お誘いが
『和人くん。来週時間ある?』
「はあ、別に特に用事はありませんが」
突然電話がかかってきたのは、夏休みも始まって数日たち、学校のことなど忘れ、のんびりと日々を過ごしているときだった。
よく家に遊びに来る咲ちゃんやゆずちゃんも巻きこんで一緒にだらけたり、いつもは一緒にだらけているひまりが俺たちを引っ張って何処かに連れ出したりと、夏休みというのを俺達なりに満喫していた。
『実は、去年和人くんを誘った海なんだけど、二泊三日のキャンプを兼ねた交流会のようなものを実は毎年友人たちでやっているの』
去年、まだ会長と知り合ってまだ数日だったこの時期、海に誘われたことを思い出す。なんでも費用はいらないし、プライベートビーチだから何も気にしなくてもいいと言っていた記憶がある。
もちろん、まだその頃は相手の素性もわからない上、楽しく喋れる自信もなかったので断ったが。
「まあ、出会って数月の先輩と海に遊びには行きませんよね」
『まあ、それはそうですね。私も引き受けてくれないだろうなと思って誘ったんですし。でも、今年なら良いんじゃないかなと思って。去年と比べると、生徒会も賑やかになったと思うしね?』
「まあ、否定はしません」
去年とは違い、俺はきちんと生徒会の皆を信用できている。海で遊ぶことを想像しても、楽しそうだなと思えるくらいに。でも。
「すいません。少し考えて考えさせてもらっていいですか?」
『あら? どうして?』
「ひまりとかもいますから」
『ああ、そういう……というか、和人くんは誘いたい人を誘って下さい。十人誘ったとかでもない限りは人数に余裕はありますから』
「良いんですか?」
『別に、生徒会メンバーだけを誘っていこうなんていうようなものでもないですし。実際、私も生徒会以外の子を一人誘ってありますしね』
なるほど。去年誘われたときは、別荘についたプライベートビーチだと言っていた。つまり、予約制というわけでもないので、ある程度の人数の調整は効くのだろう。
「わかりました。でしたら行きます。何人で行くかは後でメッセージで」
『了解です。じゃあ、和人くんが誰を選ぶのか、楽しみに待ってますね!』
ぷち、と電話が切れる。
「……だそうだけど、どうする?」
「行く!」
俺の隣に寄り掛かるように本を読んでいたひまりは、即答で答えた。
まあひまりは、こういう盛り上がる行事は好きなので、行きたいというのはほぼ確信していたのだが。
というわけで、次は電話組。
『え? 海?先輩は行くんですか?……いく? じゃあ私も行きます。』
咲ちゃんは俺が行くと聞いた途端に即答。
まあ、誰も話す人がいなかったら行く気は起きないだろうしな。
『和人さんにもお誘いが来てたんですか? 実はもうお誘いは来てまして、行く予定にしています』
ゆずちゃんはすでに行く予定になっている様子。
会長が誘った生徒会メンバー以外の子とは、ゆずちゃんだったようだ。確かに、ゆずちゃんもくるなら、俺の知り合いでもあるし、気まずくならないか。
『んあ? 来週はじめに二泊三日で海か。生徒会の皆さんが来るんだな? ちなみにほかは?……お前と後輩ちゃんたちか。おーい凜花。聞いてたか? 後輩ちゃんたちと、和人と、生徒会の人たちで海だそうだ!……行くってよ』
「何だお前、同棲でもしてんのか?」
『うっせ、たまたま遊びに来てるだけだよ』
斗真を冷やかしながら電話を切る。……俺にしても、友人たちは全員参加か。ゆずちゃんは会長が誘ってるということでカウントしないにしても、俺、ひまり、咲ちゃん、斗真、凜花ちゃんで五人か。
メッセージを開き、十亀先輩に参加する者の名前を書いて送る。するとすぐに返信が来る。
――了解です。集合は月曜日の朝八時に学校の最寄り駅前です。
送られてきた情報を、それぞれ全員にまたメッセージを送り、確認のメッセージが送られてくる。これでとりあえずは待つだけだ。
スマホを置き、ソファのもたれに、思い切り体重をかける。
「お兄ちゃん、どうかした?」
「なんでもねえよ」
なんとなく恥ずかしくて言えなかった。来週が楽しみで、心が踊っているなんて。
「んふふ……お兄ちゃん、楽しみなんでしょ?」
「……」
図星で何も言えなくなった俺の頬を指でつついてくる。思わず苦い顔をすると、ひまりは楽しそうに笑った。
「私も楽しみかも。もしかしたら、お父さんとお母さんがいない状態でいくのは初めてなんじゃない?」
まあ学生であるので当たり前ではあるのだが、俺たちは毎年海に行くときは両親がいた。去年も夏休みに帰ってきた休暇の時に一緒に行った記憶がある。
しかし今回は先輩たち、俺たち、それに斗真たちだけになるだろう。場所は十亀家の所有であるので、本当にそれだけしかいないということはないだろうが、見かけ上はそれだけのはずだ。
「まあ、たしかにな。折角の遠出になるし、みんなで行けるんだから、今回も誘ってもらえてよかったな」
そう言って頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めて、甘えるように更に体を預けてきた。可愛らしくはあるが、今は夏である。
「あつい」
そう言ってせめて肩によりかからせると、不満そうな顔で立ち上がった。
「ぶー……そんな事言うならお兄ちゃんの分のアイス食べちゃうからね」
「ちょっとまってくれそれはダメだ」
この真夏にアイスを食べられてしまうのはまずい!しかもあれが最後なのに!
だが、俺の思いは虚しくひまりは容赦なく俺の買ってあったアイスを取出し、……そうして半分に割った。
「はい。こっちお兄ちゃんの分ね?」
そうして渡されたチューブ型のアイスの片割れ。ひまりがそれを美味しそうに食べているのを見て、俺も口にする。なんとも言えない、慣れた味。でも、それが日常である感じがしてなんとも……
「うまい、な……」
そう感じたのだった。
第四章開幕です! ここまでは影が薄かったあの人が……?