1・断罪されて国外追放!
ビシリ、と指を突き抜けられる。
「エヴリーヌ・ルヴィエ! 貴様、偽聖女だそうだな! 私との婚約は破棄、国外へ追放だ!」
王太子オーバンの叫び声が神殿のエントランスに響いた。彼の腕には恋人と噂される義妹イザベルがしがみついている。
なるほどね。だいたいの状況は把握したわ。
現在、国王夫妻が先日の嵐で被災した地域の視察で、王都を留守にしている。頭のお軽いオーバンはこの隙に嫌いな婚約者である私に冤罪をかけて追放し、恋人を『本物の聖女』ということにするのだろう。
私の周りで当惑していた神官や私の護衛たちが、反論しようと前に進み出る。急いでそれを制し、
「承知しました」とオーバンに恭しく頭を下げた。
頭の中身が残念でも、彼は現在、国王の代理だ。反抗的な人間を逮捕することができる。善良なひとたちを巻き込みたくない。
「でも……」と食い下がる彼らに、
「心配しないで」と笑顔を向ける。
私の仕事は、地中にあるという魔の国から滲みだしてくる瘴気を浄化すること。ひとりで国内全域をカバーしている。
普段は王都の神殿で浄化のための祈りを捧げているけれど、ここでなければいけないという決まりはない。一旦国外に出た後すぐに戻って祈りを再開すれば、大きな問題は起こらないはずだ。
それに国王夫妻が都に戻ってくれば、すぐに事態は好転するだろう。
「そうだわ」
義妹イザベルが可愛らしい声を上げた。
「偽物を呪われた騎士のもとに送りましょうよ」
呪われた騎士? なんだろう。聞いたことがないけれど。
イザベルが私を見て、笑う。
「昔、魔の国からこちらに迷い込んできた魔獣の討伐に出た騎士が、失敗して呪われて、自分も魔獣になってしまったんですって」
「イザベル。それは内緒だと言っただろう?」
オーバンが戸惑い気味にいさめた。
「でもぉ、本物を名乗るなら呪いくらい解かなきゃ!」
イザベルがオーバンの腕に胸をむぎゅうと押し付けた。とたんに鼻の下が伸びる王太子。
「そ、そうかもな」
なんて単純。あまりのちょろさに心配になってしまうわね。
でもその前に、自分の心配かしら?
魔獣になった騎士の話なんて知らないし、呪いを解いたことなんて――というか、呪いなんて見たことがないもの。
◇◇
偽聖女だと断罪された私は、そのまま護送馬車に乗せられた。夜は馬車で野宿。食事は監視の騎士が買ってきた食事を車内でとる。
浄化魔法の応用で体を清潔に保つことができるから、まだいいけれど。伯爵令嬢に対しての処遇ではないわよね。
そんな生活を一週間ほどして、辿り着いたのは王都から遠く離れた山岳地帯だった。小さな窓から、山頂に雪を抱いた山々が見えた。
その景色と、王都からの方角、かかった日数からすると、ここはセヴィニェ公爵領だ。国王の末弟のクリストフ・セヴィニェ様が治めているはず。
彼は優れた騎士で、十年ほど前に突如現れた魔獣大群の討伐の指揮をとり、見事に退治した英雄だ。
ただ、そのときの怪我が原因で結婚もせずに領地に引きこもっていると聞いている。イザベルの話と総合すると、彼が呪われた騎士ということなのかしら。
馬車は立派な門扉をくぐり、宮殿のような屋敷の前で止まった。外から監視の騎士の話す声が聞こえてくる。国外追放になる偽聖女だが、最後にチャンスを与えられた。騎士の呪いをとけたら、追放は撤回されるといった内容だ。
ものすごい矛盾があるのに、誰も指摘しないで静かに聞いている。
やがて私は馬車からおろされた。目の前には、七十を越えたと思われる老執事がかしこまっている。彼の後ろにはずらりと並ぶ、使用人たち。
挨拶をしようとしたその時、背後で馬車と護衛たちが出発した。逃げるような速さで去って行く。
「聖女様」
そう呼びかけられた。驚いて振り向くと、執事が右手に乗った小さな紙片を見せた。小さな字で『こちらは本物の聖女様です。どうぞ丁重におもてなしください』と書いてあった。
思わず背後を見る。馬車の姿はもうなかった。
監視の騎士たちも、全員が望んでその仕事をしていたわけではなかったらしい。