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2・もふもふ公爵様

 老執事ギルベルトに、クリストフ様に会うかどうか尋ねられた。私の事情はすでに伝わっていて、彼に会う会わないに関わらず、こちらの屋敷で面倒を見てくれるという。

 とはいえ、私は当主の呪いを解きに来たのだ。会わないなんて選択肢はない。


 そう伝えると執事は、私を屋敷の裏手に連れて行った。そこには屋敷よりは小さい、だけれど巨大な温室があった。


 中に入ると、すぐに息をのんだ。美しい花々に囲まれて、大きな銀色の狼がいた。伏せているのに視線の高さが私と一緒で、巨大な口は簡単に人を呑み込みそうだ。けれど、緑色の瞳は穏やかで優しそうだった。見た目こそは獣だけど、怖くはない。


 むしろ、もふもふとした毛がさわり心地がよさそうで、心が昂ってしまう。昔飼っていたリトルがあんなふうだった。ふわふわの毛皮に包まれたら、さぞかし気持ちいいだろう。


 でも、素敵さに呆けている場合ではないわ。


「ルヴィエ伯爵の妹であるエヴリーヌでございます」と、膝を折って挨拶をする。


 私の父、前ルヴィエ伯爵は半年ほど前に病死した。今はイザベルの兄であるアシルが当主だ。

 だから私が追放されようが婚約を破棄されようが、ルヴィエ家には味方をしてくれる人はいない。捨てられた今となっては、このような名乗り方も正しくはないだろう。

 でもほかに名乗りようもないものね。


「どうぞ急な来訪をお許しください」

「ギルベルトより事情は聞いた」と巨大狼が喋った。低めの男性の声だ。「私はこのような姿ではあるが、セヴィニェ公爵家当主、クリストフだ。エヴリーヌ嬢。私のことは聞いているかな?」

「魔獣退治の際に呪われた、と」

「なるほど。道理で、話がおかしいと思った」


 ギルベルトが大きくうなずく。

 ということは……どういうこと?


「私は呪われたのではない。だから君に解呪の力があったとしても、人の姿に戻すことは不可能なのだ」

「呪われたのではない?」

 思わず訊き返してしまった。

 それなら、どうして公爵様はこんな姿になっているの?


「魔獣討伐に出る少し前に、瀕死の子犬を助けてね」とクリストフ様。「私にとてもなついてくれたから、チビと名付けて大切に育てていたのだが、それは犬じゃなかった。フェンリルと呼ばれる、狼に似た魔獣だったのだ」

 彼の緑の瞳を見つめる。彼はとても狼によく似ている。


「討伐はかなり状況が悪かった。なんとかすべての魔獣を倒し終えたとき、私もチビも瀕死だった。そのままだったら、私は死んだだろう。けれどチビが持てる魔力をすべて私に注ぎ込んでくれたのだ。その結果、私はフェンリルになったのだ」

 彼の周囲に目を走らせる。ほかに狼らしき生き物はいない。


「では、チビ様は?」

「消えた。自分の命を削って、私を助けた」

 クリストフ様の緑の瞳が悲しげに見える。

「彼はそれだけ公爵様をお好きだったのですね」


 手を組み目をつむり、チビ様に短い祈りを捧げる。

 終えると、改めて公爵様を見た。


「では、私にお手伝いできることはないのですね」

「恐らくは。私からチビの魔力を取り除いたら、死ぬのではないかな。だからすまぬが、君がふたたび本物の聖女だと認められるための手伝いは、できないんだ」

「構いません。王太子殿下になんとそしられようと、やることは変わりませんもの」


 安心してもらおうと思って微笑んだら、クリストフ様は大きな目を瞬いた。まつ毛がとても長い。


「まさか、ここで浄化を?」

「はい。――あ、魔獣のお体には障りがありますか?」

 だとしたら、こちらでお世話になることはできないわ。


「いや、それはないだろう。チビが子犬のころは、王都で元気に暮らしていたからな」とクリストフ様。「だがそれでは、都に残った偽聖女が浄化をしていると勘違いされてしまうぞ」

「身近な神官や侍女、護衛たちには伝えてきました。それに国王陛下夫妻が祈りの儀式を見れば、真偽はおわかりになるでしょう」


 そのように説明すると、クリストフ様は

「なるほど。兄上たちの留守を狙って、オーバンが仕組んだのだな」と安堵の声を出した。

 どうやら、そこまでの詳細は伝わっておらず、国王陛下が乱心したと勘違いしていたみたいだ。


「ならば、君の問題はすぐに解決するのだな」

「はい」

 たぶん。ただ、いくらオーバンの頭が残念だからといって、陛下が戻ればすぐに破綻する計画をどうして実行したのかが、わからない。もしかしたら、強力な対策がしてあるのかもしれない。そこが少し不安だ……。

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