3・もふもふを堪能する
「では、それまでバカンスだと思って、のんびりするといい」とクリストフ様。「困ったこと、要望は執事長のギルベルトに申しつけてくれ」
「ありがとうございます」
クリストフ様が執事長に、私を部屋に案内するよう命じる。
でも、でも。
ちらりと、クリストフ様を見る。
さわってみたい。
もふもふ。
どんな手触りなのか、気になる。
要望を言っていいと許可をもらったし。でも、初対面のひとに『さわらせてください』なんてお願いをするのは、不躾を通り越して変態のような気がする。
「エヴリーヌ嬢?」とクリストフ様。「なにか言いたいことがあるなら、遠慮なく言ってくれ」
私がもじもじしているのに気づかれてしまったみたい。だったら――
「よかったら、もふらせてください! 子供のころに飼っていたリトルを思い出してしまって!」
「もふ……?」
クリストフ様の声が明らかに動揺している。
そうよね。初対面のひとに言われたら、イヤよね。私だって、見ず知らずのひとに『なでなでさせてくれ』なんて頼まれたら、拳で殴ってしまうもの。
「やっぱり、なんでもないです。ごめんなさい」
「そんな涙目で謝られても……」と、呟いたクリストフ様は、『わふ』とため息をついた。
『わふ』!
可愛すぎる!
普通に喋っていても、犬的な声も出てしまうのね。
「エヴリーヌ嬢。肩の辺りならば、構わない」
「まあ! ありがとうございます!」
すすすと進み出て、『失礼します』とそっと肩にふれる。もふっとして、手が毛の中にすいこまれる。
ふわっふわのふわっふわ!
「今は冬毛なので」とギルベルト。「毛量がかなり多くなっております。良い心地でございましょう?」
「ええ!」
毛並みに沿って、静かになでる。
また『わふ』とのため息が聞こえた。
「ごめんなさい、おイヤでしたか?」
「緊張なさっているのです。私以外の者が触れることは滅多にございませんので」
「そうなのですね」クリストフ様の凛々しいお顔を見る。「危害はけっして加えませんわ!」
なぜかギルベルトが、くっと笑いを噛み殺した。
「失礼しました。魔獣である旦那様にそのような発言をされる方は、初めてでしたので、つい」
「あ、魔獣なのでしたね。穏やかなお顔をされているから、忘れていました」
もふもふ、なでなでしながら、答える。
『わふん』とクリストフ様が可愛い声をあげた。
「エヴリーヌ嬢」
「はい」
「あなたが飼っていたというリトルに、私は似ているのかな?」
「ええ、もふもふ感が」
ほんと、なんて素敵な感触かしら。
「顔をうずめてもいいですか?」
「いや、それはやめてくれ」
ダメか。がっかり。
諦めて、もふもふを堪能する。
「リトル様はなんの犬種だったのですか」と執事に尋ねられた。
「ポメラニアンです」
『わふっ!』とクリストフ様。
「お好きですか? ポメラニアン」と、彼の顔を見る。
「嫌いではないが……。私とは似ていないのではないかな? 毛並みも、サイズも」
「もふもふは一緒です! リトルは、よく犬吸いをさせてくれたんです」
「犬吸いとはなんだ?」
「匂いを吸うことです。とっても幸せな気持ちになれるんですよ」
『わふっ』
「もちろん、公爵様がおイヤならしませんから、ご安心ください。残念ですけど、元、犬のパートナーとして、そのくらいはわきまえています」
「『元犬のパートナー』!」
「あ、申し訳ありません。公爵様は狼の魔獣でしたね」
こんなに大きくて立派なのに、普通の犬と同列に語られるのは不本意だろう。
「そうだな」わふっ、とため息。「兄上に君を預かる旨の手紙を送るのだが、『エヴリーヌ嬢との会話は退屈しない』と、書き添えておこう」
手紙?
彼の前足を見る。一般的な犬の足の形をしている。どうやってペンを持つのだろう。不思議に思っていると、
「そうか、これも聞いていないのか」と、クリストフ様の美しい緑の瞳が私に向けられた。「私は月の光を浴びているときだけ、人の姿に戻れるのだよ」