ラーメンは生きてる
ーラーメンは生きている。
「よいしょ」
久野誠はカップラーメンにお湯を入れて待つ。歳は20代。仕事の付き合いで飲んで、帰ってきたばかりだった。
「あたりつき?」
コンビニで適当に買ったラーメンの蓋を見て、驚く。大好きな味噌ラーメンを選んだのだが、あたりはずれがあるとは思わなかった。
ー蓋を開けて、何もなかったらはずれか。
右手を蓋にのせ、割り箸を引き寄せる。飲んだ後は少し空腹感があって、塩辛いものが食べたかった。
「バター、どうするか」
後ろにある冷蔵庫を覗き、ひとりごちる。アパートで一人暮らし。何でも食べ放題だった。
「……止めておこう」
腹の肉をつまみ、バターを諦める。今日は焼鳥におでんなど、美味しいものを食べたいばかりだから、カロリーを気にした。
「そろそろ良いかなあ」
割り箸を割って、蓋を開ける。すると、怒鳴り声がした。
「熱いだろ。早くしろ」
「……。え?」
誰かの声にびっくりして、箸を落としそうになった。周りを見ても、誰の気配もしない。居るとしたら、自分くらいなものだった。
「……。幻聴か?」
「バカか、お前」
ラーメンから声がした。蓋を広げてみると、小さな男が入っていた。中華服を着て、自分より若そうだった。10代くらいだろうか。
「わあお!!」
あまりの衝撃に、誠はラーメンをこぼしそうになった。しぶきが手にかかり、熱いと肌が認識する。夢ではないようだった。
「おい、お前」
「……。俺のこと?」
自分を指差すと男は深く頷く。
「僕はソーミ。味噌ラーメンの精霊だ」
「……。味噌ラーメンの精霊?」
そんなのが居るのか、信じられなかった。初めての体験に戸惑う。
「お前、あたりだよ。何か言え」
「何か言えって、何を……?」
誠は恐る恐るソーミに声をかける。ラーメンのあたりとは精霊と出会うことだったらしい。
「幸せにしてやる。1個だけ望みを言え」
「…望み?」
とっさにおうむ返しに聞くと、男は偉そうに腕組みする。その下でラーメンはどんどん伸びていく。
「あの、その」
言葉にならずにいると、ソーミはラーメンの容器のふちに腰掛け言う。
「たった一個だ。ただ金持ちになりたいとかは駄目だぞ」
偉そうに言うと、ソーミは腹についたメンマをどける。誠の腹がぐうと鳴った。ラーメンを食べようとしただけなのに、厄介なことに巻き込まれた気がした。とりあえず、割り箸を置き、ソーミと向き合う。
「望み? 1個だけ?」
「そう言ってるだろう? 頭悪いのか?」
口の悪さにカチンとくる。あたりだか何だか知らないが、何でそんなに偉そうなのか、分からなかった。
「じゃあ、豪華な食事や飲み物を出してみろ」
どうせ出来ないだろうと適当に言うと、男は腕組みをして問いかける。
「そんなことで良いのか?」
「そんなことって…」
誠はショックを受ける。本当に願いを叶えられるらしい。
ーどうしよう。
金持ちとか駄目なら、何しようか悩む。叶えたいことならたくさんあった。
「じゃあ、じゃあ、俺を出世させてくれ」
「無理だ。そういう願いじゃなくて、もっと身近な望みだ」
「身近な望み?」
「そう。例えば彼女が欲しいとか」
「それはない。俺、彼女居るし」
スマホを取り出し、ソーミに見せる。スマホには笑っている彼女の姿が写っていた。将来的には結婚する予定だった。
「それなら、美女も駄目だぞ。早く言え」
「早く言えって言われても…」
誠は困って鼻をかく。まさかラーメンの精霊と会話できると思わなかった。普通にいられるのは、飲んだせいかもしれない。
「だったらー」
誠は頭を抱え、よく考えてみる。身近な望みなら、一つだけ浮かんでくる。
「彼女と幸せにしてくれ」
「分かった」
ソーミは腰からさげている爪楊枝みたいなものを手に取ると、誠に向けてくる。
「変更はないな」
「ない。今のところは」
「駄目だ。願いは1回きりだ」
「分かった。…それでいい」
口を閉じると、ソーミが輝きだす。白銀の色が眩しくて、誠は目を細める。
「我はソーミ。この者を幸せにしろ」
爪楊枝は杖の代わりだろうか。誠に向けると、誠に
の体が輝きだす。痛みはなかった。ただ、体が楽になった気がした。
「よし。終わり」
「えっ? もう終わりなの?」
「そう。お前と彼女はこれで幸せになれる」
杖を腰に戻すと、ソーミの姿が薄くなる。
「えっ。ちょっと…」
「じゃあな。元気でいろよ」
そう言うと、ソーミは消えていった。後に残されたのは、のびたラーメンだけだった。
「……何だ、今の」
誠の体も輝きを失っていた。ただ、現実だということだけは分かる。
ー信じるか。信じまいか。
どちらにしろ、誠はラーメンを手に取る。どこを見ても、精霊の姿は見えなくなっていた。
「彼女と幸せか…」
嬉しいような、怪しいような複雑な心境だった。急に彼女の声が聞きたくなり、電話をかけようと思った。
「あ、もしもし」
のびたラーメンは諦め、彼女と会話する。不思議とスラスラと喋れる。彼女も嬉しそうだった。
ーこれでいいのかもしれない。
たった1個の願い。それで十分なような気がした。
「えっ? デートしたい?」
彼女から望まれて、誠は幸福感に包まれる。彼女も働いているので、休みを調節するのが難しかった。
「いいよ。いつにする?」
スケジュール帳を取り出し、誠は微笑む。魔法が本当かどうか知らないが、幸せだった。