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ある暑い、夏の話。

その日も山田は仕事だった。電源は入りっぱなしなので、それをメンテナンスする仕事だ。

インターネットが成長したのが、2000年代の初頭。通信にリアルタイムさが求められ、会話が、映像が、そして味や匂い、肌感覚が同期されるようになった。それらは驚きの速度で成長し、人々に「居場所」を提供した。最初こそ現実世界とは、肉体の生きる世界であり、そちら側に「戻ってくる」ことが必要であったが、次第にその必要はなくなっていった。インターネットの中で出会い、コミュニケーションを取り、資本を作り、生活を行う。そこには肉体は不必要であり、誰もが瞬時に「なりたい」外見を手に入れることができた。現実世界とバーチャルの世界の境界は曖昧になり、そのヒエラルキーは逆転してしまった。つまり、肉体に固執しなければならない貧民層と、その肉体をメンテナンスに出せる富裕層とに分かれたのである。もはや「現実世界」では富を生み出すことはできなくなり、その代わりバーチャルな世界は無限の広がりを見せていく。有限で不毛な世界に生きるのが貧民であり、無限に広がるユートピアに「住む」のが富裕層なのである。

山田はそうした世界の変革の余波で生み出されたちょっとした塵に過ぎない存在だった。

この世界では、肉体はポットの中で完全に管理される。それはオートメーション化され、誕生から死までそこで全てを完結する。生殖の必要はなく、「向こう」の世界で契約を交わした個体同士の細胞から新たな生命体を誕生させ、それを「子」と認定するのである。もっとも最近は実際に肉体同士を交雑させ、リスクを高めるという酔狂な試みも流行っているようである。

山田はそうした肉体を管理するポットの管理を行うことを生業としている。ただし、ポットの製造自体は機械が行うのであり、基本的なプログラムも「向こう」の世界で考えられる。山田はそれらのシステムを潜り抜けてしまったエラーを拾い上げ、「向こう」へと報告し、「向こう」からの指示に従って、ごく簡単なメンテナンスを行うのである。

つまるところ、山田はほぼ不必要な存在であったし、必要不可欠な存在でもあった。ただ一つ確かなことは、山田はこの世界で自己実現など到底望めず、かといって食うに困るほど困窮はしていないのであった。たとえそれが枯渇してしまった畜産動物の代替肉であったとしても、「旨味」を刺激するように改良されたものであったし、そもそも本物の肉を知らないものたちにとっては、それが「本物」であるかどうかはさしたる問題にはならなかった。

山田はかつてほとんどの人がそうであったとおり、定刻に起き、定刻に仕事に向かい、定刻に仕事を終え、余暇を過ごし、合間に食事を摂って寝るという生活を過ごしていた。山田の生活において、「向こう」の指示どおり動ける以上のスキルは必要なかったし、またそれを考えることもなかった。生まれてから山田の親がそうしたとおり―と、言っても山田は親の仕事の状況も顔すらも知らなかった―スキルを学ぶプログラムを受け、「向こう」が決めた成年に達したその日から、労働を始めた。寝て、起きて、飯を食い、仕事をし、そうして、家に帰って「向こう」で展開される娯楽をバーチャルに楽しめるデバイスを装着し、余暇を楽しく過ごすのであった。

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