第四話『新たな居場所 前編』
ウィリアムさんに自分の持つ不思議な力を明かした日の夜。私は子どもの頃の夢を見た。
「こんにちは!」
「えっ、どちら様ですか」
夢の中では10歳に満たない私が、お屋敷の廊下で一人の少年に話しかけられていた。
父親と行商に来たらしい彼は、私と同い年くらいの見た目。
広い屋敷の中で迷ってしまったようで、恥ずかしそうに頭を掻いている。
「この家、広いね。キミ、この家の子?」
「……えっと」
この頃の私は、すでに人と話すことが許されていなかった。突然話しかけられて、戸惑ったことを覚えている。
「あの、あなたの名前は……?」
「僕? 僕はね――」
彼の名前を尋ねたところで、視界がぼやけていく。
この夢は、いつもこうだ。肝心なところで終わってしまう。
けれど、彼が首から下げたエメラルドのペンダントだけは、強く印象に残っていた。
◇
……やがて目を開けると、そこには見慣れない天井があった。
反射的に体を起こすと、一瞬遅れて、昨日の出来事が頭の中に蘇る。
結局あの後、夜遅くまでウィリアムさんとお話をして……ベッドに入ったのは、日付が変わった頃だった。
人と話すのが本当に久しぶりで、楽しくて喋りすぎてしまった。少し、喉が痛い気もする。
細い喉をさすりながら、なんとなしに窓の外へ視線を送る。昨日までの雨が嘘のように晴れ渡っていた。
すでに太陽はかなり高い場所にあり、自分が長い時間眠っていたことに気づく。
……もう。何してるのよアリシア。
思わず頭を抱える。ウィリアムさんが寝ているうちに、ここから出ていくつもりだったのに。もうこんな時間じゃない。
ため息をついたあと、もそもそとベッドから抜け出す。
すっかり乾いた服に袖を通すと、私は部屋をあとにした。
それから工房へ向かうと、ウィリアムさんは当然のように起きていて、工具の手入れをしていた。
「おはようございます。よく眠れましたか」
「はい。おかげさまで」
朗らかな笑みを浮かべる彼に対し、私はあえて冷たい態度を取るも……昨夜の楽しかった時間が思い出され、頬が緩みそうになった。
……駄目よ。これ以上ここにいても、彼の迷惑になるだけ。
その優しさに、いつまでも甘えていてはいけない。
「あの、えっと……」
このご恩は一生忘れません。さようなら。
そう伝えるだけのはずなのに、なかなか言葉が出てこない。
「そうそう。アリシアさんにご報告したいことがあるんです」
そんな私の心中を知る由もなく、ウィリアムさんが声を弾ませた。
「え、報告したいこと?」
「はい。アリシアさんの助言で作ったブローチとバレッタですが、店に並べると同時にどちらも売れていったのです。こんなことは初めてですよ」
「そ、そうですか。それはよかったですね」
再びそっけない態度を取るも、彼は気にする素振りもなく続ける。
「アリシアさんの持つ不思議な力は、私のような宝石職人にとって夢のような力です。あなたさえ良ければ、今後も私の仕事を手伝ってはいただけませんか。住むところがないというのでしたら、ここに住んでいただいても構いません」
「はい?」
「あ……住み込みというのは話が飛躍しました。別の場所に家を借りて、私にアドバイスして頂けるだけでもいいのです」
「ちょ、ちょっと待ってください。私、今すぐにここから出ていこうかと……」
「……どうして。どこか行くあてがあるのですか」
「ないです、けど……いつまでもお世話になるわけには」
「それでしたら、行くあてが見つかるまででもいいのです。お給金もお支払いしますので、ここで従業員として働いてはもらえませんか」
「え、ええっ……」
どこか控えめだった昨日とは打って変わり、ウィリアムさんはかなり積極的だった。
私は気圧されるも、正直、悪い話ではない。いずれ出ていくにしても、先立つものは必要だ。
何より、ここまで言ってくれる人を拒絶してまで出ていく勇気は、私にはなかった。
「そ、そういうことなら……よろしくお願いします」
ややあって、私は深々と頭を下げた。
こうして、私はこの工房――ハーヴェス宝石工房で働くことになったのだった。




