第二十五話『新たな戦略』
その翌日から、さっそく宝石の買い取りを始めた。
キャシーちゃんやルイド君に話を広めてもらったおかげか、お昼前には買い取りを希望するお客さんがやってきた。
「……このサファイアの指輪ですと、1200ルピアスが相場ですね。いかがでしょう」
「あら、買った時には3000ルピアスはしたのよ?」
「こちら、台座の腐食が進んでおりますし、宝石自体も色がくすんでおります」
「い、言われてみれば……わかりました。その金額で手を打ちましょう」
「ありがとうございます」
商家の娘さんとウィルさんの会話を聞きながら、私は確かな手応えを感じていた。
正直不安もあったけれど……宝石はあるところにはあるもの。
気がつけば、予想を遥かに上回る数の宝石が、私たちのもとに集まっていた。
◇
その日の夜。私は買い取った宝石たちを一箇所に集めていた。
「かなりの数が集まりましたね。次の問題は、どう加工するかですが」
「そこも考えています。見ていてください」
不安顔のウィルさんにそんな言葉を返し、私は宝石たちを見渡す。そして息を吸い込んだ。
「この中で、イヤリングになりたい方!」
『はい!』
『俺もイヤリングがいい! 女の子の耳につきたいんだ!』
私が問いかけると、サファイアとエメラルドが声を上げた。それぞれ、サファイアはブローチ、エメラルドはペンダントになっていた。
「ウィルさん、このサファイアとエメラルド、イヤリングになりたいそうです。加工をお願いします」
そう口にして、二つの宝石をウィルさんに手渡すも……彼は驚きの表情で固まっていた。
「……なるほど。今、宝石たちの希望を聞いたのですか」
「そうです。望む姿になった彼らは喜び、その輝きを何倍にも増してくれます。そうすると、非常に高品質な一品として店頭に出すことができます」
「言われてみれば……この宝石たちの光沢がわずかに増したような気もします」
「そうでしょう。どんどん希望を聞いていきますので、ウィルさんは加工作業、頑張ってくださいね」
そう言うとすぐ、私は再び宝石たちへと向き直ったのだった。
……黙々と加工作業を続けるウィルさんの隣に立ち、全ての宝石たちの希望を聞き終わったのは日が変わった頃だった。
「これで最後です。このトパーズとエメラルド、イヤリングになりたいそうです。ただし、セットで」
「え、セットですか?」
私が宝石たちの希望を伝えると、ウィルさんは驚きの声を上げる。
「はい。この子たち、どうやら仲が良いそうで……離れ離れになりたくないらしいです」
「それは……加工そのものは簡単ですが、うーむ」
そう説明するもウィルさんは難しい顔をする。
「本来、イヤリングは同じ宝石で対になるように作るものです。左右で違う宝石のイヤリングなど、聞いたこともありません」
『そこをなんとか! お願い!』
『そう! 僕と彼女は離れられない運命なんだ!』
ウィルさんが思い悩む間にも、宝石たちの必死の声が私の耳に届いていた。
「この子たちの希望なんです。奇抜なデザインになるかもしれませんが、どうかお願いします」
「……わかりました。やれるだけやってみましょう」
しばしの間があって、ウィルさんはそう言ってくれた。私は宝石たちと一緒にお礼を言う。
「しかし……これはイヤリングの部品そのものを新たに作らねばいけませんね。徹夜仕事になりそうだ」
「ふふ、私もできる限り手伝いますから、頑張ってくださいね」
少しだけ距離を詰めながらそう口にすると、彼はどこか恥ずかしそうに視線をそらし、頭を掻いたのだった。
◇
それからほとんど徹夜で作業をした結果、左右で別の宝石を使った、全く新しいデザインのイヤリングが完成した。
オレンジ色をしたトパーズと、透き通るような緑色のエメラルド。異なる二つの宝石は絶妙に調和していた。
私が姿見の前に立って試着しても、不思議と違和感はない。
「これは……予想以上に馴染みますね。アリシアさんだからでしょうか」
「こ、こんな時にお世辞はやめてください。宝石たちの意思を汲んだのですから、当然です」
ウィルさんの唐突な発言に、思わず顔が熱くなる。
『本当だよ! 僕と彼女も大満足さ!』
「わひゃあ!?」
その直後、すぐ耳元で宝石たちの声が聞こえた。
……宝石たちの声が聞こえる私にとって、このイヤリングはあまりよろしくない。耳がどうにかなってしまいそうだ。
「と、とにかく、さっそく店頭に並べてみましょう。新デザインの装飾品として、ショーウィンドウの一番目立つところに」
「そうですね。二人とも、頼みましたよ」
宝石たちにそう言葉をかけるウィルさんを、私は嬉しい気持ちになりながら見ていたのだった。