第二十一話『突然の来訪者』
……浜辺での出来事があってから、私はウィルさんを妙に意識するようになった。
お互いの秘密を共有したということもあるのだろうけど、彼が私を受け入れてくれたことで、無意識に作っていた心の壁が取り払われたことが大きい。
……正直、私は彼に恋してしまったのかもしれない。
今まで恋なんてしたことがないし、この感情がそうなのかと言われれば、はっきりとはわからないけど。
……たぶん、そうなのだと思う。
そんな淡い思いを内に秘めたまま、ハーヴェス宝石工房での日々は過ぎていく。
「ウィルさん、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます。今日はお客さんが少ないですね」
「そ、そうですね。たまにはこういう日もあるのではないでしょうか」
一方、ウィルさんの態度は特に変わらず。このような気持ちを抱いているのは、私だけなのかも。
なんとも悶々とした気持ちになっていた矢先、馬車の音が近づいてきた。
カウンターでお茶を飲んでいた私たちは、反射的にお店の入口を見る。
すると、店の前に黒塗りの立派な馬車が止まった。
あれは……どこの馬車かしら。
このあたりではあまり見ない紋章がついている。どこかで見た覚えがあるのだけど、それがどこだったか、思い出せない。
「噂をすれば、お客様のようですね」
苦笑するウィルさんの隣で、私は猛烈に嫌な予感がした。
そしてそれは、馬車から出てきた人物を見た瞬間、現実となった。
「……ガーベラ?」
その顔を見て、私は血の気が引いた。まさか、妹がこの店にやってくるなんて。
私は素早くカウンターの裏に隠れる。
どうして。あの子、中央貴族様のところへ嫁いだはずじゃ? なんでこの街にいるの?
「……アリシアさん、どうしました?」
「あ、あの子、妹です。先日話した、双子の」
声が震えて、そう口にするのが精一杯だった。
ウィルさんと話したことで、両親への嫌悪感は消えていたものの……今この場で、妹と鉢合わせするわけにはいかない。私はまるで小動物のように縮こまる。
「……言われてみれば、確かに似ていますね。アリシアさんは、ここに隠れていてください」
彼がそう言った直後、扉が開く音がした。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょう」
ウィルさんが声をかけるも、ガーベラは鼻を鳴らしただけのようだった。靴音が二人分あるので、従者さんでも連れてきているのだろう。
しばらくの間、店内を歩き回る足音と、棚の上にある装飾品を触る音だけが聞こえた。
ただそれだけなのに、私はいつ見つかってしまうか、気が気ではなかった。
「……噂ほどではありませんわね。あえて買わせていただくなら、このあたりかしら」
『え、ちょっと待ってくれ。俺はあんたのとこには行きたくない!』
妹に続いて、そんな石の声がした。この声はアレキサンドライトだ。
「そちらのペンダントは、当店でも極上品となります。さすがお嬢様、お目が高い」
「お世辞は結構ですわ。この程度の品、私の家にはたくさんあります。もっと精進しなさい」
「はは、これは手厳しい」
妹は嫌味たっぷりに言うと、さっさとペンダントを購入して店から去っていく。
アレキサンドライトも嫌がっていたけど、今の私に彼女を止めることなんてできるはずもなかった。
「……お帰りになられました。もう大丈夫ですよ」
「はぁぁ……」
ウィルさんの言葉に心の底から安堵しつつ、私はカウンターの下から這い出す。
「……本当に双子なのですね。声も見た目も、非常によく似ていましたよ」
すっかり冷めてしまったお茶で、カラカラになった喉を潤していると、ウィルさんが呟くように言う。
「まぁ……顔は似ていましたが、雰囲気はまるで違いましたね。刺々しいといいますか」
「妹は元々あんな感じです。蝶よ花よと育てられましたから、わがままで」
「その割には、蝶も近づけないバラのような雰囲気でしたが。スイーピーのようなアリシアさんとは、えらい違いだ」
まだ声がこわばる私を気遣うように、ウィルさんは言うも……私の気分は沈んだままだった。
貴族たちの間でハーヴェス宝石工房が有名になるのは嬉しいけど、王都にいるはずの妹まで買いに来るのは予想外だった。
「しかし……これは困りましたね。アリシアさんの妹さん、しばらくこの街に滞在するのでしょうか」
「じ、実家がありますし、その可能性は高いかと」
「そうですか……エレナにも注意するよう、伝えても構わないですか?」
「……はい。よろしくお願いします」
少し考えて、私はうなずく。
エレナさんにも私が双子の片割れであることが知られてしまうだろうけど、あの子ならウィルさんと同じように受け入れてくれる気がした。




