第二十八話『謎の客』
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「……この宝石たち、買い取ってくださらない?」
顔を隠した女性は消え入りそうな声で言い、懐からいくつもの宝石を取り出した。
その声はくぐもっていて、よく聞き取れない。
「かしこまりました。査定させていただきますね」
ウィルさんが一礼し、カウンターの上に置かれた宝石たちを調べていく。
彼の隣に座ってその作業を見守っていると、目の前の女性からじっと見つめられていることに気づく。
「……あの、何か?」
思わず問いかけるも、女性は無言で視線をそらす。
『私たち、売られちゃうの?』
『ガーベラ様、もう僕たちに飽きちゃったのかな?』
……その時、カウンターに置かれた石たちからそんな声がして、私は血の気が引いた。
反射的に目の前の女性へと視線を向ける。帽子やスカーフで隠してはいるけど、その間からわずかに覗く桃色の瞳は、私のそれと同じだった。
「……ガーベラ?」
おそるおそるその名を口にする。眼前の女性が目を見開いた。
「……よくわかったわね。これだけ隠してきたのに」
言いながら、女性は顔を覆っていた布を取り外し、帽子を脱ぐ。
……私と全く同じ顔の妹が、そこにいた。
「宝石たちが教えてくれたんです」
「またそれ? そんな子どもじみた妄言、いい加減やめたら?」
ガーベラはため息まじりに言って、蔑んだ目で私を見る。
「まぁ、引っ込みがつかなくなったのでしょうけど。子どもの頃の嘘って罪よね」
続けてそう言う。相変わらず、ガーベラは私の力を信じていないようだった。
「信じてくれないのなら、それでもいいけど……」
そこまで口にして、私はふと気づく。
気丈に振る舞ってはいるものの、ガーベラは相当やつれているように見えた。
それこそ、ライゼンバッハのお屋敷にいた頃の私を見ているようだった。よく見れば、顔にアザのようなものもある。
「……急に黙っちゃって。どうしたのよ」
「ガーベラ、まさか……旦那様に暴力を振るわれているの?」
「こっ、これは……お姉さまには関係ないわ。あなた、早く査定して頂戴」
私の視線に気づいたのか、彼女は慌てた様子でスカーフを巻く。そして手が止まっていたウィルさんを急かすように、声を荒らげた。
「もしかして……ガーベラの家、お金に困っているの?」
思わず問いかけると、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をした。
ガーベラ自ら顔を隠してまで宝石を売りに来たということは、従者さんを雇う余裕すらなくなっているということだ。
よくよく見れば、前回は乗ってきたはずの馬車もそこにはなかった。
「……そうよ。ちょっと採石場を買い取って、お姉さまの邪魔をしようとしたの。そしたら、従業員たちの反感を買っちゃってね」
何度目かわからないため息とともに、彼女はそんな言葉を吐き出す。
「採石場の従業員たち、最初は騒いでいるだけだったけど……最後のほうは、ほとんど暴動みたいになっていたわ。エルディナンド様が騎士団を動かしてなんとか鎮圧したのだけど、その後の保証とか賠償とか、色々とお金がかかっちゃって」
やや自虐気味に、ガーベラは言う。
なるほど。彼女がやつれて見えたのは、その心労のせいなのかしら。
「エルディナンド様の立場もあるし、お父様たちからお金を借りるわけにもいかないの。だからこうして、お屋敷の宝石を売りに来たのよ。滑稽でしょ? ふふ、ふふふ……」
惨めさに耐えきれなくなったのか、ガーベラは俯くと、肩を震わせる。その姿は泣いているようにも、笑っているようにも見えた。
「これでもし、お姉さまの存在がエルディナンド様に知れたら、私はおしまい。忌々しい双子の片割れをいつまでも妻にしておくはずがないわ」
振り絞るような声でそう続け、ぱっと顔を上げる。
「……そうよ。これも全部、双子のお姉さまのせい。お姉さまが、私と同じ顔をしているのが悪いんだわ」
その顔は怒りに満ちていて、私は背中に冷たいものが走る。
「お姉さまの顔、変えてあげる」
その直後、ガーベラの右手には銀色に輝くナイフが握られていた。
私はその存在に気づくも、恐怖のあまり体が動かない。
みるみるうちに銀色の刃が近づいてきて、私の顔に向けて振り下ろされる。
「……ぐっ!」
次の瞬間、私をかばうように一本のたくましい腕が伸びてきて、その刃を掴んだ。
それがウィルさんの腕だと気づくのに、大して時間はかからなかった。
「……ウィルさん!」
「いきなり斬りつけるとは、貴族の女性としてはしたないですよ」
言うが早いか、ウィルさんはカウンターを乗り越える。
そのまま男女の体格差を利用してガーベラの手からナイフをもぎ取ると、遠くへ投げ放った。
「……ご無礼をお許しください。ですが、アリシアさんは私の大切な方ですので」
「……っ!」
私を守るように立ちはだかるウィルさんの気迫に圧倒されたのか、ガーベラは青い顔をして逃げ去っていく。ウィルさんはそれを追うことはしなかった。
「……アリシアさん、お怪我はありませんか」
その姿が完全に見えなくなったあと、ウィルさんは笑顔でこちらを振り返る。
「わ、私は大丈夫です。ウィルさんこそ、右手から血が……」
「はは、とっさにナイフの刃を掴んでしまいましたからね。くっ……」
ここにきて自身の傷に気がついたのか、ウィルさんは苦痛に顔を歪めた。
そんな彼に止血用の布を渡したあと、私はお医者さんを呼びに走ったのだった。