第二十四話『救いの手』
それから私たちは、宝石を買ってもらうためにあらゆる努力をした。
お店で待っているだけでなく、かつてウィルさんがやっていたように、貴族様のお屋敷に訪問販売に行ってみたりもした。
エレナさんも自腹でチラシを作って工房を宣伝してくれたけれど、結果は芳しくなかった。
手元にあるのは、貴族様に言わせれば中途半端な安物で、一般庶民が買うには高額すぎる……そんな石たちばかり。
どちらにしても、なかなか売れるものではなかった。
「助けてあげたいのは山々だけど……本当にごめんなさい。これで許して」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
野菜をお裾分けしてくれたパン屋のリージュさんが、商品棚に残る石たちを見ながら言う。
無理は言えないし、こればかりは仕方がない。
『このお店、どうなるんだろうねぇ』
『ラピスラズリの姉さん、元気にしてるかなぁ』
一方の石たちもすっかり自信をなくしていて、最近は泣き言を言うことが多い。お店の雰囲気も、明らかに暗かった。
「何か……何かいい方法がないでしょうか。以前のアクアマリンのように、自分たちで原石を採取しに行くとか」
「あのアクアマリンは特殊な例です。本来、原石は岩の中に埋まっているので、自力採取するには途方もない労力と費用が必要になります」
ため息まじりに言うと、ウィルさんからそんな言葉が返ってくる。
最近の私たちは、ウィルさんが装飾品の修理を請け負うことで、なんとか生計を立てていた。
エレナさんや街の皆の支援もあって、今のところは工房の運営資金には手を付けずにいられているけど……このままではジリ貧だった。
私が別のお店に働きに出ることも考えたけど……あの妹のことだ。私を雇ってくれた店に対して、嫌がらせをしかねない。
そうなると、せっかく雇い入れてくれたお店に迷惑がかかってしまう。八方塞がりだった。
「お届け物でーす!」
そんな悶々とした日々が続いたある日の早朝。エレナさんの声が工房内に響いた。
「エレナさん、こんな朝早くからどうしたんですか?」
「ハーヴェス宝石工房宛に、荷物が届いたんです! 部署違いですが、身内ということでわたしが持ってきました!」
声を弾ませるエレナさんは、郵便局員の制服に身を包んでいた。
「配達先は間違いなくこの工房なんですが、送り主の名前が書いていなくて」
言いながら、エレナさんは小包を差し出してくる。
『うう……暗いよー』
『早くここから出してー』
その時、私は包の中から声がすることに気づいた。これは、間違いなく石の声だ。
「……開けてみても、いいでしょうか」
「……ええ」
隣のウィルさんがうなずくのを確認して、私は小包を開ける。予想通りというか、中からいくつもの宝石が出てきた。
「わ、すごい。宝石じゃないですか」
それを見たエレナさんは驚愕の表情を見せる。
トパーズ、エメラルド、ルビーにサファイア……この宝石たちはなんなのだろう。
『……あれ、アリシア、久しぶり!』
『元気だったー?』
その中の一つをつまみ上げていると、宝石が話しかけてくる。彼らは私を知っているようだ。
「え、久しぶりと言われましても。私に宝石の知り合いは……あ」
言いかけて、私は思い出す。
この子たちは、ライゼンバッハ家のお屋敷にあったものだ。
それこそ両親に命じられて、何度も彼らを磨いた記憶がある。
その宝石たちが、どうしてここに?
「……アリシアさん、どうしました?」
石たちとの会話に夢中になっていると、ウィルさんが不思議そうな顔で訊いてきた。
「あ、すみません。この宝石たち、実は……」
そこで我に返り、私は届けられた石たちについて、ウィルさんたちに話して聞かせる。
「つまり、この宝石たちはアリシアさんのご両親が送り届けてくれたもの……ということですか」
「はい。ほぼ間違いなく」
小包の中には二十個近い宝石が入っていたけれど、そのどれもが見覚えがあった。
まさか、私の置かれた状況を知った両親が助け舟を出してくれた……とでもいうのかしら。
送り主の名前がないのは、立場上、正体を知られたくなかったから?
「ステキなご両親じゃないですか」
その時、エレナさんが屈託のない笑顔で言う。
「そう、ですね。本当にありがたいです」
今は会えない両親に感謝しながら、私はその宝石たちを抱きしめる。
……その時、ある考えが頭に浮かんだ。
「ウィルさん、石を仕入れられないのなら、買い取ればいいのではないですか?」
「買い取る……とは?」
「貴族や商家、一般家庭に眠っている宝石を買い取り、それを加工してお店に出すんです。原石を直接加工するより利益は出ませんが、現状は打開できます」
「それはそうかもしれませんが……再加工品は品質が低下する恐れが……」
「そこは兄さんの腕前でカバーですよ! いえ、カバーしてもらわないと困ります!」
躊躇するウィルさんに対し、エレナさんが瞳を輝かせる。
「……宝石の買い取りには、運営資金を使わざるを得ません。もし失敗した場合、取り返しのつかないことになりますが」
「実家から送られてきた宝石たちもありますし、多少は無理が利くのではないでしょうか。それに、私もウィルさんの腕を信じていますので」
ウィルさんをまっすぐに見据えながら、そう口にする。ややあって、彼は観念したように脱力した。
「……わかりました。やるだけやってみましょう」
「それでは、さっそく買い取りを告知するチラシを用意しますね! キャシーちゃんやルイド君にも知らせて、話を広めてもらいましょう!」
その返事を待っていたかのように、エレナさんが動き出す。
せっかく両親が気づかせてくれた方法だし、何が何でも成功させないと。