一回意識してしまうと
「もう夏休みか」
「早いような、長かったような」
「お前はいろいろあったからなあ」
「死にかけてるって言われたときはビビったぜ!」と笑い飛ばすように斗真は話す。
新年、咲ちゃんに勉強を教えはじめ、合格。ひまりと咲ちゃんと俺でいろいろ出掛けたりもした。運動会のときは殴られすぎて死にかけて、ゆずちゃんと会って、家に呼ばれて……
「なんか、半年のはずなのに数年経ったような感覚がしてきたわ」
「え、そんな事あるか?」
「そう言えば、凜花が熱中症になったのもこの前だな」
「確かに、そう考えるとんなかなかたくさんあったかも」
のんきにカップルは話す。が、俺からすれば迷惑なことも……あれ? なんだかんだ、全部楽しかったな。
「まあ、良いじゃねえか。なんにもないよりはあったほうが楽しいだろ。俺たちも、割とデート増やしたしな」
「ねー?」
イチャつきやがってこのカップルが。
「というか、お前、夏休みになんか用事入ってるか?」
改まって斗真がこちらを向きながらそう言う。
うーん、特に生徒会が忙しいわけでもないし、親が帰ってくるわけでもないしな。
「特にないと思うぞ」
「そうか。じゃあなんか遊ぶ機会があれば誘うからな」
「そりゃありがたい。でも良いのか? 二人で出かけたりしなくて」
「俺らは俺らで一緒の時間を過ごすんだから、たまには良いだろ? 俺ら三人でもう何年の付き合いなんだから」
「だからそっちでなんかあれば、誘えよ?」と話してくる斗真に首肯して返すと、教室の外から賑やかな声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん! 帰ろー!」
そちらの方を見れば、ひまり、咲ちゃん、ゆずちゃんが三人で待っていた。
「おーう!」
返事をして斗真たちに向き直ると、やけににやにやする表情で見てくる。
なにか言ってやりたい気持ちになるが、そこは三人が待っているので我慢。俺がこういう時強く出れないことを多分こいつらはわかってやっている。
「お兄ちゃん、遅いよ?」
廊下に出ると、真っ先にひまりが文句を言う。
「そうですよ!今日は先輩の家で遊びましょう!って言ってたのに」
「和人さんのお家、楽しみです」
そうだ。今日は初めて四人で我が家に行く。この前はゆずちゃんの家のあと、結局次はひまりと俺の家、と決まったいうわけだ。きっと次回があれば咲ちゃんの家になるのだろう。
「まあまあ。みんなのリュックはお泊り用?」
「はい!」
「お父さんもいいと言っていたので」
咲ちゃんもゆずちゃんも少し大きめのリュックを背負っている。前回お泊りだったし、今回もなるような気がしていたのだ。もともとお泊り会という約束だったしな。
「それにしても、家に親とかいないけど大丈夫なの?」
「大丈夫です!」
「お父さんは、いいって言ってましたよ?」
咲ちゃんはにぱっと笑顔で、ゆずちゃんは意味深な微笑みでそう言う。……え?お父さんが何を言っていたって?
「じゃ、とにかく家に物おいて買い物いこう!」
ひまりが音頭を取り、全員で賛成する。
●●●
「ふう。買い過ぎちゃいましたか?」
買い物も終わり、帰宅してきたところだが、お菓子の袋がかさばり、全員で持って帰ってくることとなった。
意外だったのが、ゆずちゃんが買い物上手だったこと。安売りの物を見て、「これはどうでしょうか?」と、積極的に意見してくれた。
しかしそれを褒めると、
「……どうです? お婿さんになってくれる気になりましたか?」
と、自分も顔を赤くしながら言ってくるので油断ならなかった。自爆しながら、的確に道連れにしてこようとしてくる。
ちなみに咲ちゃんとひまりは早々にお菓子係に任命したため、大人数で食べられるお菓子を探していた。咲ちゃんがいると食材の量が大変なことになりそうだったのと、ひまりが退屈しないようにだ。
「カレー作るの、お手伝いしましょうか?」
冷蔵庫にカレーの具材以外を入れ終わり、さあ作ろうか、というときにそう声を掛けてきたのは、以外にも咲ちゃんだった。
「咲ちゃん、料理できるの?」
「偶に家でも作りますよ?」
へえ、正直に言うと、「もしかして、疑われてます?」と不満そうな顔を浮かべる。できそうなイメージではあるが、実際に出来るとは思っていなかった。
「じゃあ、とりあえず一緒に皮むきね」
野菜を取り出し、ピーラーを取り出す。
「先輩の家、ピーラーなんですね。うちは包丁でやるんですよ」
「包丁でもいいんだけど、ピーラーのほうが早くて。もしかして、包丁でやりたかった?」
「いえいえ。どちらでも」
手際よく皮むきをしていく。ひまりは見習ってほしいものだ。
つつがなく進んでいき、カレーは出来上がる。もともとそんなに難しい料理ではない。ルーは市販のものだし、間違えるほうが難しい。……が、それでもひまりにやらせると間違えるのだから不思議だな。水が多すぎてサラサラになってしまったカレーを見たときはびっくりした。もちろん味は美味しかったが。
「ふう、できたな」
「結構な量ありますけど、食べ切れますかね」
心配そうな顔をしている咲ちゃんだが、なんでこんなにたくさん作ることになったのか、自分の胸によーく聞いてみてほしい。
とりあえず火を止め、リビングの方を向く。そこでは、ひまりとゆずちゃんが、おしゃべりに興じている。窓の外を見れば、もう暗くなり始めており、カーテンを閉める時間になっている。
風呂を入れ、カーテンを閉め、電気をもう一段階明るくすると、すっかり夜のような感覚になる。その感覚の中に咲ちゃんとゆずちゃんがいるのだから、不思議なものだ。
「なんか本当にいろいろあったなあ」
「教室でしていた話の続きですか?」
しみじみとつぶやくと、視界の外からひょこっと顔を出す咲ちゃん。
「そうだな。今年も約半分過ぎたわけだが、咲ちゃんとここまで仲良くなれたのも今年から。ゆずちゃんに至ってはほんの一ヶ月くらいのものだし、そのメンバーでこうして自分の家でお泊り会っていうのは、不思議な気もする」
「嫌でしたか?」
「いやいや。楽しいし、嬉しいんだけど、だからこそこんな事ができるようになったのは不思議だなと」
「わかる気がします。……正直、先輩に勉強を教えてもらうまでは、半年後にこの家でお泊り会なんて思いもしませんでしたから」
咲ちゃんの方を向けば、嬉しそうに微笑んでいた。
制服にエプロン、そしてその横顔。小柄で、妹の友達であったはずの咲ちゃん。柔らかく笑むその姿に思わずどきりとしてしまう。
いやいや、ちょっとまってくれ。咲ちゃんは年下で、俺より一回り以上小柄、そんな妹の友達なんだぞ?なんでどきりとしてしまったんだ!
確かに、咲ちゃんは可愛らしい顔をしているし、家庭的で、俺の前で素を見せてくれる。でも!でもだ。
頭を振って、なんとかその考えから気をそらす。
「……? どうかしましたか?」
突然ヘッドバンギングしだした俺を、咲ちゃんは不思議そうに見つめてくる。その瞳が……って!だから、それは駄目だって!
目をそらし、なんとかして心を落ち着ける。
おかしい!何かがおかしい!
なんでこんなにも、咲ちゃんが可愛く見えてくるんだ!




