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大切な時間

 店を出ると、時刻は大体昼頃。少し早いが腹ごしらえをした。出てくる頃には外に並んでいたので、少し早めに行動していて良かった。


「腹も膨れたけど、今度はどうする?」


「うーん。生活必需品を買わなきゃ」


「じゃあ、ディスカウントストアか。このショッピングモールの中でも一番大きい店だし、だいたい揃うだろう」


 ディスカウントストアは大体の商品が一つの店で揃うのがいい。変に巡る必要もないので、疲れすぎないし、人が多すぎるところに行くこともないし。


 店について中に入る。


「歯ブラシセット、遠出用のシャンプーセット、一応ポケットティッシュとかもいるよね」


 「それ以外もたくさん買うものがあるから意外と高くつくなあ」とひまりがぼやく。それに咲ちゃんとゆずちゃんは苦笑い。二人共、歯ブラシセット手に持っているものの、その他は買う予定はないという。

 咲ちゃんはそれ以外はもう持っているとのこと。ゆずちゃんは聞いたら用意されていたらしい。その上、「柚子が友達と旅行か……いかん、涙が……」と父に泣かれ、「お嬢様が、お友達と海に……!今日はお祝いですね!」とお手伝いさんたちからは大食堂でお祝いパーティーを催されてしまったらしい。

 ……あれからうまくいっているようだ。


「シャンプーとか、ひまりちゃん普段どうしてるの?」


「この前お風呂入ったでしょ? あそこに置いてあるやつ」


「へえ、あれ、そんなに髪きれいになるんだね?なんていうシャンプー?」


「お兄ちゃんが買ってきてるからわかんない。お兄ちゃんも同じの使ってるしね」


 そう、ひまりと話していた咲ちゃんが「え」と、こちらを見てくる。


「ひまりちゃんって……そんな感じですか?」


「うん。そういうのには興味がないみたいだ。というか、俺のせいなんだよな……前、ひまりも髪とかを気にする年齢だろうと思って買ってやったシャンプーを想像以上に気に入ってな。自分で選んだらどうかって言っても、俺が選んでくれたシャンプーがいいって言うんだ」


「なるほど」


 そう言って、咲ちゃんはひまりの手を取って、何処へ行ってしまう。

 ゆずちゃんも少し悩む素振りを見せた後、「私も行ってきますね」と、その後を追ったので、俺は必然的に一人になった。

 別になにか買おうにも、シャンプーは去年のひまりの修学旅行のときに買ってあるのがあるからなあ。結局ひまりは小分けに持っていけるケースを買って、いつものシャンプーを持っていったから、フルで残っている。俺はそれを使えばいいか。

 歯ブラシセットと、一応予備の歯磨き粉はいるかな、と、とりあえず旅行用品コーナーに向かう。


「お、奇遇だな」


「おお! 和人か!」


「和人も準備しにきたの?」


 そのコーナーに着くと、見知った顔を見かける。斗真と凜花ちゃんだ。二人で仲良く並んで物色しているので、本当に同棲中のカップルなんかかと勘違いする。


「お前ら、相変わらず仲いいな」


「まあ、俺たち付き合ってるわけだしな」


「和人も彼女作ったら良いんじゃない?」


「それ、前斗真にも言われたよ」


 そう言うと、凜花ちゃんは、あれ?という顔をする。


「そうなら彼女はできててもおかしくないんじゃない?」


「俺はモテないからな」


 そう言うと、目の前の二人の顔が歪む。苦虫を噛み潰したような顔と言うやつか。


「うへえ……こいつ言いやがるぜ。……ほんとにモテないか?」


 そう言われ、最近女の子と接した記憶を探る。クラスメートの子、挨拶しかしてない。生徒会の用事で話した各委員会の部長さんとか、副部長さん、業務的な会話しかしてない。

 じゃあ、もっと身近な人。生徒会か。十亀会長。あの人とはよく話すけど……そういうんじゃないんだよな。沢本さんは普段どおり接してくれていると思う。星野先輩は?……駄目だ。去年一緒に過ごしてからは目線も変わったと思うが、それ以上ではないだろう。


 そこまで考えて、あることに気が付く。


 ひまりも咲ちゃんも、可愛いとかなんか変なこと意識したりすることが多くて、あんまり俺に向ける目線とか態度とか、わかんないかも。

 ただ、ここで突然の脳裏に、一人の言葉が流れ込んできた。

 

「大好きです。愛しています」


 その言葉を思いだし、思わず頬に熱を持つ。


「あ! 顔赤くなってやがる! こいつ、心当たりありやがったな! どういうことだよお! 教えてくれるよなあ!」


「和人に春が来た……! というかちょっと遅すぎるけども」

 

 「一体誰なんだ?」と、誰かはだいたい絞れているというように聞いてくる二人。


「言うわけねえだろ!」


「ケチだなあ、親友に教えてくれてもいいじゃねえか」


 「ま、義理が通ってていいとは思うけどな」と笑う。本気で聞こうとは思っていなかったようだ。


「ただ、相談事なら言いに来いよ。お前がそこまで赤くなるってことは、告白かなんかされたんだろうが、どうせ返事はしてないんだろ? 付き合ってたら、こんな旅行なんかには行けないだろうしな」


「告白して返事を保留にしてあるということは、誰かに相談は行くかもしれない、位は覚悟しているはずだから」


 少し真剣になった親友たちは、俺を案ずるようにそう言った。こういうところがあるから、良い奴らなんだよな。


「ありがとうよ。そんときはお前らの愛の巣にでもお邪魔することにするわ」


 そう言うと、二人の「まだ同棲はしてないから!」という言葉が響いた。



 ●●●



 「どうせだし、これからカフェかなんかに一緒に行かない?」と言われたので、さっさと会計をして、三人を待つと、そう長い間またずとも帰ってきた。


「先輩! おまたせです! って、凜花さんに、斗真先輩ですか?」

「ああ、さっき会ったんだ。今からカフェにでも行こうってさ」


「カフェですか!? ああ、楽しみです!」


 ゆずちゃんが駆け寄ってきて気が付き、そう説明すれば、なんとなくわかっていたことだが、ゆずちゃんがと輝もなく目を輝かせ始めた。友達と一緒にカフェに行くという経験がないのだろう。


「良かったね、咲ちゃん」


 そう言うと、満点の笑顔で、はい! と返してくる。なんだかいつもとは違うギャップを感じてドキッとする。


「ほう……?」


「なるほど」


 それを見られてしまい、斗真と凜花ちゃんはにやにやしながらこちらを見てくる。下世話な奴らめ……


「ほら! カフェに行くんだろ? 早く行こう」


 その視線に耐えかねて、急かすようにそう言うと、生暖かい目はより気持ち悪い目線に変わった。

 それを無視して歩きだすと、咲ちゃんが俺の手を取ってくる。


「どうしたの?」


「もしかしたら人が多いところがあるかもしれないでしょう? 念の為に……駄目ですか?」


 それは、甘えてきているのだろうか。恥ずかしそうにほんのり頬を染めて、上目遣いで、おねだりするように言われると、断れる者はいない気がする。

 安心させるようにぎゅっと握り返してやると、「えへへ」とわらって、何が楽しいのか、俺の手のひらをにぎにぎしてきた。

 

「私はここ!」



 それを見ていたか、ひまりは逆方向の腕に、朝のように抱きついてくる。


「私の定位置はここだから!」


 と、宣言するように言って、上機嫌に笑う。その笑みを見れば、こっちまで楽しくなってくるから不思議だ。


「早く行きましょう!」


 いつの間にか俺より前に進んでいたゆずちゃんが呼ぶのを見て、それを追うように歩き出す。


「モテモテだな」


 後ろからそう声を掛けられる。


「うっせ」


 カフェについてもきっとからかわれるかもしれない。でも、この時間が、何ともないはずの時間が、物凄く大切なものに感じた。

 

 

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