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7・届いた荷物

 届いた荷物は、幼児が余裕で二、三人入れそうな木箱が三つ。

 それが屋敷のエントランスホールにどん、と置かれていた。それを囲む私、ギルベルト、コンラート、そしてクリストフ様。クリストフ様は大きいけれど、エントランスの扉から入ることができる。普段温室にいるのは、屋敷が毛まみれになるのを防ぐためらしい。


「本当に中身に心当たりはないんだね」とクリストフ様が訊く。

「はい。兄には嫌われていて、まともに話したことがありません。屋敷にもほとんど帰って来ず、父の葬儀にも出ませんでした。父はいつも『良い青年だよ』とフォローしていましたが……」

 思い出して、悲しくなる。お父様はアシルをとても買っているようだった。だというのに、彼は喪主の役目を放棄して仕事にふけっていた。


 アシルは魔術庁で魔道具製作師として働いている。様々なものを作っている部署だけど、アシルは特に庶民向けの道具を開発するのが得意だという。国民の大半が微弱な魔力しか持っていないなかで、それでも使いやすく、生活を便利にするためのものを好んで考案しているそうだ。

 お仕事は立派だ。でも、父親の葬儀よりも優先するほど、逼迫した状況があったとは思えない。


「兄は魔道具制作師としては、優秀だとは聞いていますけど」

「ならば、これは魔道具か? でも、送りつけてくる意味がわかりませんね」とコンラートが首をかしげる。


「とにかく、開けてみよう」とクリストフ様。「危険なものだといけないから、エヴリーヌは離れていなさい」

 その言葉に従僕たちが前に出てきて、釘抜を使って木箱の蓋を開け始めた。


「私はできないんです」と、コンラートが左手を軽く持ち上げた。白い手袋が目を引く。「こちらが義手なもので」

「十年前の魔獣討伐でやられたんだ」とクリストフ様が説明する。「ひじから先がない」

「これだけで済んだのは幸運だったんですよ」とコンラートは、私が口を開く前にそう言って微笑んだ。「クリストフ様がかばってくださったおかげです」

「部下を守るのは、当然のことだ」

「こういうひとなんですよ」と優しげな表情のコンラート。

「お優しいのですね」

 クリストフ様のもふもふの腕をそっと撫でる。


『わふんっ』

「あっ、すみません。断りもなしにふれてしまうなんて、失礼ですね」

「いいんですよ」とコンラート。

「勝手に決めるな!」とクリストフ様が怒る。


 ふたりが仲良さそうに、わいわいやり取りをしている間に木箱は半ば解体されて、中が見えてきた。チェストだ。


「私の部屋にあったものだわ」

 近寄って、ふたを開ける。ぎゅうぎゅうに私の衣服が詰め込まれていた。ほかのふたつも、衣服や装身具、日用品に化粧道具。聖女しか着られない専用の衣装まである。

 そして、見慣れない巾着があると思ったら、金貨がぎっしり入っていた。


「これを送ってくれたの? アシルが? わざわざ?」

 戸惑いながら、目についた分厚い紙の束を手に取る。その表紙には『伝承収集(3)・呪いの解き方』と書いてあった。


「もしかして、私を聖女だと信じてくれているの? 心配もしてくれて……?」

「そのようだな。紙束は恐らく、相当貴重なものなのではないかな。私がフェンリルになったときに魔術師や神官があれこれと調べてくれたが、そんな資料があるとは聞いていない」

「でも、嫌われていたんです」と、クリストフ様のお顔を見る。


「荷物の中に、兄君からの手紙はあるか」

「ないようです」

「多分だが、兄上は単純に口下手なだけではないかな」


 コンラートがうなずく。

「周りのことに無頓着な方なのでしょう。だから爵位をつけずに名前を書いてしまう」

「それでも義妹が追放されたと聞いて驚いて、大急ぎで私物を送ったのではないかな。言葉足らずにもほどがあるが」と、クリストフ様が優しい口調で言う。「きっと父君の葬儀に出なかったのも、彼なりに理由があったのだろう」


 それから、クリストフ様は鼻先で私の頭にこつんとした。


「エヴリーヌ嬢には味方がいっぱいいるようだ。すぐに都に帰れるだろう。そのときは兄君としっかり話し合うのがいいのだろう」

「はい……」


 黒い大きな鼻越しに、緑色の優しい瞳と目が合う。


「あの。なんだか混乱してしまって」

 だって、ずっと嫌われているのだと思っていたのだ。お父様の葬儀に出ない、ひどい人だとも思っていた。それなのに、勘違いたっだの? 私を心配してくれているの?


「エヴリーヌ嬢」とクリストフ様。「首の下がもぞもぞするのだが、少し毛並みを整えてくれないかな」

「はい。失礼しますね」


『この辺りですか』と尋ねながら、もっふもふの毛をなでる。

 しばらくそうしていてから、気がついた。クリストフ様は、もぞもぞなんて感じていない。私を励まそうと、もふらせてくれているのだ。


 見上げても、真正面を向いているクリストフ様の目は見えない。


「私、いっぱいいっぱい、毛づくろいのお手伝いしますから! いくらでも申しつけてくださいね!」

『わふん!』


 可愛いお返事をもらった。

 クリストフ様に出会えて、よかった。




(本当のことを言うと。クリストフが温室にいるのは、きれいな花々に囲まれた銀色のフェンリルを新が見たかっただけです

……)

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