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4・人の姿の公爵様

 巨大な温室は、魔獣になったクリストフ様用に建てられたものらしい。少しでも長く月の光を浴びて、人の姿でいられるようにするためだそうだ。

 奥には書斎兼ダイニングルーム兼寝室があるという。

 クリストフ様は『もし、イヤではなかったら』と断りをつけてから、温室での晩餐に私を誘ってくれた。


 ギルベルトの案内で、咲き乱れる花々の間を通る道を進んでいくと、すぐに開けた場所に出た。大きいけれど、椅子が二脚しかないダイニングテーブルに座っていた男性が立ち上がって、私を迎えてくれる。


「改めて、私がクリストフ・セヴィニェだ。よろしく、エヴリーヌ嬢」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 そう答えたものの、なにかが引っかかる。

 月明かりと燭台の炎しかない温室は、薄暗い。けれどその視界の悪さでも、クリストフ様が稀にみる美男だとよくわかる。整った造作に煌めく長い銀髪。今は瞳の色ははっきりしないけれど、宝石のような美しい緑色だと知っている。


「私の顔がなにか?」と、クリストフ様。

「お顔に見覚えがあるような気がします。でもこんな美しい方、一度会ったら忘れないと思いますし」

「……少なくとも、十年は人の姿で会ったことはないはずだ」

「そうでした。十年前だと私は八つ。それよりも前かしら」


 一生懸命に記憶をさぐる。クリストフ様も十歳ほど若返らせて……。


「公爵様は、今はお幾つですか?」

「二十八だ」

 あら。思いの外、若い。

「それなら、今の私やオーバン様の年齢で、魔獣退治の先頭に立ったのですか」

「そうなるな」

「すごいのですね」

「いや。別件で騎士団長たちが身動きが取れなかったから、私が引き受けただけのことだ」


 クリストフ様は、そう謙遜した。でも、それがどれほど大変なことかは、私だってわかる。

 魔の世界と人の世界は別れているから、魔獣がこちらに現れることは滅多にない。ましてやそれが大量にだなんて。天変地異並みに尋常ではないことなのだ。


 あ。天変地異で思い出した。


「お会いしたのは、オーバン殿下の七歳のお誕生会です。初夏なのに(ひょう)が降りました」

 クリストフ様が首をかしげる。だけれど私ははっきり思い出した。

「私、誕生会がつまらなくて外に出て、庭園を探検していました。そうしたら雹が降って来たから楽しくなって。気づいたら、なぜか噴水に落ちていたんです」

「ああ!」クリストフ様の表情が明るくなった。思い出してくれたらしい。「あの、素っ頓狂な女児か!」


 こほん、とギルベルトが咳払いをした。


「いや、失礼した」とクリストフ様。「ええと、個性的な」

 こほん!

「面白い」

 こほん!


 ふたりのやり取りが面白くて、笑ってしまう。

「構いません、『素っ頓狂』で。あのときは助けてくださって、ありがとうございました。でも公爵様も、変わり者ですよね? 自ら噴水に入って助けてくださいましたもの」


 その場には数人の男性がいたのを、はっきり覚えている。

 だというのに、王弟である彼が真っ先に噴水に飛び込んだのだ。


「騎士として当然のことをしただけだ」

「では、そういうことにしましょう」


 つい、と目の前に手を差し出された。エスコートらしい。手を重ねると、優雅な足取りで席に案内され、椅子をひいてくれた。

 オーバンよりもずっと紳士だ。


 彼と婚約をしたのは聖女になった直後で、十五歳のときだった。聖女は年齢が近い王族と結婚するのが決まりだ。私の場合、それがオーバンだった。

 彼を好きじゃないとか、頭も性格も残念過ぎるからイヤだとか、その程度の理由では、私から拒絶することはできなかった。


 だからそれなりに、王太子の婚約者として頑張っていたつもりだったのだけど。

 彼を慕うことができない気持ちが、伝わっていたのかもしれない。だからこんなことになったのだ。


 クリストフ様は聞き上手で、問われるままにそんなことをすべて話してしまった。


「だとしても、本物の聖女を追放していいことにはならない。兄上は子煩悩だったが、オーバンがそこまで阿呆になってしまったとなると、問題だな」

「イザベルを本物と思い込ませる秘策があるのかもしれません」


 彼女が本物ではないことは確かだ。

 女神に選ばれた聖女は胸元に星の形をした刻印が現れる。でもこれは基本的に神官長と国王、それと聖女本人しか知らない秘密の『証』だ。だから私は聖女になって以来、胸元が開いた服は着ないようにしている。


 一方でイザベルは、胸が半分あらわになるほど大胆な服ばかりを好む。そして、刻印が見えたことは一度もない。私を断罪したときも含めて。


「私は偽聖女のままでも構いませんけど、あのような人が国王と妃になるのは国のためになりませんね」

「そのとおり」とクリストフ様は力強くうなずいた。「今回のことで兄上の目が覚めてくれるといいのだが」


 ふと気になって、

「公爵様は、私がウソをついているとはお疑いにならないのですか」と聞いてみた。

 彼は私が聖女としてお勤めをしているのを、見たことがない。今回の騒動も、伝え聞いているだけ。


「ああ、それは……」と、なぜかクリストフ様は目を泳がせた。「実はフェンリルの姿のときは、ウソがわかる」

「まあ、すごい」

「イヤではないのか?」

「いいえ。――あ、サプライズを用意しているときは困りますね」


 どうしてなのか、クリストフ様は、

「本当に君は変な子だ」と笑った。

 おかしな話をしているつもりはないけれど、クリストフ様の笑顔を見るのはなぜだか嬉しかった。


「父が亡くなって以来、こんなに食事の時間が楽しいのは、初めてです」

「そうか。ならば明日の晩餐もどうだろう。明日は私の片腕も帰って来るから、三人で」

「ご迷惑でなければ、ぜひ」


 私たちは明日の約束をして、それからたくさんのことを話した。

 まるでずいぶん前から友人だったかのように。





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