第二十三話『ガーベラの策略』
「……ストーンマーケット、開催延期?」
それから数日後、ポストに入っていた手紙を開くなり、ウィルさんが驚きの声を上げた。
「え、どういうことですか」
「参加希望者、及び販売商品の枯渇が原因だそうですが……前回も売り上げ好調だったはずです。唐突すぎますね」
それこそ、また原石を仕入れに行こうとしていた矢先の出来事に、私とウィルさんは途方に暮れる。
一応、お店にも商品が残ってはいるけれど……そこまで数はない。
貴族様のお眼鏡にかなう品はさらに少ないし、このまま商品が仕入れられないと、お店としては死活問題だ。
「ど、どうしましょう」
「仕入れルートに何か問題が起こったのかもしれません。レイナードさんに話を聞きに行きましょう」
ウィルさんはそう言って、身支度を始める。
私も『本日臨時休業』の札をお店の入口にかけたあと、外出の準備に取りかかった。
◇
仕入れ業者のレイナードさんは、アモイウェルの外れに住んでいる。
ウィルさんとともにその家の前までやってくると、彼は庭の手入れをしていた。
「来ると思っていた。ストーンマーケットの件だろ?」
「ええ。何があったんです?」
「……ここじゃなんだ。上がれよ。大して掃除もしていないがな」
言いながら、レイナードさんは私たちを家の中へと招き入れてくれる。
室内には大小さまざまな箱が所狭しと積み上げられていた。
「……これ、全部宝石や天然石ですか?」
「ああ、時期によっては一杯になる。今はほとんど空だがな」
用意された椅子に腰を下ろして尋ねると、そんな言葉が返ってくる。
私たちの対面に座ったレイナードさんはタバコに火をつけると、煙と一緒に大きく息を吐いた。
「昨日……いや、一昨日かな。リングラッド採石場から、取引を打ち切るという連絡が来たんだ」
「取引中止……それは突然ですね」
「うちだけじゃない。アモイウィルの全業者に対してさ」
レイナードさんはそう言って、再び煙を吐く。
リングラッド採石場は街道を西に進んだ先にあって、アモイウィルで取引される石のほとんどはあの場所から採掘される。
あの採石場が稼働しなくなるということは、街全体で宝石や天然石が流通しなくなることを意味していた。それなら、ストーンマーケットどころの話ではない。
「まさか、資源枯渇の可能性が出てきたのですか? そのための採取量制限とか」
「そんなことはない。あそこにゃ、まだまだ大量の原石が眠ってるはずだ」
「それなら、どうして」
「……風の噂だが、採石場のオーナーが変わったらしい。そいつが採掘量を著しく制限してるんだとよ」
レイナードさんの言葉に、ウィルさんは難しい顔をする。
「あ、あの……その新しいオーナー、どんな人なんですか?」
「さあな、どこぞの貴族様だってことくらいしか」
思わず尋ねると、レイナードさんはそう教えてくれる。すごく嫌な予感がした。
「まったく、貴族様の考えることはわからんね。庶民の生活など、どうでもいいんだろうよ」
吐き捨てるように言って、レイナードさんは天井を見つめる。
その一方、私とウィルさんは顔を見わせるしかなかった。
「というわけで、俺のところにも石がないんだ。わざわざ足を運んでくれたってのに、悪いな」
◇
すっかり意気消沈しているレイナードさんにお礼を言って、私とウィルさんは彼の家をあとにした。
工房に戻ってからも、なんとも言えない重苦しい空気がその場を支配していた。
仕事終わりにやってきたエレナさんもその空気に飲まれ、部屋の隅でじっとしている。
「……信じたくないのですが、採石場の権利を買ったのは、ガーベラではないでしょうか。宝石工房に勤めている、私への嫌がらせです」
「そんなまさか。いくらなんでも、そこまで……」
「妹なら……ガーベラならやりかねないんです。まして、今の彼女は中央貴族の妻なのですから。権力と資金、両方を持っています」
「むぅ……」
ウィルさんは否定しかけるも、私の説明を聞くうちに押し黙ってしまう。
それこそ、あまりにタイミングが良すぎるのだ。
「本当にごめんなさい。わたしのせいで」
次の瞬間、エレナさんが猛烈な勢いで謝ってきた。必死すぎて、床に頭を何度も打ち付けている。
「ちょっとエレナ、店の床に穴が空くからやめるんだ」
「そ、そうですよ。誰も怒っていませんから、やめてください」
「うぅ……」
そこまで言って、ようやく頭を上げてくれるも……エレナさんはすっかり元気をなくしていた。
本当、彼女が責任を感じる必要なんてないのに。
「……入荷の目処が立たないものをいつまでも待っていても仕方がありません。今ある石を使って、なんとか商売をしていかないと」
「そ、そうですね。私も頑張ります」
しばしの沈黙のあと、ウィルさんがそう言葉を紡ぐ。私も胸の前で握りこぶしを作りながら、彼に賛同する。
「わ、わたしもお手伝いします! 手伝わせてください!」
そんな私に続くように、エレナさんが声を張り上げた。
「もちろんです。エレナさん、期待していますからね」
彼女を安堵させるように笑みを向けつつ、しっかりと握手を交わす。
これはもう、ハーヴェス宝石工房、存続の危機だ。なんとしても乗り切らないといけない。