第3話 断罪パーティーの幕開け
まさか、ゲームが始まる前からこんな展開が待っているなんて思いもしなかった。
「アメリア・ブラウン嬢!貴様との婚約を破棄する!」
高らかと宣言する王道金髪碧眼王太子とその王太子にぴったりとくっついているピンクブロンズの髪の可愛らしい少女。
彼らの両隣にいるのは宰相とか騎士団長とかお偉いさんの息子たちでその前には扇で口元を隠し、睨みをきかせる縦巻きロールの強気系美人。
しかし、立場的に悪役令嬢にあたる彼女は気丈に振舞っているとはいえ、僅かに震えているのが遠目でもわかった。
そう、乙女ゲーム定番の悪役令嬢の断罪イベントが今まさに行われているのだ!
まさか、20年前に一度断罪イベントをやっていたとは……思いもしなかった。
「愛あな」親世代断罪パーティーとでも呼ぶか。
「ルナティア様、この度はお見苦しいものをお見せして申し訳ございません」
「気にしなくていいわよ」
会場の2階に設置された王族用の観覧席。こんなのあったんだね。
私はそこで先代国王ことソウディンクに微笑した。
え?ルーファスと話してる時と態度が違う?
当たり前でしょ。折角の女神様なんだから格好つけたいじゃん。
おっと、話が脱線した。
そして、お願いというのは自称・愛し子が本当の愛し子でないことを証明すること。
別に少女が1人で「私愛し子〜」と言う分には不敬罪で捕まって終わりなのだが、王太子やらが絡んでしまった以上きちんと説明せざるを得ない状況になってしまった。
そんな時に運よく私が現れ、女神の私が説明すれば全てが収まると思ったらしい。
ソウディンクは下の惨事を見て、深い溜息をついた。
「あの娘が不躾にも貴女様の愛し子を名乗りまして。孫には何度もあの娘は女神の愛し子などでは無いと言ったのですが、彼奴は聞く耳を持ちませんでした」
「幼い頃から王太子も含め、彼らは女神教育を受けているはずでしょう?」
私はソウディンクに素朴な疑問を投げかける。
この国では、女神教育と呼ばれる教育がされているはずだ。
女神を信仰させるための洗脳教育、みたいなものだが、私はたまに現れるので国を左右する女神の機嫌を損ねないようにと文字の読み書きよりも重要視されている。
そんなことしなくても、別に機嫌なんか損ねないのだが、私の前の女神は短気だったのでしょうがない。
「……どんな貴族よりも厳しく女神教育をしてきました。1人しか現れない愛し子だって既にこの国にいると散々言い聞かせてきたはずなのですが」
ソウディンクはそう言って項垂れた。
ゲームではヒロインが愛し子だけど、生まれて早々に母親を亡くしたルーファスを可愛がりすぎた結果、ゲームとは違って愛し子にしてしまったのは認めよう。
愛し子って私が決められるもんじゃないんだよ。
愛情注いでたら勝手に愛し子になってて、女神を祀ってる教会で「うん、君愛し子」って言われるんだよ。
それに、たまたま出産の時期にマリーンズ家にいたっていうのもあるけど、子供の頃は天使だったんだよ、あの男は……!
黒髪サラサラだったし、目大きかったし、ほっぺでたこ焼き作れたし!
可愛くない訳が無い。
小さい頃のルーファスを思い出しつつ、下を見下ろす。
「まあ、彼女を愛し子だと思い込んだ理由は本人たちから聞くからいいけれど。私の出番はなくなるかもしれないわね……」
見下ろした先には僅かに怒気を纏ったルーファスの姿があった。
───
ルナティアとソウディンクが話していた頃、ルーファスは苛立っていた。
次の国母としてこの国で一番相応しく、優秀な令嬢を断罪するような、そんな者が次世代を担うという現状に。
何より、愛し子という女神に心から愛された自分の立場を名乗る小娘に。
「誰が愛し子だって?」
だから、本音が出てしまった。
ルーファスの声はそこまで大きくないし、怒鳴ってもいない。
それなのに、周りを一瞬で黙らせるような酷く底冷えした声だった。
「マリーンズ公爵……」
先程まで堂々としていた王太子すらもルーファスには怯んだ。
この男は王族にすら頭を下げず、従うこともない。
ルーファス・マリーンズの機嫌を損ねてはいけない。
強すぎる権力と愛し子という立場上、貴族、はたまた王族すらも今ではそう教えられている程だった。
「もう一度問う。誰が愛し子だって?」
ルーファスの美しく鋭い目に睨まれ、王太子たちは全員青ざめて黙り込み、沈黙が訪れる。
しかし、誰もが緊張感に身を震わせる中、1人だけそうではない人物がいた。
「私が愛し子です!」
小柄なピンクブロンズの髪の少女───セレナだった。
セレナの全く空気を読まない発言にルーファスの顔は険しくなっていく。
貴族たちは身を震わせ、倒れる者すらいた。
あまりのことに王太子は慌ててセレナの口を塞ごうとしたが、それを難なくかわした彼女はルーファスを真っ直ぐに見つめた。
「私は女神様から能力を頂きました。おかげで今、人生で初めて幸せだと感じられているんです」
「能力?」
ルーファスが胡散臭そうに顔を顰める。
愛し子は確かに願えばなんでも叶うし、永遠の幸福を手に入れられるとも言われている。
しかし、それはあくまでも女神から与えられた能力で自身がどうこうしている訳ではなく、「愛し子を傷つけたら女神が怒る」という思い込みゆえの周りの無意識な行動で起こっているものだ。
つまり、周りの「愛し子ならば丁重に扱わなければ」という心理が働いた結果なのだ。
これは、一部の者のみが知る話。
国王すらもこのことは知らない。
ゲームの裏設定なのか、女神が転生者だからなのか───真実は謎に包まれたままだ。
「私がここにいられるのは女神様のおかげなんですから」
「ふぅん」
事実を知っているルーファスからしてみればふざけた話にしか聞こえないが、何も知らないセレナからしてみれば疑いようもない事実なのだろう。
そして、異様なほどにセレナを信じている王太子たちとそのセレナが信じている能力。
ルーファスにはそれに見覚えがあった。
あれは確か、ルナティアが国外に出てからすぐのこと。
「……成程ね。よく分かったよ」
ルーファスの言葉にセレナは目を輝かせた。
大方、これも能力のお陰!などと思っているのだろう。
「分かってくれたなら───」
「ああ、本当によく分かった。お前は《《女神》》の愛し子じゃない。お前は「魅力」の力を持つ《《魔女》》の愛し子だ」
は?
セレナの顔からストンと表情が抜け落ちる。
ルーファスはいたって冷静だった。
魔女は、女神と真逆の位置に立つ存在だ。
美しくはあるが、その美しさで王を惑わし、国を地獄のどん底へと突き落とす。
この光景をルーファスは昔、見たことがあった。
やり方は少々違ったが。
思い通りにことが進まないのは、ここ最近全てが思い通りになっていたセレナにとって信じられないことだった。
そして、イラつきからきた怒りでわなわなと震え始めた。
「違う!私は魔女の愛し子なんかじゃない!女神の愛し子なの!」
「違うね。女神の愛し子は私だ」
ルーファスには有無を言わせぬ圧があった。
セレナはそれに敵わない。
嘘よ嘘、魔女の愛し子なんかじゃない!私は女神の愛し子!魔女の愛し子なんて嘘よ!信じない!ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!
「私は愛し子なんだからぁ!」
セレナが叫び声をあげた瞬間、会場は眩い光に包まれた。
誰もが驚き、眩しさのあまり目を瞑る中、その様子を傍観していたルナティアだけは目を大きく見開いていた。