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第二十七話『窮地を脱する』


 左右で別々の宝石を使ったイヤリングは、その珍しさから一瞬で店頭から消えた。


 ウィルさんはすぐさま第二弾の製作に取りかかるも、それも完成と同時に売れていく。

 数日経つ頃には、新しいデザインのイヤリングの噂はすっかり貴族たちに広まったらしく、わざわざ注文しにやってくるほどだった。


 宝石の買い取り業務も好調で、買い取りから再加工、そして再販売という一連のサイクルが確立。ハーヴェス宝石工房の経営は、完全に窮地を脱した。


「……こんにちは。ハーヴェス宝石工房というのはこちらですかな」


 そんなある日。大きな鞄を持った男性がお店を訪れる。


「いらっしゃいませ。買い取りをご希望ですか?」

「買い取りといえばそうですが、少し違いますな。私は宝石の行商人で、シルファーと申します。お二人に是非見ていただきたい品がございまして」


 男性はそう言うと、鞄からいくつもの宝石や天然石を取り出してカウンターに並べる。


「これは……カーネリアンにフローライト、ルチルクォーツですか」


 見慣れない石たちに私は困惑するも、ウィルさんはすぐにその種類を言い当てていた。


「さすがでございますね。どれもこの地方では手に入らない石ばかりです」

「確かに珍しいですね……図鑑でしか見たことがありません」


 ウィルさんは驚いた顔で言ったあと、私に耳打ちしてくる。


「……アリシアさん、これらは本物ですか?」

「……大丈夫そうです」


 どの石からもしっかりと声が聞こえるし、偽物はなさそうだ。私は確信を持ってそう答える。


「ご安心ください。かの有名なハーヴェス宝石工房に、偽物など売りつけはしませんよ」

「……有名とは?」

「おや、ご存じないのですか。新進気鋭のハーヴェス宝石工房の噂は、今やアモイウェルの外にまで轟いております。だからこうして、私も遠くの街から足を運んだ次第です」


 シルファーさんは笑顔を崩さずに言う。

 最近、やけにお客さんが多いとは思っていたけれど、そんなことになっているなんて知らなかった。


「お褒めいただき光栄ですが、まだまだ小さな工房に過ぎません。せっかくお越しいただいたのですし、取引と参りましょうか」


 ウィルさんは一瞬だけ嬉しそうな顔をしたあと、すぐに真面目な顔になる。

 凛々しい彼の横顔を見たあと、私も仕事の話に加わったのだった。


 ……シルファーさんは誠実な方で、いい取引をたくさんさせてもらった。

 今後も定期的に石を売りに来てくれるということだし、本当にいい人と知り合うことができたと、私は嬉しくなった。


 ◇


 ……そんな出来事があってから、半月ほどが経過したある日。工房にレイナードさんがやってきた。


「よう、ウィル。朗報だぜ! これ見ろよ!」


 私たちが出迎えると、彼は上機嫌でウィルさんに一通の手紙を渡す。


「……リングラッド採石場が再開するのですか」

「おうよ。正式な発表はないが、従業員が暴動を起こしたとか、オーナー側の資金繰りが悪くなったとか、いくつか噂が広まっている」


 時折声を上ずらせながら、レイナードさんは言う。

 採石場が再開するということは、また宝石の原石が市場に流れ出すということ。ガーベラは諦めたのかしら。


「これを受けて、ストーンマーケットも来週中には開催予定らしい。詳細は個別に手紙が来るだろうよ」

「わかりました。ありがとうございます」

「まったく、素直に操業を続けときゃ、こんな騒動にはならなかったんだ。本当に、貴族様の考えることはわからんね」


 以前訊いたような台詞を口にしながら、レイナードさんは去っていった。

 彼からもたらされた情報に、私とウィルさんは胸を撫で下ろしたのだった。


「……あの、すみません」


 その時、お店の入口に一人の女性が立っていることに気づいた。

 まだ暑い時期だというのに、大きな帽子とスカーフで顔を隠している。いったい誰だろう。



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