10・魔獣一掃
クリストフ様は、馬とは較べものにならない速さで駆けた。
彼の背に抱きつくように乗り、コンラートが背後から左腕で器用に支えてくれる。彼は乗り慣れているらしい。おかげでクリストフ様から、振り落とされることはなかった。
正直に言えば、少し怖かった。初めて体験するスピードも、これから見る光景も。
でも、大変な状況だからこそ、治癒魔法を使える私は赴くべきだ。それにもし、クリストフ様が怪我をするようなことがあれば、お助けしたい。
魔獣が暴れている場所より手前に避難所ができていて、私はそこでおろされた。
陛下の一行のほか、怪我をした人たちもいる。幸い国王夫妻は無事で、治癒魔法が使える王妃様が先頭を切って怪我人の治療に当たっていた。
おふたりは私がオーバンに追放されたことをご存じで、『息子がとんでもないことをしでかしたのに、よく来てくれた』と感謝してくれた。ありがたいことだ。
ただ、そのことについて話をする状況ではない。怪我人は騎士たちだけでなく、侍女や侍従、御者にもいる。軽傷の人もいれば、目を覆いたくなるような状態の人も。
恐ろしくても、怯んでいる場合ではない。
クリストフ様だって、戦っているのだ。
◇◇
思いの外早く、魔獣討伐完了の知らせが届いた。
クリストフ様が大活躍したらしい。ひとりで何体もの魔獣を倒したとか。彼がいなければ相当な死者が出ていただろうと、近衛騎士団長が陛下ご夫妻に報告していた。
けれど、肝心のクリストフ様がいない。騎士たちは続々と引き上げて来ているのに。彼は誰よりも早く走れるはずなのに。
不安になって、
「クリストフ様はなぜ戻ってこないのですか」と団長に尋ねた。
あまり行儀のいいことではない。これから報告するところだったかもしれない。陛下の御前で口を挟むことも良くない。けれど、どうしようもなく不安だった。
団長は私を見ると、
「セヴィネ公爵閣下は、汚れを落としてからお戻りになるとのことです」と答えた。「魔獣の返り血で汚れてしまったので」
「良い配慮だ。魔獣の姿で血まみれだと、皆に恐怖を与えるだろう」と陛下が首肯する。
「お怪我されては……」
「してないと仰っていました」強面団長が微笑む。「ご安心を。すぐにいらっしゃいますよ。風のように速く走れるのですから」
「わかりました。では、治療に戻りますね」
それでも、不安は消えなかった。騎士団長が嘘をつくはずはない。そんなことをしても意味がないもの。
頭ではわかっているのに、気持ちが落ち着かない。
早くクリストフ様の無事な姿を確認したい――。
しばらく経つと、クリストフ様が背中にコンラートを乗せて帰って来た。
丁度、治癒が一区切りついたところだったので、すぐに駆け寄った。
「クリストフ様!」
「エヴリーヌ嬢。無事で良かった」とクリストフ様が優しい声を出す。
「クリストフ様も。お怪我はありませんか?」
「ない」と答えるクリストフ様。
その体はしっとりと濡れている。
「よかったです。でもお体を拭かないと。風邪を引いてしまいます」
「大丈夫だ。ただ、あなたのリボンを濡らしてしまった」
「そんなこと、構いません」
「このリボン」と笑顔のコンラートが首の下のリボンを示した。「とても良い目印になったようですよ」
「お役に立ちましたか」
「ええ」とクリストフ様。
ほっとして、クリストフ様に手を伸ばす。濡れた毛はもふもふではないけれど、触りたい。
その時、
「クリストフが来てくれて助かったよ」と背後から声がして、はっと我に返った。
陛下だ。
国王よりも先に、今日一番の活躍をした王弟殿下に声をかけてしまった。急いで下がり、頭を下げる。
「兄上もご無事で安堵しました」
「うむ。お前もしばらくは王宮に滞在しなさい。今回のことを話し合わねばならぬ」
「エヴリーヌ嬢のことも」とクリストフ様。
「勿論だ。オーバンがここまで愚かなことをするとは。引き続き、お前の力を借りたい」
クリストフ様が力強く、『ぜひとも協力させてください』と答えるのを聞きながら、不思議に思った。クリストフ様の『力』ってなんだろう。




