人、そしてイース人によって生み出されるものに価値があることを示す。


 そうすれば、イースが侵略されたとしても、イース人は大切にされるとメイは考えた。


「ユークリッド様が助力してくれました。皇宮でイースのお菓子を流行らせてくださったおかげで、ラウドラント国民の関心と胃袋を掴む作戦がものすごく早く進みました」

「互いに利があるとわかれば、受け入れる意識が広がる。二つの国が手を取り合って進む未来を作り出せる」

「そうですね」

「だが、メイが俺をどう思っているのかがわからなかった。ずっと側妃になるのを断り続けていた。正妃ならいいということでもなかった。皇宮を出てしまったあとはなかなか会えなくなってしまった。とてもつらかった」

「私だってそうです。いつユークリッド様の婚約発表があるのかわかりません。ユークリッド様の妻になりたい女性はたくさんいますから」

「俺が妻にしたい女性はメイだけだ」


 ユークリッドはメイを抱きしめた。


「本物の夫婦になる時が来た」

「そうですね」

「不安に思うのはわかる。だが、俺が全力で守る。半年間待つことで心からメイを愛していること、約束を守ることを証明した。メイの夢は叶えた。今度は俺の夢を叶えてほしい」

「まだです」


 メイは答えた。


「今の私の夢はユークリッド様の本当の妻になって、お腹の子どもと一緒に幸せな気持ちでぐーたらすることです。ユークリッド様、この夢も叶えてくれますよね?」

「必ず叶える。幸せにすると誓う」


 長い年月をかけて、二人の愛は強くなった。


 ラウドラントもイースも関係ない。


 ずっと一緒にいたい。


 愛し合う二人の願いがようやく叶った夜だった。


 メイとユークリッドがどうなったのか、メイがどんな気持ちでラウドラントに来たのかについて気になった方に読んでいただけたらと思いました。

 お読みいただきありがとうございました。

 

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