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第二十二話『エレナ、やらかす』


「配達員さん、わざわざありがとねー」

「いーえー。またよろしくお願いしまーす!」


 その日、わたし――エレナ・ハーヴェスは朝から下町を中心に配達業務をしていた。


 本来、わたしは遠距離配達の部署なのだけど……局長さんいわく、近距離配達員のハイネルさんが風邪で寝込んじゃったらしい。

 上司の命令には逆らえないし、街の中なら転送魔法を使うより足で直接運んだほうが早い。


 何より運動になるし、ずっと部屋にこもって魔法を使うより、お昼ごはんがおいしくなる。


「えーっと、手紙はだいたい配り終わったし。残るは……」


 独り言を呟きながら、郵便カバンを漁る。底のほうからチラシの束が出てきた。


「げ、チラシ配り忘れてた」


 これは郵便局が請け負っているもので、本来は手紙の配達と同時に一枚ずつ手渡ししていくものだ。

 その内容は新装開店のお知らせや割引セールなど様々で、今回は高級レストランの新メニューのお知らせだった。なんと割引券までついている。


「ほうほう。一枚もらっちゃおうかな……兄さんとアリシアさんのデートに使えるかも……って、高っ!」


 ディナーコース・お一人様1500ルピアスより……そんな文字を見た瞬間、わたしは思わず大きな声を出してしまった。


 こ、こーいうのは基本、お金持ち相手に配るべきだよねぇ。

 わたしはそう思い直して、坂道を上っていった。


 ……高級住宅街へたどり着いたわたしは、目についた家のポストへ手当たり次第にチラシを放り込んでいく。

 その時、高級洋服店から誰か出てきた。


「……あれ、アリシアさん?」


 その顔に見覚えがあったわたしは、たまらず声をかける。


「こんなお店から出てくるなんて珍しいですねぇ。今日はお店、お休みですか?」

「は?」


 アリシアさんはわたしを一瞥するも、嫌悪感に満ちた表情をした。


「……失礼ですが、どなたかとお間違えではありませんか?」


 直後、女性の背後から立派な身なりの男性が現れ、怪訝(けげん)そうな顔で尋ねてくる。

 その時になって、わたしは初めて人違いだと気づいた。

 よく見れば、この人は従者さんっぽい。ということは、相手の女性は貴族だ。


「た、大変失礼をいたしました。ご無礼をお許しください」


 全力で謝罪し、一目散にその場から消えようとする。


「お待ちなさい」

「はうっ……!」


 そして背を向けた瞬間、貴族様から声をかけられた。

 平民のわたしにとって、貴族様の言葉は絶対。反射的に足が止まってしまう。


「あなた、どうしてアリシアの名前を知っていますの? それにお店とは? あちらで詳しく話してくださらない?」


 女性が指し示す先には、黒塗りの馬車があった。


「え、えっとその、あの」


 わたしはしどろもどろになりつつも、彼女の指示に従うしかなかった。

 ……その後、貴族様特有の雰囲気に圧倒され、わたしは洗いざらい喋ってしまったのだった。


 ◇


 仕事を終えてすぐ、わたしはハーヴェス宝石工房へ飛び込む。


「……ということがあったんです」


 店じまいの準備をしていた兄さんとアリシアさんに事の顛末を話すと、二人は顔を見合わせた。

 それからわたしを工房の奥へと案内すると、アリシアさんが口を開く。


「エレナさんが出会った貴族の女性……彼女は私の双子の妹、ガーベラです」

「え、双子?」

「……エレナ、声が大きいよ」

「ご、ごめんなさい」


 思わず自分の口を両手で覆う。


「私には双子の妹がいるんです。驚きましたか?」

「そ、そうなんですね……びっくりしましたけど、そこまで気にならないというか。アリシアさんはアリシアさんですよね」


 特に考えることもなく、そんな言葉が口から出た。

 双子については色々(いわ)れがあるけど、不思議と受けられているわたしがいた。


 そんなわたしの様子を見て、アリシアさんは安堵の息を漏らしていた。


「エレナ、このことは他言無用だからね」

「もちろんですよ。お喋りは好きですが、節度はわきまえているつもりです」


 兄さんは神妙な顔で言う。わたしはしっかりとうなずいた。

 ……今になって思えば、妹のガーベラさん? ガーベラ様? は、アリシアさんと顔は似ていたけど、雰囲気が全く違っていた。


 そもそも、アリシアさんがあんなきらびやかな服を着るはずがないのに、どうして間違えたんだろう。


「それより、どうしましょうか。私の居場所がガーベラに知られてしまいました」

「……何もなければいいのだけど」


 そんなことを考えていた矢先、兄さんとアリシアさんは難しい顔をした。


「わたし、完全にやらかしましたね……」

「うん。やらかしたね……」

「でも、妹がこの街に滞在しているのなら、遅かれ早かれ見つかっていたと思います。エレナさんは悪くありませんよ」


 アリシアさんはそう励ましてくれるも、わたしは自責の念に押しつぶされそうになっていた。


 かといって、わたしにできることといえば、平穏無事な日々が続くことを祈るくらいだった。



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