番外編・月夜のクッキー1(エヴリーヌのお話)
『7・届いた荷物』のあとに入るお話です)
「これは……! 大変、お上手でございますね」
調理台の上に並べられた焼きあがったばかりのクッキーを見て、ギルベルトが声をあげた。
「私よりもうまいですよ」とセヴィニェ邸の料理長が言う。
コンラートは身を乗り出して、「おいしそうだ」とクッキーを見つめる。
誰もが手放しで褒めてくれるから、少し気恥ずかしわ。
「レシピが良いのです」
教えてくれたのはルヴィエ邸の料理長。本来は貴族が使用人エリアに入るのは、よろしくない。
だけど私的なお出かけがあまりできない私を気遣って、お菓子作りを教えてくれたのだ。
「ぜひ、召し上がってくださいな」
「「「いやいやいや」」」
三人は声をそろえて、首を横に振った。
「旦那さまより先に口にするわけにはまいりません」
ギルベルトがそう言うと、残りのふたりが大きくうなずく。
確かに私は、『滞在させていただいているお礼として、クリストフ様にクッキーを作りたい』とお願いした。だけど――
「みなさんの分もあるのですよ」
「だとしても、です」と、きっぱりと告げるギルベルト。そして、暗い窓の外を見て「そろそろ晩餐の時刻です。こちらは食後のデザートとするのは、いかがでしょう」
なんだか、それはおおごとのような気がする。ちょっとしたお茶菓子程度のつもりだったのだけど。
というか。よく考えたら、クリストフ様は王宮で育った王族。
そんな方のお口にあうかしら。
クッキーのお礼を思いついたときは名案だと思ったのだけど、段々心配になってきたわ。
◇◇
月明かりに照らされた小道を進む。夜の温室は日中の熱をためこんでいて、外よりも温かい。濃い花の香りとあいまって、夢の中の世界のような感じがする。
その中で人の姿のクリストフ様が、私を待っている。
月の光を集めたような美しい銀髪を輝かせ、美しいお顔に優し気な笑みを浮かべて。フェンリルのときも、人のときも、落ち着きがあって穏やかな方だ。
「こんばんは、エヴリーヌ嬢」という声は深みのあるバリトンで、耳に心地良い。
そして彼の温厚そうな口調は、『この方はきっと、オーバンのように婚約者の行動に制限をつけることは、しないのだろうな』と思わせてくれる。
クリストフ様は素晴らしい人だ。
私の作ったクッキーを少しでも気に入ってもらえると嬉しいのだけど……。
どうか、お口に合いますように。
そう願いながら差し出された手に、自分の手を重ねる




