第六話『新たな居場所 後編』
食事を済ませると、私は気合を入れて掃除を始める。
ウィルさんも「手伝いましょうか?」と言ってくれたけど、本気の掃除は一人のほうが捗る。
やんわりと断って、私は雑巾やモップを手に、積もりに積もったホコリに立ち向かう。
……消え失せよ、鼻水の根源たち!
そんなことを考えつつ、棚の上から下へ、奥から手前へと磨き上げていく。
それが終わったら、床の雑巾がけ。これまでお屋敷の長い廊下を一人で磨いてきたことを思えば、楽勝だった。
そして最後にお店の顔。ショーウィンドウを磨き上げる。
その外側はひどく汚れていたけど、きちんと手順を踏めば水と布だけでピカピカにすることができる。
こればかりは、不満を言いながらも家事仕事を叩き込んでくれたメイド長に感謝だわ。
「……ふう。こんなものですかね」
「え、もう終わってしまったんですか?」
見違えるようにきれいになった店内を見渡していると、背後のカウンターからウィルさんの声がした。
振り返ると、彼は商品棚にあった宝石をいくつか磨いただけだった。
……仕事人間だと言っていたけど、一つのことに時間をかけるタイプなのかしら。
「宝石磨き、私も手伝います。半分貸してください」
「どうぞ。金具によっては弱い部分もありますので、優しくお願いしますね」
彼の隣に椅子を運びながら言うと、そんな言葉が返ってくる。
私はうなずいて、彼と並んで宝石を磨き始めた。
◇
……それからしばらく、静かな時間が流れる。
ふと隣に視線を向けると、ウィルさんの銀髪が窓から差し込む陽光を受けてキラキラと輝いていた。
「……どうかしましたか?」
それこそ、まるで銀糸のようだと思っていると……不意に声をかけられた。
「い、いえ。お客さん、来ませんね」
「そうですね。うちのお客さんの多くは貴族様か、商家のご婦人方です。買い物に来られたとしても、早くてお昼過ぎからでしょう。一応、朝からお店は開けていますが」
思わずそんな話題を振ると、ウィルさんはそう教えてくれた。
言われてみれば、高価な宝石を買うのは一部の富裕層だけだ。パン屋や野菜市場のように、この店が朝から賑わうなんてことはあり得ないのだろう。
「夜遅くに宝石を買いに来るお客さんもいませんし、日が暮れたら店じまいです。酒場のように夜まで開けることもないですし、医者のように突然呼び出されることもない。のんびりとした商売ですよ」
ウィルさんは薄い笑みを浮かべながら言う。
それからラピスラズリの指輪を手にすると、優しく磨き始めた。
『ああっ、ウィルさぁん、そこよ。そこそこ』
彼が手の中で布と指輪を動かしていると、時折そんな声が聞こえてくる。
……この声の正体は間違いなく、彼の手の中にあるラピスラズリだろう。
宝石にも触覚があるようだけど、いちいちそんな艶めかしい声を出さなくても。
そしてなんとなくだけど、あの石はウィルさんに磨かせないほうがいい気がした。
「……ウィルさん、その指輪、私が磨きますよ」
「え、そうですか?」
「はい。私に磨いてほしいと言っているので」
『ちょっとぉ、そんなこと言ってないわよ~! 彼がいいのに~!』
「……お黙りなさいっ」
私は小声でそう言い、ちょっと乱暴に指輪を拭き上げる。
宝石にも性別や性格があって、その性格は持ち主に似るのだけど……この子の以前の持ち主は、かなりの男好きだったのかしら。
「こんにちは~!」
……そんなことを考えていた時、来客を知らせる鐘が鳴り響いた。
「あ、いらっしゃいませ!」
大きな声を出して顔を上げると、そこには一人の女性……いや、少女が立っていた。




