第五話『新たな居場所 中編』
「……この工房は亡くなった両親が設立したもので、私が引き継いでもう五年になります。設備も古いですが、まだまだ現役です」
ハーヴェス宝石工房で働くことになった私は、ウィリアムさんから工房内を案内してもらう。
といっても、建物自体はそこまで大きくはない。住居部分を除けば、わずかな店舗スペースとそれに隣接した作業場があるだけだ。
「……くしゅんっ!」
続いて倉庫に案内された時、私は盛大にくしゃみをしてしまった。
実は私、ホコリに反応して鼻が悪くなる体質だ。
だからこそ、お屋敷では掃除を完璧に行っていたのだけど……不意を突かれてしまった。
「すみません。私は根っからの仕事人間でして……加工作業に熱中するあまり、掃除すらままならないのです」
そんな私を見て、ウィリアムさんは恥ずかしそうに頭を掻く。
これは、まずは掃除だ……そう思った矢先、自分のお腹が盛大な音を立てた。
「そういえば、まだ食事を取っていませんでしたね」
「す、すみません……こんな時間ですし、ウィリアムさんはもう食事を済まされましたよね?」
「まだですよ。私も作業に没頭すると、よく食事を抜いてしまうので」
思わずお腹を押さえながら問うと、彼はそう言ってキッチンへ向かう。
「あ、料理は得意なので、何か作らせてください」
「そうですか? それでは、お願いしていいでしょうか」
笑顔の彼に、私はうなずく。
料理や掃除といった家事はお屋敷で叩き込まれたから自信があるし、キッチンの設備も先ほど説明を受けた。大丈夫だと思う。
「それでは、キッチンをお借りしますね。ウィリアムさ……あ、雇い主なので、ウィリアム様とか、旦那さまとお呼びしたほうがいいでしょうか」
「ぷっ……!」
ふと気づき、そんな提案をしてみるも……彼は吹き出すように笑った。
「やめてください。僕はそんな柄じゃない」
よほど驚いたのか、素が出ていた。
「そ、そうは言いましても」
「普通に接してほしいです。あえて呼び方を変えるなら、親しみを込めてウィルと呼んでください」
「わかりました。それでは、ウィルさんで」
「それでお願いします。アリシアさん」
彼は苦笑したあと、リビングへと歩いていく。
私はその背を見送ったあと、キッチンへと向かった。
……ウィルさん、本来の一人称は『僕』なのね……なんだか、かわいいかも。
◇
それから朝食作りに取りかかる。
食料庫に卵があったので、それにキノコとベーコンを合わせてオムレツを作る。
主食は近所のパン屋から配達された丸パンを、バスケットに盛り合わせておく。
あとは昨日いただいたスープが鍋に残っていたので、これも温めてしまう。
「ウィルさん、お待たせしました」
「……これは朝から豪華ですね」
やがて完成した料理をリビングへ運ぶと、ウィルさんは目を丸くした。
「え、そうですか?」
「ええ……朝はパンとチーズだけということも多いので」
……しまった。つい、いつものお屋敷の調子で料理を作ってしまった。
「あ……食材、使いすぎてしまってごめんなさい」
「いえいえ。たくさんの栄養が取れそうで、ありがたいですよ」
思わず頭を下げるも、ウィルさんはひらひらと手を振って許してくれる。
これからは、食費も考えた食事を考えないといけないわ……!
猛省しつつ、ウィルさんの対面に座る。二人一緒に挨拶をしたあと、オムレツを口に運ぶ。
「おいしいっ……!」
自分で作ったものにもかかわらず、そのおいしさに思わず泣いていた。
「アリシアさん、昨日も泣いてましたね……」
「ええ、まともな食事が取れることが嬉しくて」
苦笑するウィルさんに、そんな言葉を返す。
ライゼンバッハ家のお屋敷で料理はしていたものの、それが自分の口に入ることはない。
空腹に耐えかねてつまみ食いをすることはあったけれど、その時はバレないように必死で、味なんてわからなかった。
「……はっ。すみません。はしたないですね」
二つ目の丸パンに手を伸ばしかけて、思い留まる。
「ここはお屋敷でもないですし、気にせず召し上がってください。あ、口元にオムレツがついていますよ」
「こ、これは失礼しました」
言いながら、右の頬を拭ってみる。
「違います。こっちです」
困惑していると、ウィルさんは笑みを浮かべたまま、私の顔に手を伸ばす。
その様子を見ていると、彼の右手が私の左頬に触れ、オムレツの欠片を取り払う。
そしてあろうことか、私の顔についていたそれを、そのまま自分の口に入れてしまった。
「あ、あわわわ」
「おっと……すみません。妹とよく一緒に食事をするもので。昔からの癖が」
今更ながら自分の行動に気づいたのか、ウィルさんは申し訳なさそうに言う。
「い、いえ……」
一方の私は、驚きのあまり曖昧な返事をすることしかできなかった。
そ、そういうことなのね。妹さんにもしちゃうのなら、しょうがないわよね。
頭の中で必死にそう言い聞かせるも、私の両頬は明らかに火照っていたのだった。




