12 ・もふもふ天国
ふと気づくと、私は銀色のもふもふに埋もれていた。
「天国かしら?」
そう呟くと、頭上から
「起きたのか?」と優しいクリストフ様の声が降ってきた。
見上げると、穏やかな緑色の瞳と目が会う。
私はどうやら丸まったクリストフ様の中におさまっているらしい。
「どうして、こんな幸せなことに?」
「エヴリーヌ嬢は、庭で突然倒れたんだ。魔力の使い過ぎによる魔力不足と、疲労の両方が原因だ。本来ならきちんとした寝室に運ぶところなのだが――」
顔をめぐらせたクリストフ様の視線を追う。私たちがいるのは、温室だった。けれどもセヴィニェ邸のものではない。きっと王宮のだ。
「君は『もふもふ。もふもふ』と呟きながら、私の毛を握りしめて離さなかった」
「まあ、ごめんなさい! 痛くありませんでしたか」
「まったく」とクリストフ様。「エヴリーヌ嬢こそ、このような場所で眠って、体を痛めていないか?」
「ちっとも問題ありません。むしろクリストフ様のもふもふに包まれて、とても元気です」
『わふん』とため息。
私、なにか変なことでも言ったかしら。
「飲み物と軽食が用意してある」とクリストフ様。「動けそうなら、少し食べてくれ。回復効果のあるものだから」
「もふもふから出たくありません。でもクリストフ様もずっと私を抱えているのは大変ですものね」
立ち上がると、少しだけふらついた。けれどたいしたことはない。すぐそばに丸テーブルがあり、その上はこれでもかというほど、美味しそうなもので埋め尽くされていた。
「食べ終えたら、犬吸いをするといい」
「え!?」思わず大きな声が出てしまった。「いいのですか?」
「それでエヴリーヌ嬢が元気になるのだったら、いくらでもしてほしい」
「ありがとうございます。そうさせていただきますね」
クリストフ様は、なんてお優しいのだろう。自分だって魔獣と戦い、疲れているだろうに私を気遣ってくれる。
「そうだ」
椅子にすわろうとしたけれどやめて、クリストフ様を見る。
「クリストフ様もお食べになりませんか?」
彼はフェンリルの姿のときは、私の前では食事をとらない。どうやら食べ方を私に見られたくないらしい。コンラートがそう話していた。
「いや、結構だ」
「でもあの体勢だったなら、クリストフ様もなにも食べていないですよね。お口に運びますよ」
「赤子みたいではないか」
「……わかりました。ごめんなさい」
嫌がることはできないものね。
仕方なく、いすにすわる。
「いや、その」とクリストフ様は立ち上がると私のそばまで来て、地面に伏せた。「やはりそこのサンドイッチをもらおうかな」
「はい! なにがよろしいですか。ハム? ローストビーフ? たまごにエビもあります」
「ハム」
それを取ると立ち上がり、クリストフ様のささやかに開かれた口の中に腕を差し入れ、舌の上に置いた。
もぐもぐする、可愛いクリストフ様。すぐにごくんと飲み込む。
「エヴリーヌ嬢! 放り込んでくれればいい!」
「食べ物をそんな風に扱いたくありません」
「私の牙が怖くないのか!」
「飛んできて私に刺さりますか? そんなことはないでしょう? 次はなににしますか?」
『わふん』と可愛らしいため息。
また私、呆れさせるようなことをしてしまったのかしら。
クリストフ様にも元気になってもらいたいだけなのだけどな。
◇◇
食事が終わると、ついに至福の時間がやってきた。
高鳴る鼓動を感じつつ、クリストフ様に
「失礼します」と声をかけて、頭を下げる。
「う……ん」
どことなく緊張気味の声に聞こえるけれど、気のせいだろう。
きれいなお座り姿勢をしているクリストフ様の胸に飛び込み、
『わふん』
可愛い声を聞きながら、おもいきり息を吸い込む。
すっかり乾ききったクリストフ様は、いつかかいだようなお日様の匂いがした。リトルとは違う。やはり二度も水浴びをしたからだろうか。
これがクリストフ様の本来の香りなのかはわからないけど、すごく素敵で安心できる。
スー
スー
スー……
「エヴリーヌ嬢?」
「はい?」
「いったん休憩はどうかな。長すぎるというか」
『わふん』とため息。
「生きているのか、不安になる」
顔を上げ、クリストフ様を見る。
「最高に生きています!」
「うん、嬉しそうなのは微笑ましいいのだがね……」
クリストフ様が困ったような表情をしている。
と、
「うわぁ、本当にフェンリルだ!」という弾んだ声がした。
振り返ると、そこには義兄アシルが目を輝かせて立っていた。




