第二話『追放令嬢、拾われる』
「え? あの、その……」
『大丈夫だよ。ウィルは優しいから』
『お嬢さん、お入りなさいな』
とっさに身構えるも、直後に近くの宝石たちから声がする。
私はその言葉を信じ、お店へと足を踏み入れることにした。
「突然お声がけしてすみません。私はこの工房主で、ウィリアム・ハーヴェスと申します」
彼は屈託のない笑顔で言って、毛布を渡してくれる。
それを羽織ると、じんわりとしたぬくもりが広がる。その時初めて、自分の体が想像以上に冷え切っていたことに気づいた。
「どうぞ。こちらにお掛けになってください。今、温かいスープをご用意します」
私に椅子を勧めると、ウィリアムさんは店の奥へと消えていく。ややあって、バターのいい香りが漂ってきた。
思わず反応したお腹を抑えつつ、お店の中を見渡す。
入口近くの陳列棚には無数のアクセサリーが並び、その全てに色とりどりの宝石が使われている。
一見華やかだけど、棚や床の隅にはホコリが積もり、掃除が行き届いていないのがわかった。
カウンターの奥には工具や機械が置かれ、つい先程まで作業していたのか、大きなエメラルドが放置されている。
『ボク、これからイヤリングにされるんだ。本当はブローチになりたいのに』
その緑の宝玉へ視線を送った時、そんな言葉が聞こえた。
宝石たちにも、しっかりと自分の意志がある。この子のように、訴えてくる場合も少なくない。
「お待たせしました。お口に合うかわかりませんが、どうぞ」
その時、大きなマグカップに入ったスープを手に、ウィリアムさんが戻ってきた。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
私はそれを受け取り、おずおずと口をつける。
優しいバターのコクのあと、野菜の旨味が口の中に広がった。
それに続いて、なんとも言えない温かさが全身に染み渡っていく。
私は不思議と涙が出そうになり、目尻をぬぐう。
「もしや、お口に合いませんでしたか?」
「いえ、とてもおいしいです。人に優しくされたのは、ずいぶんと久しぶりで」
「……何か事情がおありのようですね。よろしければ、話していただけませんか?」
わずかに恥ずかしい気持ちになりながらそう伝えると、彼は神妙な顔をする。
『あんな雨の中、女の人が一人で歩いていたら、ウィルも気にもなるよね』
『うんうん。助けたくなる気持ちもわかるよ』
続いて、陳列された宝石の中からそんな言葉が聞こえた。これは当然、私にしか聞こえていない。
「その、実は……」
私は少し悩んだあと、家を追い出されるまでの経緯を彼に話して聞かせる。
その際、元貴族の娘であることは伝えたものの、双子であるということは隠しておいた。
「なんと……アリシアさんは大変な苦労をされたのですね」
思わず目を伏せる私に、ウィリアムさんは哀れみの言葉をかけてくれる。
彼は常に目線を合わせてくれて、私の胸の中には安堵感が広がっていった。
「こんな天気ですし、今日はここで休んでいきませんか」
「え?」
「妹が使っていた部屋があるので、そちらを使っていただいて大丈夫です。着替えも妹のものがありますので」
続いて、彼はそんな提案をしてくれる。
願ってもない話だけど、初めて会った男の人の家に泊めてもらうなんて……。
『ウィルは恥ずかしがり屋だけど、悪い人じゃないよ』
『そうそう。この前も、お店の前で泣いてた迷子を助けてたし』
その時、店頭に並べられた宝石たちがそう教えてくれる。どうやら、悪い人ではなさそうだ。
「……どうかしましたか?」
「あ、いえ……」
彼らの声に耳を傾けていると、ウィリアムさんが不思議そうな顔で私を見る。
どのみち、今から外に出たところで、また雨の中をさまようだけ。
ここまでお世話になってしまったのだし。今から出ていくというのも失礼がすぎる。
朝になって天気が回復したら、改めて出ていこう……私はそう決めて、一晩だけお世話になることにしたのだった。