第九話『やってきた親子』
ハーヴェス宝石工房への来客は、二、三日に一度あればいいほうだ。
宝石という商品がまず高価ということもあり、お客さんは上流階級の方ばかり。なので一度売れると、数日は暮らしていけるほどの売上になる。
言い換えれば、日中にほとんど来客はなく、私はウィルさんと二人っきりで過ごす時間が多くなる。
「……アリシアさん、このオパールは何に加工するべきでしょうか」
「そうですね……あなたは何になりたいですか?」
『んー、イヤリングになりたいかな!』
「イヤリングだそうです」
「なるほど。それでは、こちらのサファイアは?」
『私はペンダントになりたいわ』
「この子はペンダントのようですね」
そんな中で、私の仕事といえば宝石たちの声を聞き、彼らの意思をウィルさんに伝えることだった。
それ以外の時間は、黙々と加工作業をする彼の隣で宝石を磨いたり、半ば趣味になりつつある刺繍に勤しんだりしていた。
特に会話らしい会話もないのだけど、なんとなく心が落ち着くというか、不思議な安心感があった。
何より、これまで自分の能力をひた隠しにしてきた私にとって、これ以上ない充実した日々だった。
「あ、いらっしゃいませ!」
その日も刺繍に没頭していると、来店を知らせる鐘が鳴った。
手元から顔を上げると、小さな女の子の手を引いた女性が入口から顔を覗かせていた。
……初めて見るけど、誰だろう。
「すみませんねぇ。子どもがどうしても覗いてみたいと言って、聞かなくて」
「キラキラの宝石、みてもいいー?」
母親らしき女性が心底申し訳なさそうに言う一方、足元の少女は瞳を輝かせている。
どうしたものかと、私はウィルさんに視線を送る。彼は小さくうなずいた。
「どうぞどうぞ。ご自由に見ていってください」
続けて朗らかな笑顔を二人に向けると、そんなウィルさんの態度に安心したのか、母子はゆっくりとお店に足を踏み入れた。
「す、すみませんねぇ。こんな格式の高いお店、入るだけで緊張しちゃって。こら、触っちゃ駄目よ」
「はは、お手に取っていただいて全然構いませんよ」
すっかり恐縮している母親に、ウィルさんは優しい言葉をかけ続ける。
一方の少女は母親の気持ちなどつゆ知らず。目を輝かせながら商品棚を見渡し、とある宝石がついたペンダントを手に取る。
「これ、なにー?」
『オイラはアメジストさ!』
「アメジストっていうの。紫水晶とも呼ばれていて、お守りにもなるの」
「アメジストー! きれーい!」
そう教えてあげると、少女は手にした紫色の宝石を光に透かす。それは奇しくも彼女の瞳の色と同じだった。
「おかーさん、これ、ほしいー」
「だ、駄目駄目。さすがに買えないわ」
母親はちらりと値札を見ると、慌ててペンダントをひったくる。そして慎重に棚へと戻した。
「す、すみません。やはり場違いで……お邪魔しました」
「あ……」
その後も何か言いたげな少女の手を引いて、母親はお店から出ていく。
その去り際、「せめて、もう少し安くなってくれたらねぇ……」なんて言葉が聞こえた気がした。
私としては、身分に関係なく宝石を楽しんでもらいたいのだけど……加工の手間賃や原価を考えると、どうしても高価になってしまう。
あの二人はどう見ても平民だったし、気軽に手を出せるような金額ではなかったのだろう。
それはわかっているつもりなのだけど……どこかモヤモヤが残った出来事だった。
◇
そんなことがあった翌日。お昼過ぎにエレナさんがやってきた。
「アップルパイと茶葉です! お茶会を開きましょう!」
彼女は嬉々として言い、手にしていた大きなバスケットをカウンターに置く。
一瞬呆気にとられたものの、そのまま作業場の一角でお茶会が開催されることになった。
「それで、最近お店の調子はどうですか?」
私の淹れたお茶をすすりながら、エレナさんは興味津々といった様子で訊いてくる。
ところで、なんで私に訊くのかしら。経営者はウィルさんだと言うのに。
「……まぁ、良くも悪くも、それなりだね」
そんな私の考えを悟ったのか、ウィルさんが答える。
「それじゃあ兄さん、最近アリシアさんとの関係はどうですか?」
「……アリシアさん、紅茶のおかわりをもらえますか」
続いてエレナさんが別の話題を振るも、ウィルさんはそっけない態度ではぐらかした。
「白々しい……」
涼しい顔の兄をジト目で見る妹を横目に、私は紅茶のおかわりを用意する。
「ありがとうございます。茶葉は普段と同じはずなのに、アリシアさんが淹れてくれると味が全く違いますね」
ちなみにこの紅茶は、私が貴族のお屋敷仕込みの技術を使って淹れたもの。そのおいしさには自信がある。
「むー、兄さん、紅茶ばかりじゃなく、私の持ってきたアップルパイも褒めてください」
「ああ、キャシーの焼いたアップルパイは安定の味だね」
「うぐっ、気づいていたんですか」
ウィルさんに指摘され、エレナさんは視線を泳がせる。
このアップルパイ、どうやらパン屋さんによる既製品らしい。
「さ、最初はちゃんと自分で焼こうとしたんですよ。けど、気づいたら炭に……」
「はは、そんなことだろうと思ったよ。エレナは昔から、お菓子作りは苦手だったから」
「……兄さんは意地悪です。アリシアさん、ひどいと思いませんか?」
頬をふくらませるエレナさんを微笑ましく見ていると、そのまま泣きつかれた。
この兄妹、本当に仲がいいわよね。
……そんなことを考えていた矢先、私は昨日の出来事を思い出す。
この際だし、私は二人に相談してみることにした。




