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選んで?

「お兄ちゃん! 起きて!」


 ひまりに引っ叩かれて目を覚ます。

 スマホを見て、今が何時か確認する。八時少し過ぎ。いつもは十時を過ぎてから少しずつ動き始めるくらいだから問題ないな。


「後二時間寝るから」


「はあー? 寝ぼけてないで早く起きて! 咲ちゃんも柚子も、リビングで待たせてるんだから!」


「え? なんでその二人が?」


 流石に九時より早くこの家に来た日はなかったはずだが……なにか約束していた記憶もないし。


「とにかく降りる! 下で聞いてくればいいでしょ! 私は着替えなきゃ……!」


 ひまりは部屋から飛び出して、自分の部屋に入っていく。なんて騒がしさだ。


 とりあえずそのまま咲ちゃんとゆずちゃんを放置するわけにも行かないので、階下に降りる。

 リビングにはひまりが言った通り、お洒落をした二人が既にいた。


「今日は早いね」


「あ、先輩。おはようございます。……早いって、ショッピングモールに行くんですから、早く行かないと混みますよ」


「ショッピングモール?」


 なんでショッピングモールに行くことになっているんだろうか、と頭をかしげていると、ゆずちゃんが聞いてくる。


「もしかして、まだひまりさんから聞いていないんですか?」


「ああ。さっき起きたしな」


「そうですか。今日はショッピングモールに行って、来週の海へ向けての買い出しですね。生活必需品とか、水着とか、足りないものはかいましょう」


 ああ、なるほど。確かに、うちの学校は水着はないし、流石にビーチに行くのに学校指定の海パンはなあっていう感じだし、女の子はよりそう思っているだろう。


「お兄ちゃん! 早く着替えて! 急いでいこう!」


 階段を降りてきたひまりは、俺を見るやいなやそういう。なんでも、九時までには出発する予定らしい。

 ぱっと無難な服に着替え、リビングに降りる。歯磨きやらを済ませれば、もう準備は完了だ。


「じゃあ行こうか」


 鍵を締めて、全員で歩いてショッピングモールへ向かう。ショッピングモールは家から徒歩三十分圏内にある。大型家電量販店なども併設されており、夏休みの期間中はかなり人出が多い場所だ。


「多いなあ」


「うう……人……」


 俺たちはそれを危惧して早めに家を出たのだが、皆同じことを考えていたのか、入口近くは多くの客でごった返していた。

 咲ちゃんが都市部に行ったときのように、頼りないことになっていた。


「せ、せんぱいぃ……」


 ちょこんと袖を掴んでくる。少し涙目になって、まるで小動物のような愛らしさが……って、そんなこと言っている暇はないか。


「咲ちゃん。手、つなごっか」


「私ともつなぎましょう?」


 咲ちゃんは俺の手を取った。その反対側はゆずちゃんが優しく手を握っている。

 信頼できる人二人に手を握られ安心したのか、咲ちゃんはほのかに笑みを浮かべて、「ありがとうございます」と言った。かわいい。


「あー! 出遅れた!」


 他のものに気が取られていたひまりはこっちに気が付くやいなや、そう言葉をこぼした。

 俺とゆずちゃんを挟んで咲ちゃんと手を繋いでいる。ひまりはうーん、と唸って、良いこと思いついたという顔をして、俺の余っている方の手を握ってきた。


「これでオッケー!」


「……やらかしました。和人さんの隣を開けておくべきではありませんでしたね」


 ゆずちゃんは少しむっとした表情をして俺にひっついているひまりを見る。


「よし! お兄ちゃんの隣は私の!」


 完全に目立っている。そりゃあ、こんなところでいちゃついているように見える男女がいたらそうか……と思ったら、どうも違う目線だ。商店街と同じ目線……つまり、微笑ましいものを見る目だ。

 そう言えば、三人とも平均より小柄だ。もしかすると、保護者枠で見られてるんだろうか。多分そうだろうな。


「とにかく、何処に行くんだ?折角早く来たんだから、早めに行かないか?」


「あ! そうだね! じゃあ、まずは水着でも見に行こう!」


 テンション高めでひまりが言う。が、そういうのはラストに行くものじゃないのか?なんかそういうイメージがあるが……


「ちっちっち、お兄ちゃんも浅はかだねえ。後でっていうのは定番だけど、午後の人が大量のところに行かないといけないんだよ?」

 

 大量の人、と聞いて、咲ちゃんがびくっとした。……なるほど。俺たちは午後に水着を買いに行くというのはできない。だから早めに来たのか。


「わかってくれたかな?」


「それはわかったんだが、何処で探すとかあるのか?」


「あ、それは私が調べておきましたので、場所は把握してます」


 ゆずちゃん、優秀か?

 咲ちゃんを見ても、人の数が落ち着いたこともあるのか、少しずついつもの様子になっている。これなら今から向かえば、着いたときには問題なくなるだろう。


 水着の専門店。初めて気がついた。いつもは全く目についていなかったが、夏ということもあってか、まだ早いのにも関わらず、そこそこの客がいた。これは午後はごった返しているんじゃなかろうか。ひまり、早めに出たのはナイス判断。


「じゃあ、俺は外で待ってるから自由に見てきてくれ」


「え? 和人さん選んでくださらないんですか?」


「私、先輩に選んでもらう気で来てたんですけど」


 ベンチに座って促せば、ゆずちゃんと、すっかりいつもの様子に戻った咲ちゃんにそんなことを言われた。

 期待の目、痛い。ひまりは少し後ろからにやりとしてこちらを見守っている。

 ……毎年選んでくれって言ってくるひまりだったが、今年は言ってこなかった。ということは、こうなることを予想してたな!?策士よ……


「わかった! じゃあ選ぶから!」


 少し自棄気味にそう言うと、ゆずちゃんも咲ちゃんもいい笑顔で嬉しそうに頷いた。……この笑顔が見れるなら、女の人だらけの水着店に入る様なことをする甲斐もあるってもんだ。


「どうです?」


 店内に入り、一番はしゃいでいたのは、意外にもゆずちゃんだった。なんでも友達とこういったところで選び合ったりしたことがないそうだ。

 そのゆずちゃんはよほど楽しいのか、急ぐように店の中を歩き回り、一つ水着を取って試着室に入っていき、見てくれと呼ばれたというわけだ。

 

「良いんじゃないか? ゆずちゃんに似合ってると思うよ」


 その水着は水色のワンピースのよう。おそらく、ワンピースタイプの中でも相当布面積が大きい類なのではないだろうか。それが、おしとやかなイメージを引き立て、ゆずちゃんの魅力を引き出しているように見える。

 泳ぐにはとても向いていなさそうだが、のんびり遊んだり、浮き輪を使ったりする分には快適にいられるのではないだろうか。


「そうですか。似合ってますか……これにしようかなあ」


「折角早く来て、もうちょっと時間はあるんだし、もっと他のもみてみたらどうだ?」


「そうですね。でも、この水着は和人さんが褒めてくれたので第一候補です!」


 ゆずちゃんはその水着を持って、また水着コーナーに歩いていく。


「ね、終わった? 終わったなら、次は私のも見てよ」


 隣の試着室にいつの間にか入っていたひまりがひょこっとカーテンから顔を出してくる。

 今まで、ひまりは主に背伸びし過ぎにしか見えない水着ばかり買っていた。今日は流石に止めないと。


「じゃーん!」


 大胆なのでも出てくるか、と思っていたが、見てみればフリルの布面積が多めの水着。


「へえ……もっと大胆なのかと思ってた。すごく似合ってる」


「そっちが見たいならそっちにするけど……っていう冗談は置いといて、私ぺたんだからこういうののほうが合うんだよね。高校生になって初めて気がついた」


 なんだか元気がなさそうに見えるひまり。……おそらく、マネキンなんかに飾ってある水着を見てダメージを食らったんだろう。スタイルがいい人向けみたいなのだもんなあ、あれ。

 「ま、他のもいくつか見てくるよ」と言ったひまりは子供用のコーナーに入っていく。……流石に無理がありそうだけど。


 それから何回かゆずちゃんとひまりの試着に付き合ったりして、一時間くらいして、ゆずちゃんもひまりも最初の水着に決めてしまった。

 二人共露出が多いのも見せてきたが、小柄で、出るとこが出でいない彼女たちには正直似合っていなかった。


 最終的に残ったのは咲ちゃん。いろいろな水着を見ていたが、いまいち良いと思うものがない様子で、うんうんうなっている。


「咲ちゃん大丈夫? そろそろ人が増えてくる時間だけど」


「あ、先輩。あんまり良いなって思うのがなくって。そうだ! 先輩が選んで下さい!」


 咲ちゃんは名案だ! という顔をして笑顔になる。確かに、待たされている間、いくつかどんなのがあるのか目はとしてあるけど……


「咲ちゃんはそれでいいの?自分の気に入った水着じゃなくって」


「え? 先輩が選んでくれた水着なら、ものすごい水着でも着てみせますけど」


 ゆずちゃんが変なことを言うので、そのものすごい水着というのをすこし想像してしまう……駄目だ。後輩で妹の友達でもある咲ちゃんでどんな妄想を……!


「あ、うう……そ、そんな態度しないで下さいよ……恥ずかしくなってくるじゃないですか」


「す、すまん!」


 顔を合わせてしまったら顔から本当に火を吹いてしまいそうだったので、急いでその咲ちゃんに似合いそうな水着を探す。

 いろいろなタイプがあり、一つ一つデザインも違う。男用の水着のコーナーも小さくあるが、そこには似たようものしかなかったので、女の子の水着選択の幅は広いなあ、と思う。でも、その中でも咲ちゃんに似合いそうなのは……これだな。


「これはどう?」


「わかりました、試着してみますね」


 俺がその水着を渡すと、すぐに受け取って試着室に入ってしまう。まださっきのを少し引きずっているようだ。


「着替え終わりました。今開けますね?」


 少し経ってカーテンを開けた咲ちゃんは、さっき俺が選んだTシャツのような水着にスカート型のボトムの水着に身を包んでいた。


「かわいっ……」


「へ?」


 あ、声に出てしまった。

 水着は上下白なのだが、それが咲ちゃんの清楚な可愛らしさを引き立てていて、信じられないほど可愛くなっていた。若干大きめに作られているシャツの部分も、可愛らしさを演出している。

 それに、咲ちゃんは先の二人と同じようにまた小柄な体型。綺麗よりもかわいいのほうが似合う。控えめに言って、この水着はベストマッチしているように見えた。


「か、可愛いんですか?」


「うん。すごく似合ってるし、可愛い」


 少し恥ずかしかったが、思ったことを正直に伝える。咲ちゃんは少し顔を赤くしながらも、嬉しそうに頬を綻ばせ、「これにします!」とぱっとカーテンを閉めてしまった。

 一応、選ぶという仕事は終わったので先に外に出ていた二人と合流する。


「遅かったね」


「いやあ、俺が咲ちゃんのやつ選んだんだよ」


 聞いてきたひまりにそう答えると、ぴしっと場が凍った様な気がする。


「へー、和人さんは私達には感想しかくれなかったのに、咲さんには選んであげるなんてするんですね」


 ゆずちゃんが責めるように顔をぐいっと近づけながら抗議の目線とともにそうつぶやく。


「ご、ごめんって」


 丁度そう言ったとき、店から咲ちゃんが出てくるのが見える。

 咲ちゃんはこの固まった空気に、少し不思議には思っているようだが、よくわかってないようで、にこにこと上機嫌な笑顔で駆け寄ってきた。


「咲ちゃん? お兄ちゃんが水着選んでくれたんだよね?」


「え? うん」


「どんな水着なの?」


 ひまりがそう言うと、嬉しそうな顔をした咲ちゃんは、


「お兄さんがかわいいって褒めてくれたやつ! シャツとスカート型に別れてる白の水着!」


 そう言った。

 ゆずちゃんとひまりの目線がもう一段厳しくなる。


「へー、私達には似合ってるとだけ言って、咲ちゃんには可愛いって褒めるんだ。へー!」


 俺は勢いよく頭を深く下げた。

 

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